第40話 大商人ギルドのM&A
我が社の圧倒的なローコスト物流の前に、自由交易都市ゼノビアの大商人ギルドは、完全に干上がっていた。
顧客はすべて『黒鉄物産』に奪われ、彼らの持つ広大な倉庫の山は、一瞬にしてただの不良債権と化した。
手元資金も完全に底を突き、大陸最大の商業組織は、今や一歩手前で倒産を待つだけの抜け殻だった。
「おのれ……! このまま黙って破産してなるものか!」
ゼノビアの中央ギルド。
最高幹部の大商人たちが、血走った目で机を叩いていた。
彼らは最後の悪あがきとして、ゼノビアが古くから掲げる「商業規約」の盲点を突き、黒鉄物産に対して不当な『ダンピング(不当廉売)による営業停止処分』を強制執行しようと画策したのだ。
「役人を味方につけたぞ! 規約違反の書類も完璧だ!
今すぐあの忌々しい商館を差し押さえてやる!」
怒り狂った幹部たちは、街の公式な税務役人を引き連れて、大行列の賑わう黒鉄物産のオフィスへと土足で乗り込んできた。
「そこまでだ、不届き者ども!
ガラム商会、貴様らは不当な安値で市場を荒らした!
ゼノビア商業規約第十二条に基づき、本日付でこの商館の営業を停止し、全資産を差し押さえる!」
役人が高らかに執行令状を突きつける。
だが、応接室のソファーで彼らを待ち構えていた僕は、眉一つ動かさずに冷淡な笑みを浮かべた。
「営業停止? いいえ、そんな面倒な手続きをする必要はありませんよ。
僕たちは今日、あなた方の『ギルドそのもの』を買い取りに来たんですから」
「……は? 買い取りだと?」
幹部たちが呆然と立ち尽くす中、僕の隣に座るハンスが、手帳から分厚い監査書類の束をテーブルの上にパチンと叩きつけた。
「あなた方の財務諸表は、すでに我が社の経営分析チームがすべてハッキング済みです。
ギルドの帳簿、実に見事な『黒字倒産』の形をしていますね」
ハンスは眼鏡の奥の目を光らせ、書類の数字をスラスラと読み上げ始めた。
「現在のギルドの負債総額は金貨十万枚。
レムリア公国への未払い税金が金貨二万枚。
さらに、明日正午に期日を迎える、焦げ付いた短期手形が金貨三万枚。
対して、あなた方の金庫に残っている現金の残高は……わずか金貨五十枚です」
「な、なぜそれを貴様らが知っている……っ!?」
「あと三日で、あなた方のギルドは確実に不渡りを出して完全に破産する。
人間の国の法律(商業法)に則れば、計画倒産の罪で、幹部のあなた方は全員、全財産を没収された上で『奴隷落ち』か『終身監獄』行きだ」
僕が万年筆の先で、彼らの突きつけてきた営業停止処分状をクイクイと押し戻した。
幹部たちの頭の上に浮かぶ《鑑定》の恐怖度が、一瞬で99%へと跳ね上がる。
「そこで、素晴らしい提案があります。
我がグループが、あなた方の抱える巨額の負債を『全額、即金で肩代わり』してあげましょう」
「な……! 負債を、肩代わりするだと!?」
「ええ。幹部の皆さんには、個人資産もそのまま残し、奴隷落ちも免除してあげます。
その代わり──ギルドの全株式(経営権)と、ゼノビア市内にあるすべての商業ライセンス、そして全倉庫のハコを、金貨一枚で我が社に譲渡してください」
◇
実は、この敵対的買収の裏には、さらなる完璧な戦略的狙いがあった。
僕の手帳に、黒鉄の砦で作戦を見守るカイム先生からのメッセージが走る。
【カイムの通信】
「ダイスケ、見事な追い込みじゃ。
ゼノビア大商人ギルドが持つ『特権商業ライセンス』さえ手に入れば、人間界のあらゆる都市にある『直営倉庫』と『秘密の王室御用達ルート』が、すべて合法的に儂らのものになる。
奴らのハコ(組織)を丸ごと乗っ取れば、人間界の商業インフラの心臓部は完全に機能停止じゃな」
そう、ゼロから新しい拠点を建てるよりも、破産寸前の老舗ギルドの「ハコ」を居抜きで買い叩く方が、時間もコストも圧倒的に節約できるのだ。
「さあ、どうしますか?
このまま金貨一枚で僕たちに全てを売り払って命を救われるか、それとも三日後に奴隷として鉱山に売られるか。
選択をお願いします」
僕は微笑みながら、綺麗に印刷された「ギルド譲渡契約書」を差し出した。
「う、ぐ、あああああ……っ!」
奴隷落ちという底なしの絶望を前に、幹部たちは涙を流し、震える手で羽根ペンを握った。
彼らは自らの保身と引き換えに、大陸最大の商業都市の心臓部を、自らの手でサインして明け渡したのだ。
「……これで、満足か……! ギルドは貴様らのものだ……!」
「毎度あり。調印、確かに確認しました」
僕は満足して手帳をパチンと閉じ、立ち上がって窓の外を眺めた。
「本日付で、ゼノビア大商人ギルドは完全に解散。
この巨大な中央ギルド商館は、我が黒鉄グループの直営拠点──『黒鉄の砦・ゼノビア支店』へと生まれ変わります。
無能な旧役員は全員、本日付でリストラ(即刻解雇)だ」
◇
翌朝。
昨日まで人間のギルドの象徴だった巨大な商館の正面には、誇らしげに『黒鉄の砦・ゼノビア支店』という巨大な黒鉄の看板が掲げられていた。
「ガハハハ! 実に見事なハコ(支店)だな、ダイスケ殿!」
黒鉄の鎧を纏ったバルトロ大将軍が、広大な受付ロビーを見回して豪快に笑った。
「一本の剣も交えず、世界中の富が集まるゼノビアの頭脳と心臓を、魔王軍の直営支店にしてしまうとは。
現場のオークやゴブリンどもも、新しい『ゼノビア支店』での勤務に大張り切りだぞ!」
「ええ。武力で占領すれば街は焦土になりますが、M&A(買収)なら、既存の流通システムも、顧客データも、すべて無傷のまま我が社の資産にできますからね」
僕は手帳を開き、人間界の地図の「ゼノビア」の地点に、鮮やかな黒鉄グループのロゴマークを刻み込んだ。
「これで内側の経営基盤、隣国の国境、そして人間界最大の市場の心臓部(支店)まで、すべてが僕たちの手帳の中に収まりました。」
僕は窓を開け、新しく『ゼノビア支店』から人間界のさらに奥、すべての王国の中心地へと伸びていく大街道を静かに見据えた。
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