第35話 フロント企業の土地買収
アルテニア王国の王都にある、かつては怪しげな取引の温床だった高級会員制サロン。
その最奥のVIPルームで、一人の人間の男が冷や汗を流しながら直立不動で待っていた。
彼の名はガラム。
アルテニア王国の裏社会を牛耳っていた闇商人であり、今や『黒鉄グループ』の下請け企業として完全に組み敷かれた男だ。
「お待たせ、ガラムさん。急に呼び出して悪かったね」
僕がハンスを伴って部屋に入ると、ガラムは弾かれたように最敬礼の姿勢をとった。
「滅相もございません、ダイスケ総参謀長閣下!
このガラム、いつでも閣下のご命令を果たす準備はできております!」
彼の頭の上に浮かぶ《鑑定》の数値を見る。
【名前】ガラム(ガラム商会・代表)
【不満度】5%
【忠誠心】92%
【本音】「もうこのおっさんには絶対に逆らわん。言われた通りに働いていれば、本物の金貨が湯水のように落ちてくるんだ。」
実に現金な男だ。
僕はソファーに腰掛け、手帳から一枚の地図を取り出してテーブルに広げた。
「ガラムさん。君に、特大の新規プロジェクトを発注したいんだ。
我が社のフロント企業(代理人)として、ある大きな買い物をしてもらいたい」
「買い物、でございますか?
アルテニア王国内の資産であれば、どのような利権でも即座に買い叩いてみせますが」
「いや、今回のターゲットは国内じゃない。隣国──『レムリア公国』だ」
ガラムの顔が、一瞬で強張った。
「レ、レムリア……あの軍事国家ですか?
奴らは排他的で、アルテニアの商人など見つけ次第、スパイ容疑で投獄しかねない狂犬の国ですが……。
いったい、何を買い取るので?」
「レムリア公国の東の国境沿いにある、広大な『干上がった荒れ地』だよ」
「は……?」
ガラムは、開いた口が塞がらないといった様子で地図を凝視した。
「閣下、お言葉ですがあそこは草一本生えない、文字通りの『死んだ土地』ですよ?
魔力も鉱物資源もなく、農地としての開拓すら何百年も放棄されているゴミクズのような荒れ地です。
そんなものを買って、どうされるのですか?」
「理由は君が知る必要はないさ。
ガラムさん。
君はただの哀れな、投資に失敗した無能な商人を演じてくれればいい」
僕はハンスに目配せをした。
ハンスが、ずっしりと重い頑丈な鉄の箱をテーブルの上に置く。
パカッと蓋を開ければ、中から夜の室内を黄金色に染めるほどの、本物の金貨の山が輝きを放った。
「なっ……! これほどのキャッシュを、即金で……!?」
「資金は全額、黒鉄の砦が裏から出す。
君はアルテニアの『ガラム商会』として、表舞台で堂々と商談をしてくれ。
『一発逆転を狙って、レムリアの未開拓の荒れ地を買い取り、一攫千金を夢見るバカな商人』。
これが君に与える役だ。
無事に契約を結んで調印書を持ってくれば、この金貨の1割を君のコンサルタント報酬として支給するよ」
ガラムの目が、金貨の光を浴びて猛烈なスピードでギラギラと輝き始めた。
「お任せください、ダイスケ閣下!
レムリアの役人どもを完璧に丸め込み、あの土地の永久所有権をむしり取ってご覧に入れます!」
◇
三日後。レムリア公国の地方領地を管轄する、古びた税務管理局。
「ハハハ! アルテニアの商人というのは、国が傾くと頭まで狂うと見える!」
下品な笑い声を響かせているのは、レムリア公国の税務高級官僚の男だった。
彼の対面に座っているガラムは、いかにも「後がない焦った商人」という風を装い、額に汗を浮かべながら揉み手をしている。
「お、お静かに、局長閣下……。
私は大真面目なのです。我がガラム商会は、今回の『東の荒れ地開拓プロジェクト』に、全財産を賭けているのですから!」
黒鉄の砦の執務室から、水晶の魔道具を通じて遠隔でモニターしているダイスケ達。
役人の頭の上に《鑑定》の数値を走らせる
【名前】レムリア公国・税務局長
【不満度】12%
【本音】「アルテニアはデフォルト寸前の落ち目国家だからな。そこの商人が、我が国の誰も使わないゴミクズの荒れ地を『開拓名目』で買いたいだと?
あんな草も生えない石ころだらけの土地、維持するだけで我が国の予算(管理費)の無駄だ。
バカな人間に押し付けて処分し、ついでにこいつの持ってきた大金を裏金として私の懐に入れてしまおう」
面白いほど、こちらの狙い通りの油断をしてくれている。
「ふむ。ガラム商会と言ったな。
我が国としても、何百年も放置されている不毛の荒れ地を、民間の力で『開拓』してもらえるのは、誠に喜ばしいことだ」
役人は、書類の束を机の上に放り出した。
「開拓名目の特例だ。
通常ではあり得んほどの『格安』で、あの荒れ地全体の永久所有権を譲ってやろう。
ただし、土地を買った以上、我が国は一切のインフラ支援はせん。
途中で干からびて破産しようが、全て自己責任だ。良いな?」
「は、はい! もちろんございます!
特例での格安提示、痛み入ります!」
ガラムは必死な顔でペンを握り、レムリア公国側が用意した土地売買契約書にサインを書き込んだ。
役人もまた、何の疑いも持たず、自国の公式な魔導承認印を書類にポン、ポンと力強く押し付けた。
「では、決済だ。金貨で支払ってもらおう」
「こちらに、全額用意してございます」
ガラムがスマートに革袋を差し出す。
役人が中身を確認し、本物の金貨が詰まっているのを見て、いやらしい笑みを深く刻んだ。
商談は、ものの十五分で完了した。
「ハハハ、精々がんばるが良い、アルテニアの商人よ!」
「ははっ、ありがとうございます、局長閣下……!」
役所の門を出た瞬間、ガラムの顔から「焦った商人」の演技が消え失せ、冷徹なプロの闇商人の笑みが戻った。
◇
同日夜、黒鉄の砦の司令部。
「ダイスケ閣下! 完璧に調印を済ませて参りました!」
戻ってきたガラムが、誇らしげにレムリア公国の公式な承認印が押された土地の権利書を、僕のデスクの上に恭しく広げた。
「よくやった、ガラムさん。最高の手際だ」
僕はその書類を手に取り、万年筆の先でレムリア公国の承認印を愛おしそうになぞった。
「バルトロさん、カイム先生。見てごらん。
これで、レムリア公国全体の『主要水源の川上』にあたるあの広大な荒れ地は、名実ともに、法律に則った僕たちの『私有地』だ」
背後に控えていたバルトロさんが、驚嘆の声を漏らす。
「本当に……一本の剣も交えず、奴らの喉元(水源地)の土地の権利を毟り取ってしまったな」
「これぞフロント企業を使った、ステルス土地買収さ」
カイム先生が片目を細め、手帳の図面を見つめながらクククと低く笑った。
「レムリアの役人どもめ。
何も生み出さぬゴミクズの荒れ地を売り抜いたと大喜びしているだろうが……。
それがいつか、自国の首を完璧に絞める『ダムの土台』になるとは夢にも思っていまいな。
総合参謀、お前の言う通り、地政学を『資産の買い叩き』に使えば、世界を流血ゼロでハッキングできる。
儂の古い地形データベースが、これほど鮮やかに活きるとはな」
「先生の知恵のおかげですよ」
僕は立ち上がり、手帳をパチンとポケットに収めた。
「さあ、バルトロ大将軍。
土地の所有権(大義名分)は完璧に手に入った。
明日から、サイクロプス土木部隊を現地へ全投入して、前代未聞の『ゲリラ的ダム建設工事』を爆速で開始しよう。
レムリアの連中が気づいた時には、水路の蛇口はすべて、僕たちの手帳の中さ」
「応ともさ! 現場のシフトはすでに完璧に組んである!
ホワイトな労働環境で、爆速でダムを作り上げてみせるぞ!」
バルトロさんが豪快に胸を叩いた。
戦闘力ゼロのおっさんが仕掛けた、フロント企業によるステルス不動産買収。
人間界の強硬な軍事国家が、自らの油断によってインフラの生殺与奪の権を魔王軍へ明け渡したことに気づくのは、しばらくたってからのことだった。
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