第8話 現場のことはプロに任せろ
ジリリリリ、と静まり返った執務室に、魔導通信機のけたたましい警報が鳴り響いた。
「ダイスケ殿! アルテニア王国軍、動き出しました!」
部屋に飛び込んできた魔王軍副長バルトロの顔には、かつてないほどの緊張が走っていた。
「……人間界の市場へ流した『横流し疑惑』の口コミで、敵の前線拠点はガタガタのはずだけど?」
「その通りなのですが、敵の総大将である貴族将軍が、己の失脚を恐れてヤケクソ気味に進軍を強行したようです!
その数およそ三千! 我が『黒鉄の砦』に向けて真っ直ぐ突撃してきております!」
「なるほどね。社内政治で追い詰められたブラック企業の上層部が、現場の疲弊を無視して無謀な強行突破を課してきたわけか。
典型的な自滅パターンだ」
「笑い事ではございません!
敵は内部崩壊しかけているとはいえ、数では未だ我が軍を遥かに凌駕している。
ダイスケ殿、どのような戦術で迎え撃ちますか!?」
バルトロだけでなく、背後に控えるオーク隊長のゴルグも、巨大な斧を握り締めながら僕の指示を待っている。
彼らの目は「新生魔王軍の初陣」に燃えていた。
だが、僕はあっさりと首を振った。
「バルトロさん。僕は戦術の指示は出さないよ。現場の指揮権は、すべて君に一任する」
「なっ……!? お、お前が指揮を執るのではないのか!?」
ゴルグが驚愕の声を上げる。バルトロも狼狽したように僕を見つめた。
「バカを言っちゃいけない。僕は前世でも今世でも、ただの『経営のプロ』だ。
実際の戦場で剣をどう振るうか、どこに伏兵を置くか、そんな戦術に関しては完全な素人だよ。
素人が中途半端な知識で現場の指揮に口を出す組織は、100%破綻するんだ。だから、前線指揮は君がやれ」
「しかし、俺はこれまで人間界に負け続けてきた無能だぞ!?」
「君は無能じゃない。これまでは、現場を支える『リソース』が絶望的に足りなかっただけだ」
僕はバルトロの肩を叩き、力強く微笑んだ。
「今回は違う。これまでに削りに削った莫大な予算、オーク部隊が敷いた爆速の物流ライン、クロムが量産した低コストの液体爆弾、そして、この前商人ガラムから底値で買い叩いた山ほどの小麦。
これらはすべて、君が欲しいタイミングで無限に前線へ供給し続ける。
バルトロさん。
君はコストの心配も、残弾数の心配も、兵糧の心配も、一切しなくていい。
お偉い上層部の顔色を伺う必要もない。責任は全部、僕が取る。
プロの戦い方を見せてくれ」
バルトロは丸く目を見開いた。
やがて、その禍々しい顔に、かつてないほどの不敵な笑みが浮かぶ。
「応ッ! 組織改革顧問ダイスケ殿! バックアップ、しかと頼んだぞ!」
「ゴルグ! 物流部門の全リソースを戦術補給に回せ!
インプどもを前線へ走らせろ!
爆速で弾を届けるんだ!」
「オオオオオッ!! 任せとけ!!」
◇
黒鉄の砦の前方に広がる平原。
アルテニア王国軍の将軍は、焦燥に駆られながら剣を抜いた。
「構うな! 突撃だ! 最弱の魔王軍など、数の暴力で踏み潰してしまえ!」
しかし、進軍する人間の兵士たちの足取りは重かった。
例の「横流し疑惑」のせいで、彼らの士気は完全に崩壊している。
『なんで俺たちが、裏で魔王軍と手を組んでいる貴族のために死ななきゃいけないんだ』
そんな不満と不信感が、軍全体を覆っていた。
その瞬間、王国の進軍ルートを完璧に見切っていたバルトロの怒号が響いた。
「ゴブリン斥候全部隊、位置データを後方へ伝達!
オーク物流隊、一斉投擲だ!」
「ピギャァァ!」
交代制(シフト制)を導入され、万全の体調と集中力を誇るゴブリンたちが、一分の狂いもなく敵の位置を無線魔導具で報告する。
報告を受けたオークたちが、整理整頓された物流センター並みの手際で、クロムの開発した『量産型液体爆弾』の小瓶を次々と空へ投げ放った。
ズドォォォォン!!!
凄まじい爆炎が、王国軍の前衛を文字通り木っ端微塵に吹き飛ばした。
「な、なんだあの威力は!? 最高級魔石を使った大魔術並みだぞ!?」
人間の貴族将軍が絶叫する。
「防壁を維持しろ! 敵の魔力が尽きるのを待つんだ!」
だが、その計算は最初から間違っていた。
一本金貨5枚の最高級魔石ではない。
これは格安の魔力ポーションをベースに、一本銀貨数枚で量産された『超低コスト爆弾』なのだ。
「ば、馬鹿な……攻撃が途切れない!? あいつら、どこにそんな軍資金と物資があるんだ!?」
「報告します! 右翼の防具が損耗!
あ、あり得ません!」
戦場は、戦いではなく、完全に効率化された「ライン作業」と化していた。
ゴブリンが正確に索敵し、オークが投擲し、クロムの技術が爆破する。
一分の無駄もない組織的な迎撃の前に、アルテニア王国軍は砦に一歩も近づくことすらできず、ただ圧倒的な生産性の差に押しつぶされていく。
「ひっ、化け物め……! 撤退だ! 撤退しろぉぉ!」
貴族将軍が悲鳴を上げ、無傷の魔王軍を残して、王国軍は蜘蛛の子を散らすように敗走していった。
◇
夕暮れ時。
砦の司令部に戻ってきたバルトロは、鎧に返り血すら浴びていなかった。
汗一つかいていないその大きな手が、カタカタと震えている。
「だ、ダイスケ殿……」
「お疲れ様、バルトロさん。素晴らしい指揮だったね。我が軍の被害は?」
「ゼロだ。軽傷者すら、一人もいない。完全なる勝利だ!」
バルトロは感極まったように、僕の前にドサリと膝をついた。
「これほどストレスのない、思い通りに動く戦場は初めてだ!
欲しい瞬間に欲しいだけの弾が届き、兵は一人も疲弊していない。
お前が後ろにどっしりと構えていてくれるだけで、
我が軍は……本当に無敵になる!」
「ピギャ!」「オオオッ!」
後ろでは、ゴブリンやオークたちが、僕とバルトロに向かって誇らしげに勝ち鬨を上げている。
「現場が100%の実力を出せる環境を作るのが、経営陣の仕事だからね」
僕は満足して手帳をパチンと閉じ、ふっと笑った。
窓の外を見やれば、人間界から買い叩いた格安小麦をたらふく食べた兵士たちが笑い声を上げている。
さらにその奥では、ゴードン先生の指導のもと、オークたちが開墾した広大な畑で、青々とした大麦の芽が順調に育ち始めている。
将来の食料完全自給自足への投資も、極めて順調だ。
「さて、前線の脅威は完全に排除した。足元が固まったところで、次は……」
僕は窓のさらに奥、僕を無能と吐き捨てたあの「冒険者ギルド」のある王都を見据えた。
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