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戦闘力ゼロのおっさん、人間界をクビになって魔王軍にヘッドハンティングされる  作者: コバチ


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第9話 労働市場をハッキング

アルテニア王国軍の先遣隊を完全無傷で退けた黒鉄の砦は、かつてない勝利の熱気に包まれていた。


しかし、司令部の執務室にいる僕は、浮かれることなく次の書類へと万年筆を走らせていた。


「ダイスケ殿! 王国軍を完封した今こそ、人間界の王都へ進撃する好機では!?

我が軍の士気は最高潮だ!」


バルトロが興奮気味に拳を握り締め、僕の机に身を乗り出してくる。


僕は視線を書類に向けたまま、あっさりと首を振った。


「バカを言っちゃいけないよバルトロさん。

軍隊を動かして他国に攻め入るなんて、一番コストと労力がかかる最悪の選択肢だ。

そんな力技を使わなくたって、僕を追放したあの冒険者ギルドは、今すぐ内側から干上がらせることができるよ」


「干上がらせる……? 剣も交えずに、一体どうやって?」


「『求人広告』だよ。

競合他社の優秀な労働者を、我が社の圧倒的なホワイト待遇で根こそぎ引き抜くんだ」


そう言って、僕は一通の書面をバルトロへ提示した。


そこに書かれていた内容を見て、バルトロの太い眉が跳ね上がる。


「な……『新規事業につき、人間の職員を急募』だと!?

勤務地は我が黒鉄の砦、仕事は安全な施設警備や、農場での軽作業。

給与は王国の三倍、三食支給、個室完備、有給労災、魔術治療費は全額会社負担!?

ダイスケ殿、これはいくら何でも人間に甘すぎではないか!」


「甘いものか、ただの適正価格だよバルトロさん。

今の魔王軍の生産性と、これまでにカットした無駄なコストを考えれば、この程度の福利厚生は余裕でペイできる。

それにね、これを見た王国の労働者がどう思うかが重要なんだ」


僕はさらに、部屋の隅で縮こまっていた闇商人ガラムを呼び寄せた。


「ガラムさん。君の商会のルートを使って、王都の酒場や、貧民街、低ランク冒険者が集まる宿場に、この『募集要項』を噂としてゲリラ放流してほしい。

もちろん、魔王軍の名前は伏せて『ホワイトな新興勢力』とでもしておいて」


ガラムは募集要項をひったくるように受け取り、その中身を凝視してガタガタと震え出した。


「ば、馬鹿な……! こんな条件、王国の宮廷騎士団より遥かに上だぞ!

今の王都は重税と買い叩きで、冒険者も平民も奴隷並みにこき使われているんだ。

こんな噂を流したら……王都の底辺を支えている連中が、全員こっちへ夜逃げしちまう!」


「それが狙いだよ。

ガラムさん、三日以内に王都の労働市場にこの毒を回してきて」


「で、できます、やらせていただきます……!」


ガラムは青ざめた顔で書類を抱え、大急ぎで部屋を飛び出していった。


バルトロはまだ半信半疑といった様子で、腕を組んで唸っている。


「しかしダイスケ殿、人間どもがそんな見え透いた美味い話に乗るだろうか?

魔族の砦にやってくるなど、相応の恐怖があるはずだが」


「バルトロさん、人間はね、飢えと絶望が限界を超えると『恐怖』よりも『環境の改善』に賭ける生き物なんだよ。

僕を無能だと笑ったギルド長の、あの傲慢なマネジメントのツケを、今こそ回収させてもらおうか」



一方、アルテニア王国の王都。


絢爛豪華な冒険者ギルドの本部で、ギルド長であり王国侯爵でもある男は、高級なワインを片手に高笑いしていた。


「ガハハ! 聞いたか! 魔界の新興勢力だかが、人間向けの求人広告のような噂を流しているらしい!

魔族め、先日の戦いでよほど人手が足りなくなったと見える!

あんな見え透いた罠に引っかかる人間など、我が国には一人も」


「ギ、ギルド長補佐! 大変です!」


そこへ、青ざめた顔の職員がドアを叩き割らんばかりの勢いで飛び込んできた。


「うるさい、静かにしろ! 貴族の私の前だぞ。一体何事だ?」


「ひ、下位の冒険者たちが……!

薬草採取やドブ泥さらい、街の死体処理や荷物運びを専門にしていたノーランクからアイアンランクの冒険者たちが姿を消しました!」


「は? 何を言っている。

あの泥水すすりどもが、一斉にサボりでも始めたというのか?」


「違います!

彼らの借家の荷物はすべて空になっており、門番の報告では、夜闇に乗じて数百人規模の人間が、一斉に『黒鉄の砦』のある魔界の方角へ向かったと!」


「な、なんだとぉぉぉっ!?」


ギルド長の手からワイングラスが滑り落ち、高級な絨毯に赤黒いシミを作った。


王国のギルド長たちが「現場の平民」を家畜以下に扱い、高い手数料を毟り取ってふんぞり返っている間に、末端の労働者たちの怒りと絶望は限界を迎えていたのだ。


『罠でも何でもいい! このままここで奴隷みたいに働いて野垂れ死ぬくらいなら、給与三倍、三食昼寝付きの魔界に賭けてやる!』


口コミという名の毒は、またたく間に王国のブラックな雇用環境を内側から爆破したのだった。



数日後、黒鉄の砦、外門受付。


おそるおそる魔王軍の敷地に足を踏み入れた、ボロボロの衣服を纏った数百人の人間の冒険者や職人たち。


彼らは一様に、これから拷問されるのではないかと怯え、肩を寄せ合っていた。


そんな彼らを迎えたのは、おどろおどろしい処刑台ではなく、ピカピカに磨き上げられた長机と、その前に並ぶ魔族たちだった。


「ピギャ!」

「ピギィ!」


そこには、三交代制を導入され、肌のツヤも血色も最高に元気なゴブリンたちの斥候部隊が整列していた。


ゴブリンたちは人間を見ても襲いかかるどころか、バルトロに仕込まれた見事な一礼をビシッと決め、ノート代わりの板切れを手にして「こちらへどうぞ」と手招きをしている。


さらに机の上には、ゴードン先生の畑から採れた新鮮な薬草を使った温かいスープと、先日ガラムから二割で買い叩いた王国の備蓄小麦で作った山盛りの白いパンがドンと置かれていた。


「な、なんだこれは……。本当に飯がもらえるのか?」


「魔族が、俺たちに頭を下げた……?」


あまりのホワイト待遇に、人間の冒険者たちは呆然とし、やがて貪るようにスープを啜り、涙を流してパンを齧り始めた。


「ようこそ、我が社へ」


僕はバルトロを引き連れ、受付の前に立った。


驚いて固まる人間たちに向けて、僕は手帳を開き、穏やかに微笑んでみせる。


「長旅でお疲れでしょう。まずは腹一杯に食べて、万全の体調になってください。

明日から、君たちの適性を僕の《鑑定》でじっくり見極めさせてもらうよ。

我が魔王軍は、技術とやる気のある労働者を、身分に関係なく最大限の敬意で歓迎します」


その言葉に、平民たちは「本当に救われたんだ……」と声を詰まらせ、地面に膝をついて涙を流した。


彼らのステータスを覗き見れば、王国への不満度は一瞬でゼロになり、魔王軍への忠誠心がグングンと跳ね上がっていくのが分かった。


バルトロが僕の横に並び、遠話の魔導具から届く「王都のパニック状態」の報告を聞きながら、感嘆の息を漏らす。


「ダイスケ殿……。王都のギルドは今、雑用をこなす下位冒険者が全員消えたことで、ギルド内の清掃も、薬草の入荷も、街の機能も完全にストップして大炎上しているそうだ。

ギルド長は無能な上級冒険者どもを雑用に回そうとして、今度は彼らと大喧嘩になり、組織が空中分解しかけているらしい」


「だろうね。どれだけ強いトップがいようが、現場の末端の労働者を蔑ろにした組織は、土台から崩れ去るんだよ」


僕は満足して手帳をパチンと閉じ、不敵に笑った。


「剣を持って戦うだけが戦争じゃない。

労働力を奪われた競合他社は、ただの動かない箱になるのさ。」



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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