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僕は戦闘力ゼロなので人間界でクビになり魔王軍にヘッドハンティングされました  作者: アカメノコバチ


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第38話 水のサブスクリプション

東の荒れ地での対峙から、わずか数日。


水を完全に遮断された軍事国家レムリア公国は、文字通り限界を迎えていた。


「み、水を……水をくれ……」


王都の至る所で井戸が完全に干上がり、平民はおろか、屈強な兵士たちすら乾きに喘いでいた。


自慢の突撃軍馬たちも喉の渇きでバタバタと倒れ、国家の誇りである最強の騎兵隊は完全に機能不全に陥っている。


「おのれ……。あの人間のペンの前に、我が第一軍が一本の剣も振るえんとは……!」


宮廷の会議室。


脳筋将軍がガタガタと震える拳を机に叩きつけ、悔し涙を流していた。


戦う力はあっても、攻め込む大義名分がなく、そもそも兵も馬も喉が渇いて戦を始める体力すら残っていない。


『……そこまでにせよ、将軍。これ以上の意地は、我が国を滅ぼすだけだ』


レムリア公国の上級公爵が、乾ききった声で溜息をついた。


そこへ、部屋の扉が静かに開け放たれる。


「失礼するよ。皆さん、随分とお困りのようだね」


涼しい顔で入ってきたのは、手帳を片手にした僕と、バルトロ大将軍、そしてフロント企業の商会長であるガラムだった。



「き、貴様ッ……! よくも我が宮廷に足を踏み入れられたな!」


将軍が反射的に剣の柄に手をかけるが、その隣に立つバルトロさんの圧倒的な魔力に気圧され、それ以上は動けなかった。


「怒鳴らないでほしいな。今日は『ビジネスの提案』、つまり営業にやってきたんだ」


僕は円卓の空いている席に腰掛け、手帳から一通の新しい契約書を取り出して滑らせた。


「我がガラム商会が所有する『プライベート・ダム』から、新鮮な水を毎日、レムリアの全水路へ供給してあげてもいいですよ」


「な、何だと!? 本当か!」


税務官僚たちが、飢えた獣のように契約書に身を乗り出してきた。


「いくらだ! 金貨ならいくらでも支払う!今すぐ水門を開けろ!」


「いいえ、金貨はいりません。一時的な大金など、我が社の経営には不要ですから」


僕は人差し指をチッチッと横に振った。


「我が社が求めるのは、毎月定額のリソースを支払い続けてもらう【サブスクリプション(定額課金)契約】です」


「サブスクリプション……? 定額、だと?」


公爵が眉をひそめて契約書を読み進める。


そこへ書かれていた条件は、彼らにとって金貨よりも遥かに重い、国家のインフラの明け渡しを意味するものだった。


「ば、馬鹿な! 条件の一つ目が【国境の関所の永久無償開放(関税の完全撤廃)】だと!?

さらに、二つ目は【レムリア国内における大街道の延伸の独占許可と、黒鉄物流拠点の建設】……!?

こんなものを認めれば、我が国の強固な防衛網が丸裸になるではないか!」


将軍が再び激昂して立ち上がった。


「防衛線を気にするのは自由です。

ただ、今この契約書にサインしなければ、明日には君たちの国民も軍馬も全員が渇きで全滅しますよ? 選択肢はありません」


僕は冷淡に言い放った。



実は、この契約の裏には、さらなる巨大な戦略が隠されていた。


黒鉄の砦の司令部から、通信の魔道具を通じて僕の手帳に、カイム先生からのメッセージが届く。


【カイムの通信】「ダイスケ、レムリアの関所を無償開放させ、大街道を繋ぐルートの選定は完璧じゃ。

ここを通れば、人間界のさらに奥にある巨大な商業圏へ、これまでの『3分の1の期間』で到達できる最短物流ルートが完成する。

奴らが防衛線を守ろうと足掻いている間に、儂らの物流網は人間界の中枢へ直接突き刺さるというわけじゃな」


そう、レムリア公国の関所を開放させることは、世界経済を完全子会社化するための最大のジャンクション(合流点)を握ることに他ならなかった。


「……う、ぐぬぬ……っ」


上級公爵は震える手で羽根ペンを握り、目の前の契約書を見つめた。


サインをしなければ、国が干からびて滅びる。


サインをすれば、国境の主導権を合法的に魔王軍(ガラム商会)に握られる。


戦う前に完璧に詰まされた男は、屈辱に涙を流しながら、国家の命運を明け渡すサブスク契約書にサインを書き込んだ。


「……これで、良いのだろう。今すぐ、水を流せ……!」


「毎度あり。契約は正式にアクティベート(有効化)されました」


僕は満足して手帳をパチンと閉じ、ハンスへ無線で指示を出した。


「ハンス君、水門を『プランA(基本給水プラン)』の量まで開放して」


「了解しました、ダイスケ殿!」



ゴゴゴゴゴ……と、遠く東の荒れ地から、地鳴りのような音が響いてきた。


干上がっていた大河の底に、濁流となって新鮮な水が勢いよく流れ込んでいく。


「おお……! 川が、川が戻ったぞ!」


「水だ! 生き返るぞ!」


窓の外から、王都の民衆や兵士たちの歓声が聞こえてきた。


だが彼らは気づいていない。


その水は、毎月、魔王軍に「関所の開放」と「物流の特権」という莫大なリソースを支払い続けなければ、おっさんのペン一本でいつでも一瞬で止まる【依存の鎖】だということに。


「見事だ、ダイスケ殿」


宮廷を出て大街道を戻る馬車の中、バルトロさんが深く感嘆の息を漏らした。


「これでレムリア公国の頑強な国境は、名実ともに我が黒鉄グループとなったわけだな」


「ええ。武力で国境を破壊すれば、大きな傷跡が残る。

でも、サブスクリプションでインフラの心臓部を握れば、彼らは自ら進んで僕たちに国境を差し出し、しかも感謝までしてくれるのさ」


僕は手帳を開き、新しい市場の開拓グラフを万年筆で描き足した。


「内側の経営基盤は完璧。そして隣国の国境も、最短の物流ルートも手に入った。

さあ、バルトロ大将軍、カイム先生」


僕は窓を開け、新しくレムリア公国を貫通して延伸していく大街道の、その先にある人間界のさらなる巨大な経済圏を静かに見据えた。




最後まで読んでいただきありがとうございます!

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