4 再会
久しぶりにジムに出てトレーニングをしていると、後ろから声をかけられた。ブロンドにボブショートの女性が立っている。赤いショートパンツに白いTシャツ、その上に灰色のパーカーを羽織っている。
「アリシアさん。どうしてこんなところへ」
燐が驚いて言う。
「今は日本を拠点にしているの。この国は面白いものがいろいろあるから」
アリシアと呼ばれた女性は、どこか楽しそうに微笑んだ。
アリシア・ストーン。彼女も燐と同じ女性格闘家だ。格闘家としては決して大柄ではないが、本国では数々のタイトルを総なめにしてきた実力者である。
燐は海外へ武者修行に出たとき、アリシアと対戦したことがあった。東洋から来た無名の選手でありながら、「烈火の女王」の異名を持つ彼女を追い詰め、試合を判定まで持ち込んだのだ。
結果は判定負けだった。しかし、当時無敗を誇っていたアリシアとそこまで渡り合ったことで、燐の名は一気に知れ渡ることになった。エンベレス・ベルト王者決定トーナメントに燐が加わることができたのも、その実績が買われてのことであった。
「燐。あなた、今度、桜井美和と対戦するのね」
アリシアが言う。その口調には、どこか含みがあるように感じられた。
「アリシアさんは、美和のことを知っているんですか」
燐はまっすぐにアリシアを見て問いかけた。アリシアは少しだけ間を置いてから、ゆっくりと頷く。
「ええ。よく知っているわよ。一度だけ、リングの上で向き合ったこともあったわ」
「結果は?」
燐は思わず尋ねた。
「試合開始前に棄権した。リングから飛び出しちゃってね。だから記録上は、不戦敗」
「棄権ですって!? どうして!」
燐の語気が強くなる。対戦相手がいる前で逃げ出すなんて、選手として考えられなかった。
「だって私、臆病だもの」
アリシアは肩をすくめて言った。信じられなかった。燐が知っているアリシア・ストーンは、まさに烈火の女王だった。攻撃を受けるほどそれ以上の勢いで襲い掛かってくる。判定に持ち越された時の燐は顔や腕のあちこちが腫れ上がっていたものだ。怖いもの知らずの選手だと思っていた。
「まさか、アリシアさんが…。美和に勝てる見込みがないから、なんてことは……」
「逆」
アリシアはすぐに答えた。
「勝てる見込みがありすぎたからよ」
燐は眉をひそめる。
「それなのに、どうして棄権するんですか」
「ふふ」
アリシアは口元に手を当てて笑った。
「試合が始まってしまったら、私も引けなくなるからよ」
「分からないです」
「でしょうね」
アリシアは燐を見ながら微笑んだ。
「燐、頑張ってね。今度の試合、楽しみにしているから」
アリシアはそう言うと、軽く手を振ってトレーニングジムを後にした。
燐はその背中を複雑な表情で見送る。
勝てる見込みがあったから逃げた。
その言葉の意味だけは、どうしても理解できなかった。




