9 攻防
燐はバックステップしながら美和をじっくりと観察した。友禅柄の水着の胸からは汗がにじみ出ている。だが、乱れは微塵もない。先程までとは明らかに違う気迫が感じられる。間違いなく、侮れない相手だった。
美和は少しずつ前進してくる。燐もゆっくりと後退しながらカウンターを狙うが、なかなか仕掛けられない。
先に動いたのは、美和だった。
「シッ!」
鋭い息遣いと共に、鋭い直線的なストレートが繰り出される。
(速い!)
燐は咄嵯に回避したが、そのスピードに驚かざるを得なかった。一瞬遅れていたら確実に食らっていたことだろう。その威力の凄まじさを肌で感じ取る。
さらに続けて上段への突き、中段への蹴りと次々に攻撃を仕掛けてくる。そのどれもが正確で、少しでも判断を誤れば直撃しかねない。
「くっ……!」
なんとかガードするものの、腕が痺れるような痛みが走る。これほどの攻撃を受ければひとたまりもないだろうことは容易に想像できた。
(この女……強い……)
両者の攻防は、一進一退のまま時間だけが過ぎていった。
美和の掌底が燐の頬をかすめる。紙一重でかわした燐は、即座にローキックを返す。美和は軽く足を上げて受け流し、そのまま中段への蹴りを放つ。燐は腕で受け止めたが、衝撃で体勢がわずかに崩れる。
「シッ!」
燐は踏み込んでフックを放つ。美和は首を振ってかわし、同時に距離を取る。燐は追撃のパンチを繰り出すが、美和はそれをバックステップでかわし、再び距離が開く。二人の呼吸は徐々に荒くなり始めていた。美和の水着は汗で肌に貼りつき、燐の身体もまた汗で濡れていた。
(決め手に欠ける……)
燐は歯噛みした。攻撃を当てられないわけではない。しかし、こちらの決定打はことごとくかわされるか、受け流される。そして美和の攻撃もまた、燐のディフェンスを完全には崩せない。
(こいつ、真剣だ……)
燐は感じていた。美和の拳の一つ一つに、蹴りの一撃一撃に、格闘技への真摯な姿勢が込められている。遊びではない。お茶や花見のついでではない。この女もまた、自分のすべてを懸けて闘っている。
(……だからこそ、倒す)
燐は感情を拳に込めて打ち込む。美和はそれを冷静に受け止め、正確なカウンターを返す。感情と理性。本能と技術。二つの闘い方が火花を散らす。
しかし、互角の均衡はいつまでも続かなかった。
燐の左フックが、美和のガードの上から脇腹を捉えた。わずかに美和の体勢が崩れる。
「ここだ!」
燐は逃さなかった。一気に踏み込んで、右ストレートを美和の顔面に叩き込む。
「ぐうっ……!」
美和の白い肌に、赤い痣が広がる。
さらに燐は追撃の蹴りを放つ。美和はかろうじて腕でブロックするが、衝撃で後退する。
(押してる!)
燐の闘志が燃え上がる。連打、連打、さらに連打。美和の防御が少しずつ崩れていく。美和の肩がわずかに上下していた。
「どうした、桜井! お前の実力はそんなものか!」
燐は吠える。美和は答えない。しかし、その目は決して死んでいなかった。




