第36話 魔王軍式・ホワイトインフラ工事
レムリア公国から二束三文で買い叩いた「東の荒れ地」。
草一本生えない広大な石ころだらけの盆地に、地鳴りのような足音が響き渡っていた。
「ダイスケ殿。本当にここには、レムリアの巡回兵は来ないのだな?」
現場の安全統括を務める大将軍バルトロさんが、黒い鎧を軋ませながら周囲を見渡した。
「ああ。もともと国から見放された不毛の地だからね。
定期巡回する役人も兵士も、何年もここには足を踏み入れていないよ。
誰も見に来ないなら、カモフラージュすら不要だ」
僕は手帳を開き、本日の工程表をチェックしながら不敵に笑った。
「それに、何かあればアルテニア王国のフロント企業(ガラム商会)が『ただの民間開拓です』と言い訳をしてくれる契約だ。
合法的な盾は完璧さ。さあ、カイム先生、図面をお願いします」
「うむ、任せよ」
最高戦略顧問のカイム先生が、片目で渓谷の斜面を睨みながら、羊皮紙の図面を力強く広げた。
「この盆地の最奥、両脇の岩盤が最も狭まっているこの地点が、三つの河川を同時に堰き止める『急所』じゃ。
ここに強固な土台を築けば、レムリアの全水路を完璧に掌握できる」
「よし。それじゃあ、僕たちがこれまで整えてきた『適材適所の最強マルチタスク』。
魔王軍の圧倒的な生産性というやつを、人間界に見せつけてあげようか」
僕が万年筆をポケットに収め、高く手を挙げた瞬間。
大街道の空と陸から、同時に凄まじい大質量のリソースが雪崩を打って押し寄せた。
◇
「全竜、降下ァ! 物資を落とせ!」
「航空農業セクター」から一時的に出向してきた、巨躯を誇るワイバーンやドラゴンたちの編隊が、爆音を立てて上空に現れた。
彼らは人間界の軍隊が恐れる最強の兵器だが、今日の役は『超高速の空輸ヘリ』だ。
背中に括り付けられた、切り出されたばかりの巨大な基礎石や、魔導セメントの袋が、カイム先生の指示した精密なポイントへ次々とピンポイントで投下されていく。
「よし! 陸路もノンストップで行くぞ! 道をあけろ!」
地上からは、物流部隊長ゴルグが率いるオークたちの重量搬送チームが地響きを立てて突入してきた。
彼らは鍛え上げられた強靭な足腰を活かし、ドラゴンが落とした資材を、巨大な荷車で建設現場の最前線へと休むことなくピストン輸送していく。
「ぬおおおおおッ! どいていろ、小僧ども!」
そして現場の中心で咆哮を上げたのは、身長数メートルを超えるサイクロプスの重機部隊だ。
彼らは重機すら生ぬるいほどの圧倒的な馬力で、一振りで数トンの岩盤を削り、巨大な拳で地面を叩きつけて基礎を固めていく。
「おい、魔導配管の接合部分、一ミリのズレも許さねえぞ! しっかり溶接しろ!」
その足元では、手先の器用なゴブリンの技術兵たちが、蟻のように群がりながら緻密な配管工事や魔法陣の刻印をミリ単位の精度で仕上げていく。
「……バ、バカな……。
儂は長年、魔王軍の戦いを見てきたが、こんな光景は一度も見たことがないぞ……」
あまりの進捗スピードに、カイム先生が呆然と顎を落とした。
「これほど性質の違う多種族が、喧嘩一つせず、まるで一つの生き物のように連携して動くなど。戦術の常識を遥かに超えておる」
「強みを活かしてパズルを組めば、組織の生産性は掛け算で跳ね上がるんですよ、先生」
だが、僕の本当の仕掛けはここからだった。
◇
「さあ、みんな! 2時間走ったら、全員強制的に『45分間の完全休憩』だよ!
現場から離れて、休憩所へ移動して!」
ハンスが拡声の魔道具を使い、現場のモンスターたちに大声で指示を出した。
通常の魔王軍の突貫工事なら、鞭で叩いてでも24時間眠らずに働かせるところだ。
だが、黒鉄グループの現場にそんなブラックな環境は存在しない。
「おいおい、本当に休んでいいのかよ? まだまだ動けるぜ?」
作業を止められたサイクロプスが、不思議そうに頭を掻いた。
「ダメだよ。
どんな突貫工事でも、現場を酷使して疲労が溜まれば、必ず重大な事故が起きてかえって納期が遅れる。
これは総合参謀部が制定した、厳格な安全衛生管理則だ。
ほら、温かい飯が待っているよ」
僕が指さした先──工事現場のすぐ真横には、電撃的に設営された巨大な「現場福利厚生テント」が佇んでいた。
「ガハハ! みんな、たくさん食べて力をつけろよ!」
テントの中では、農業部門のゴードン先生と料理番のインプたちが、大鍋でグツグツと煮込まれた、肉と新鮮な野菜が山ほど入った温かい特製スープを配っていた。
さらに、冷風の魔術が常に循環する「熱中症対策休憩所」や、バルトロさんが発案した、巨体の疲れを癒やす「簡易マッサージブース」まで完備されている。
僕はスープを美味そうに貪るモンスターたちに、固有スキル《鑑定》の数値を向けた。
【所属】ダム建設土木部隊(サイクロプス、オーク、ゴブリンなど)
【不満度】0%
【疲労度】21%(徹底的なシフト管理により安全圏内)
【本音】「人間界のブラックな砦で戦わされるより、100倍居心地がいい!」「総合参謀のために、最高のダムを爆速で作り上げてやる!」
モンスターたちのやる気は、すでに200%を超えて限界突破していた。
誰一人としてサボる者はおらず、むしろ休憩が終わると「もっと効率よく岩を運ぶ方法を見つけた!」と、現場から自発的なカイゼン案が次々と飛び出してくる始末だ。
「……恐ろしい男だな、お前は」
スープの皿を持ったカイム先生が、僕の隣で深く感嘆の息を漏らした。
「恐怖で縛るよりも、満腹と安心で縛る方が、これほど兵職人が狂ったように動くとはな。
この調子では、儂が当初計算していた工期の『半分以下』でダムの心臓部が完成してしまうぞ」
「現場が自ら考えて動き出した組織は、世界で一番強いんですよ、先生」
僕は満足して手帳に最新の進捗グラフを描き入れた。
◇
その日の夕方。
夕日に照らされた荒れ地の中心には、すでに巨大な黒鉄の貯水ダムの巨大な外壁が、その威容を現し始めていた。
「素晴らしい進捗だ、ハンス君。このペースを維持してくれ」
「はい、ダイスケ殿! 物流ルートの確保も完璧です!」
僕は手帳をパチンとポケットに収め、大街道のその先、レムリア公国の方角を静かに見据えた。
「内側のガバナンスを整え、適材適所の最強のリソース配置を行い、現場に最高のホワイト環境を用意する。
レムリア公国の連中が、自国の川の水位がじわじわと下がっているという『異変』に気づいた時には……もう、すべてが手遅れさ」
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