第10話 敵国の農業人口を丸ごと引き抜く
アルテニア王国軍を完封し、さらに王都の労働市場から下位冒険者を根こそぎ引き抜いた黒鉄の砦。
司令部の執務室では、僕とバルトロが、新しく仲間になった人間たちの適性書類を整理していた。
「ダイスケ殿、本当に見事なハッキングであったな。
人間の下位労働者が消えたことで、王都のギルドは大炎上していると報告が入っておるぞ」
「まあ、当然の結果だよバルトロさん。
現場を蔑ろにした組織の末路さ」
僕が万年筆を走らせていると、バタン、と勢いよくドアが開いた。
王都の諜報網から戻ったばかりの闇商人ガラムが、肩を激しく上下させながら滑り込んでくる。
「ダ、ダイスケさん! 大変だ、王都のギルド長(侯爵)の奴、完全に狂いやがったぞ!」
「おや、ガラムさん。
今度はあの無能、何を仕出かしたんだい?」
「下位冒険者が全員消えて街の機能が麻痺したせいで、今度はその穴埋めとして、周辺の平民農家たちに『臨時の軍役』と『食料の強制徴収』を命じやがったんだ!
反抗する農民は鞭で叩かれ、家畜まで奪われてる状態さ!」
その報告を聞いたバルトロが、憤怒の形相で机を叩いた。
「無能な上に往生際が悪すぎるわ!
農民に槍を持たせて前線に立たせるなど、ただの肉壁ではないか!
どこまでブラックな組織なのだ、あのギルドは!」
しかし、僕は手帳を開き、ペン先でタスクリストをチェックしながら、不敵に笑ってみせた。
「いや、バルトロさん。これは激怒するところじゃないよ。
無能な競合他社が、自ら最大の弱点を晒してくれたんだ。
これ以上ない、最高のチャンスだよ」
「チャンスだと……? まさか、今度は農民を奪うというのか!?」
「その通り。すぐに農業最高技術顧問のゴードン先生をここに呼んでくれ」
◇
数分後、執務室にやってきた老農家ゴードンは、かつてのボロボロの麻衣ではなく、魔王軍から支給された清潔な衣服を纏っていた。
その顔色も、以前とは見違えるほど健康的だ。
「顧問様、儂に何か用ですじゃな?」
「ゴードン先生、急に呼び出してすまないね。折り入って相談があるんだ。
先生の故郷の村の仲間や、他の地域で同じように苦しんでいる、腕の良い農家たちの知り合いはどれくらいいるかい?」
ゴードンは悲しげに目を伏せ、深くため息をついた。
「儂の村の連中も、隣の領地の百姓たちも、みんな地主にすべてを奪われ、今回の強制徴収で明日の命すら危うい状態ですじゃ。
みんな、土を愛する真面目な男たちなのですが、このままでは冬を越せずにのたれ死にます」
「わかった。ゴードン先生、彼らに宛てて手紙を書いてもらえますか?」
「手紙、ですか?」
僕はゴードンの前に、上質な紙とペンを置いた。
「内容はこうだ。
『魔王軍の黒鉄の砦に来れば、安全と個室と三食が保証され、王国の十倍の給与が即金で支払われる。
現に、儂は今ここで怪物たちから先生と呼ばれ、最高の敬意を払われて幸せに暮らしている。
土地なんか捨てて、全員で魔界へ転職してこい』とね」
バルトロが、ガタッと椅子を鳴らして声を上げた。
「なるほど……! すでに成功している『元平民の生の声』か!
これほど説得力のある求人広告は他にないな!」
「その通り。求人において、最高の武器は『実際の採用実績』なんだよ。
ゴードン先生、あなたの言葉なら、王国の横暴に絶望している農民たちの心に100%刺さる。
彼らを救うためにも、力を貸してほしい」
ゴードンは手紙の文面を見つめ、やがて力強く頷いた。
「分かりました、顧問様。
あいつらも、儂の大事な土仲間です。
王国に殺されるくらいなら、儂が責任を持って、この魔界の豊穣な大地へ引っ張って見せますじゃ!」
◇
それから数日後の夜。
アルテニア王国の王都周辺にある農村地帯では、静かな、しかし圧倒的な「集団亡命」の嵐が吹き荒れていた。
「おい、本当にゴードンの爺さんの手紙なんだな!?」
「間違いない、爺さんの筆跡だ!
金貨の入った袋も同封されてた!
魔王軍は本当に、俺たちの技術を求めてるんだ!」
「もうこんな糞みたいな国には付き合ってられん!
納める小麦もねえんだ、夜逃げだ、みんなで魔界へ行くぞ!」
ギルド長は「泥臭い農民どもなど、いくらでも代わりがいる」と慢心していた。
鞭を振るって強制徴収を続けている裏で、腕の良い農家たちが、夜闇に乗じて家族丸ごと、数千人規模で一斉に国境を越え始めたのだった。
◇
翌朝、黒鉄の砦の広大な開墾地。
おそるおそるやってきた大量の農家とその家族たちを、出迎えたのは凶悪な魔族軍団ではなかった。
「オオオオッ!! 先生の仲間たちが来たぞ!
荷物運びは俺たちに任せろ!」
オーク隊長のゴルグ率いるオークたちが、これからの美味い飯のために、満面の笑みで農民たちの重い荷物を軽々と担ぎ上げ、爆速で水路や居住区への案内を手伝っていた。
「ピギャ! ピギィ!」
シフト制で元気いっぱいのゴブリン斥候部隊も、ビシッと綺麗な一礼で彼らを歓迎し、温かいスープとパンを次々と配っていく。
「ようこそ、我が社へ」
僕は手帳を閉じ、集まった数千人の農民たちの前に立って、穏やかに微笑んだ。
「長旅でお疲れでしょう。
今日から君たちは、我が魔王軍の『第一生産部門』の正社員だ。
ゴードン先生のもとで、今日から最高の農業生産ラインを立ち上げよう。
王国のように、君たちの成果を不当に搾取する者はここには一人もいない」
「おお、本当に救われたんだ!」
「ありがとう、ありがとうございます!」
農民たちはスープを啜りながら、声を詰まらせて涙を流した。
彼らのステータスを覗き見れば、不満度は一瞬でゼロになり、忠誠心は100%へと跳ね上がっていた。
そこへ、遠話の魔導具を片手にしたバルトロが、呆然とした顔で僕の横に並んだ。
「だ、ダイスケ殿……王都から、信じられない報告が入ったぞ……」
「どうしたんだい、バルトロさん」
「王都周辺の主要な農村から、腕の良い百姓たちが文字通り丸ごと消滅したらしい。
ギルド長は怒り狂って兵を動かそうとしたが、今度は収穫の手が足りず、今年の王国の食料収穫量は、大幅減が確定したそうだ。
ギルドへの査定を最悪に切り替えたらしい」
バルトロの言葉に、僕は満足して手帳をパチンとポケットに収め、フッと冷徹に笑ってみせた。
「どれだけ強い軍隊がいようが、食べるものがなければただの動かない置物だよ。
労働者の次は、生産拠点の喪失だ」
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