第39話 自由交易都市への電撃進出
レムリア公国の関所を合法的に無償開放させ、国境を貫通した魔王軍の大街道。
その延伸されたルートの先には、人間界の経済の中枢がそびえ立っていた。
「ここが、大陸最大の胃袋──『自由交易都市ゼノビア』か」
大街道の終着点となる巨大な城門を見上げ、大将軍バルトロが感嘆の声を漏らした。
ゼノビアはどの王国にも属さず、ただ「商売のルール」だけがすべてを支配する巨大な中立都市だ。
世界中の商人、冒険者、そして莫大な富がこの街に集まり、日々莫大な取引が行われている。
「ええ。でも、外見が華やかな割には、中の仕組みは随分とカビが生えているようだね」
僕は手帳を片手に、ゼノビアの中央市場の様子を冷淡に観察していた。
市場では、街の物流を独占する「大商人ギルド」の連中が、幾重にも中間マージンを上乗せした「高くて質の悪い食料や魔導具」を、平民や冒険者たちに売りつけて暴利を貪っていた。
「フン、内輪の独占利権で甘い汁を吸っておるな」
隣に立つ最高戦略顧問のカイム先生が、片目で市場の帳簿を睨みつけてクククと笑った。
「奴ら、自分たちの仕入れルートが絶対だと胡座をかいておる。
ダイスケ、お前の言う通り、この歪んだ市場は最高の買い叩きの対象じゃな」
「その通りです、先生。
社内の改革によって、今の我が黒鉄グループには、使い切れないほどの『富』が眠っていますからね」
そう、これまでに断行した魔王軍の内政改革により、黒鉄の砦の倉庫は、嬉しい悲鳴とともに完全に溢れかえっていたのだ。
◇
少し時計の針を戻そう。
黒鉄の砦内、総合参謀部。
「ダイスケ殿! 倉庫がもう限界だ!」
農業部門のゴードン先生が、贅沢な悩みを抱えて僕の執務室に飛び込んできた。
レムリア公国に導入した「自動灌漑(水やり)システム」により、ゴブリンたちの生産性は爆発。
畑からは、これまでの数倍に及ぶ「瑞々しい大麦や新鮮な野菜」が、毎日ものすごい勢いで収穫され続けていた。
「生産部門も同じ状況だぜ、ダイスケ!」
黒曜工房のクロムも、ニヤニヤしながら書類を提出してきた。
「自動鍛造水車」の稼働により、サイクロプスたちの手による高品質な「魔力ポーション」や「防具・魔導具」が、職人たちの残業ゼロのまま、従来の倍以上のスピードで大量生産されていた。
「素晴らしい成果だね、二人とも。
でも、これだけの在庫を倉庫に眠らせておいたら、ただの管理コストだよ。
リソースは流動させて初めて価値が生まれる。
ハンス君、ゴルグ隊長に伝えて。
すべての余剰在庫を、大街道へ乗せてゼノビアの市場へ一斉に出荷するんだ」
「了解しました、ダイスケ殿!」
ハンスが即座に手帳に物流のオーダーを書き込んだ。
ここから、魔王軍が誇る「超高速・大量物流網」がその真価を発揮する。
陸路ではゴルグ率いるオークの物流部隊が、何百台もの巨大な荷車に新鮮な食料を積み込み、地響きを立てて大街道を爆走する。
上空からは、航空農業セクターのドラゴンたちが、クロムの作った高品質な魔導具の木箱を抱え、雲を突き抜けるスピードでピストン空輸を開始した。
レムリア公国の関所は、「完全無税・ノーチェック」でノンストップ通過。
人間の大商人たちが何週間もかけて、高い関税を払いながらちんたら運んでいる横を、魔王軍の産地直送ルートが圧倒的な超スピードで置き去りにしていった。
◇
そして現在、自由交易都市ゼノビアの中央広場。
ダイスケの指示により、フロント企業であるガラム商会の名義で、巨大な直営商館『黒鉄物産』が電撃的にオープンした。
「さあ、いらっしゃい! 本日開店、アルテニアのガラム商会直営『黒鉄物産』だよ!
採れたての大麦も、最高品質の魔力ポーションも、すべてあり得ない破格の値段で提供するよ!」
ガラムが拡声の魔道具を使い、大声で呼びかける。
その店先に並べられた商品の値札を見た瞬間、街の平民や下級冒険者たちの目が、一瞬で丸くなった。
「おい、嘘だろ……!?
既存のギルドが『大麦一袋:金貨一枚』で売っている横で、この店は『採れたての大麦一袋:銀貨三枚』だぞ!?」
「こっちの魔力ポーションなんて、ギルドの半額以下なのに、魔力の純度が倍以上高い!
中身がギチギチに詰まってやがる!」
「産地直送だからね。余計な中間マージン(中抜き)も、関税も一切かかっていない。
これが、正しい流通の姿だよ」
僕は後ろで手帳を開きながら呟く。
安くて美味いもの、そして高品質なものに飢えていた人間の民衆たちが、理性を失ったような歓声を上げて『黒鉄物産』へと殺到した。
「ど、どいてくれ! 俺が先に買う!」
「大麦を五袋くれ! いや、あるだけ全部だ!」
広場を埋め尽くすほどの地鳴りのような大行列。
オークの運んできた食料も、ドラゴンが届けた魔導具も、並べたそばから一瞬で完売していく。
初日の売り上げグラフは、ハンスの手帳の上で垂直に近い角度で跳ね上がっていた。
◇
「ば、馬鹿な……! あり得ん! こんなことがあってたまるか!」
ゼノビアの中央ギルドの一室。
市場を独占していた人間の大商人たちが、顔を真っ青にしてガタガタと震えていた。
これまでは、排他的な国境の壁や、幾重ものギルド利権によって守られていた彼らの古いビジネスモデルは、徹底的に効率化された我が社のサプライチェーン(物流網)の前には、ただの砂の城に過ぎなかった。
「見事だ、ダイスケ殿」
大行列を眺めながら、バルトロが深く感嘆の息を漏らした。
「一本の剣も交えず、ゼノビアの市場(胃袋)を完全に我が黒鉄グループの手の内に収めてしまったな」
「ええ。武力で街を占領すれば、人間たちの激しい反発が起きる。
でも、彼らが自ら進んで欲しがる『安くて良いもの』を圧倒的な物流で提供すれば、彼らは喜んで僕たちの支配を受け入れてくれるのさ」
僕は満足して万年筆のキャップをパチンと閉じ、手帳をポケットに収めた。
「さあ、バルトロ大将軍、カイム先生。隣国の国境も、そして人間界最大の市場の主導権も手に入ったぞ」
僕は新しく開通した大街道の、さらにその先にある人間界の王国の中心地を静かに見据えた。
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