第6話 人間界で捨てられた老人を雇う
黒鉄の砦の周囲では、巨体を揺らすオークたちが、凄まじい地響きを立てて爆速で大地を耕していた。
しかし、出来上がった広大な畑を前に、僕とバルトロは腕を組んで立ち尽くしていた。
「ダイスケ殿、言われた通り土は耕したが。
我ら魔族、誰も『野菜の育て方』を知らんのだ。とりあえず種を埋めればいいのか?」
「ダメだよバルトロさん。土壌の酸性度、肥料の配合、水の管理。
農業は緻密な『科学』であり、高度な『専門職』なんだ。
力任せに種を植えたって腐るだけだよ」
「むぅ、やはり人間界の村から百姓を拉致してくるしか……」
「拉致じゃない、正当な『ヘッドハンティング』だよ。
ガラム商会から、アルテニア王国で不当に干されている農業の天才の情報を、事前に買い取っておいたんだ」
――深夜、砦の密談室。
バルトロが極秘裏に連れてきたのは、アルテニア王国の酷税と地主の嫌がらせで全財産を奪われ、明日にも奴隷に落とされる寸前だった人間の老農家、ゴードンだった。
粗末な麻衣を纏った老人は、恐怖でガタガタと震え、床に額を擦りつけている。
「ひっ、魔族……! 殺すなら、どうか一思いに殺してくだされ……!」
僕は静かに、彼に《鑑定》の視線を向けた。
【名前】ゴードン
【不満度】100%(アルテニア王国の貴族への絶望)
【適性】作物品種改良、特殊土壌改善(適性値:S)
【弱み】どれだけ優れた農業技術を持っていても、平民というだけで評価されず、理不尽な借金を背負わされている。
(素晴らしい。過酷な魔界の環境でも、この男の技術があれば超高収穫の農場が作れる)
「殺しはしませんよ、ゴードンさん」
僕はそっと、彼の前に温かい茶を置いた。
「僕は元経営者で、今はここの顧問です。
あなたを『魔王軍の農業最高技術顧問』としてスカウトしにきました」
「す、スカウト……? 儂のような、落ちぶれた百姓を、ですか……?」
ゴードンが恐る恐る顔を上げる。
「アルテニア王国は愚かだ。
これほど優秀な『土の専門家』を、身分が低いというだけで奴隷に落とそうとするなんてね。
我が魔王軍は、あなたのその『技術』が喉から手が出るほど欲しい。
だから、条件を提示します」
僕はテーブルに、重みのある金貨の袋と、一枚の契約書を滑らせた。
「あなたの安全と生活は、魔王軍の武力で24時間保証する。
個室も三食も支給。給与は王国の農奴時代の十倍を即金で払います。
あなたに求める仕事はただ一つ。
外にいるオークやゴブリンたちに、正しい農業を教えてやってほしい」
「ま、魔族に農業を……!? 儂のような人間の言うことを、あんな恐ろしい化け物たちが聞くわけが……」
「聞かせますよ。うちの社員教育を舐めないでほしいな」
翌朝、陽が昇ったばかりの畑。
おそるおそる外に出たゴードンは、その光景に息を呑んだ。
そこには、昨夜まで人間をいたぶっていたはずの凶悪なオーク部隊が、巨体を小さく縮めて地面に正座し、ゴブリンたちはノート代わりの板切れを手にして、綺麗に整列していた。
「ゴルグ隊長、バルトロさん」
僕が声をかけると、全員の視線が集まる。
「今日からこのゴードンさんが、我が魔王軍の『農業の先生』だ。
先生の指示には絶対服従。いいね?」
オーク隊長のゴルグが、ふん、と鼻息を鳴らして立ち上がった。
その巨体にゴードンが悲鳴を上げそうになった瞬間、ゴルグは深く頭を下げた。
「おう! 先生、俺たちの筋肉をどこにどう使えばいいか、指示をくれ!
飯のためなら何でもやるぞ!」
「ピギャ!(よろしくお願いします!)」
ゴブリンたちも一斉に一礼する。
王国で家畜以下に扱われ、誰からも顧みられなかった老農家が、怪物たちから圧倒的な「敬意」を向けられている。
「あ、ああ……」
ゴードンの目が、みるみるうちに涙で潤んでいく。
彼は震える手で鍬を握り締め、力強く頷いた。
「分かった……! お前たち、まずはその土の塊を、もっと細かく砕くんだ!
先生の後に続け!」
「「「オオオオオッ!!」」」
僕は手帳を開き、ゴードンのステータスを確認した。
不満度は0%になり、忠誠心は【120%(限界突破)】を叩き出している。
「よし、これであっという間に一大穀倉地帯ができるぞ」
僕は満足して手帳を閉じ、ふっと笑った。
「飯の心配がなくなったら、次はいよいよ『広報』を使って、アルテニア王国の防衛線を内側から切り崩そうか」
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