5 和装の来訪者
藤崎燐VS桜井美和の対戦は、エンベレス・ベルト・ベルトとは関係ない試合として行われることになった。本来は、前王者と現王者の対戦ということで盛り上がるところだが、大っぴらな宣伝を一切しなかったために、観客はまばらだった。テレビ中継もなく、レポート記事も少ない。せいぜい、団体のホームページに試合告知が載っているくらいのものだった。
しかし、その静けさが逆に燐の集中力を高めていた。熱狂的なファンやカメラのフラッシュも必要ない。燐にとって大事なのは、自分と美和、そして、試合そのものだけだった。
「藤崎燐選手の入場ですーっ!」
リングアナウンスが響き、観客の拍手が上がる。燐は入場の時も、上に何かを羽織ることはしない。すぐに闘えるように漆黒のスポーツブラにショーツ、黒のリングシューズという出で立ちで登場する。
燐はただ静かに歩を進めた。
観客の一部から声援が上がる。だが、燐はそれに応えることはない。必要なのは、自分の中で昂る闘志だけだった。これから美和と闘う。それだけが彼女の心を占めていた。
燐がリングインし、ポストに寄りかかると、間もなくしてリングアナウンスが続いた。
「つづきましてー、桜井美和選手の入場です―」
燐は青コーナーの選手が登場する入り口のほうに目をやる。いよいよ桜井美和がここから姿を見せる。待ち望んでいたその瞬間。燐は油断なく姿勢を低くし、入ってくる美和を待ち構えた。闘志の炎は最高潮に高まっている。
入り口側から霧が立ち上る。そして、どこか東洋的な笛の調べが微かに漂い始める。それは水が岩肌を滑り落ちるような、静かで澄んだ響きだった。
「………?!」
燐は言葉を失った。霧の中から背の高い女性の姿が現れ出てきた。和装だ。霧雨のように柔らかく揺れる薄紫色の裾。透き通るような白い肌に映える艶やかな黒髪が肩に流れ、頭には白い花を結んだような細工の髪飾りが光っていた。まるで、春の夜の夢が現実の形を得たようだ。とても試合会場に現れたとは思えない姿であった。その女性が桜井美和だった。
だが、燐の目を引いたのはそれだけではなかった。
そして、その横には薄茶色の和服の、小さな女の子が並んで歩いて来る。手には黒い岡持ちのようなものをもち、背中には赤い敷物を筒のように巻いて背負っている。小さな子供を連れて花見にでも向かっているような様子だった。
「……なんなんだ、こいつらは?」
苛立つ燐のことは気にする様子もなく、美和は青コーナー側のリングへ上がる階段の前にたどり着いた。
「失礼します」
衣擦れの音さえ聞こえないほど静かに片膝をつくと、右袖を軽く持ち上げた。和服の重そうな裾がゆっくりと床から浮き上がり、優雅に弧を描く。その後に、少女がついてくる。美和は少女が入りやすいように、リングロープをひろげてあげ外側から手で広げてやっている。少女は敷物を背中から下ろすと、リングの中にそれを広げだした。




