第34話 次のターゲット
アルテニア王国を完全子会社化し、魔王軍の膿を削ぎ落とした翌週。
黒鉄の砦の作戦会議室には、新体制のブレインたちが集まっていた。
大きな円卓の上に広げられているのは、人間界の最新の地図だ。
「ダイスケ殿。社内のガバナンスも、物流の防衛線も完璧に整った」
大将軍となったバルトロさんが、太い腕を組んで地図の一点を見つめた。
「アルテニアは経済で落とした。だが、次のターゲットはそうはいかんぞ」
「ほう。というと?」
「アルテニア王国の隣国──『レムリア公国』だ」
バルトロさんが指さしたのは、頑強な国境線に囲まれた軍事国家だった。
「ここは、我が黒鉄の砦と長年、最も激しく国境を争ってきた排他的な国だ。
奴らは骨の髄まで武闘派で、経済の交渉など一切耳を貸さん。
ダイスケ殿……次こそは、我が第一軍の出番(戦闘)だな?」
バルトロさんの目が、武人らしくギラリと肉食獣のように輝いた。
次こそは本業の武力で役に立ってみせる、という気概が《鑑定》の数値からも溢れている。
「大将軍の言う通り、レムリアの防衛網は堅牢極まりないな」
隣に座る、最高戦略顧問のカイム先生が片目で地図を睨み、古い図面を広げた。
「奴らが絶対の自信を持つ鉄壁の国境関所を正面から抜くのは、愚策中の愚策。
もし儂が先代の時代に戦うのであれば、地脈の捻じれによって生じた東の険しい断崖に潜む。
あそこは人間の大型兵器が侵入できぬ盲点。
そこへ兵力を密かに展開し、地の利を活かして一気に奇襲をかけるのが、総参謀としての定石であった」
「おお……! さすがカイム先生だ、実に理にかなっている!」
バルトロさんが拳を叩き、感嘆の声を上げた。
さすがは生けるデータベースだ。
レガシーとしての地形知識をフルに活用し、最も勝率の高い戦術を瞬時に組み立ててみせる。
「なるほど、素晴らしい戦略ですね。バルトロさん、カイム先生」
僕は手帳を開いたまま、ペン先で地図の別の場所をトントンと叩いた。
「でも……今回も、戦争はなるべく避けたいですね。コストがかかりすぎる」
「ぬっ……!? ここにきても、まだ戦わんというのか、ダイスケ殿!」
「レムリアはアルテニアと違って、通貨を刷りすぎて自滅するようなバカな真似はせんぞ?」
カイム先生も、意外そうに片目を丸くした。
「ええ。だからこそ、別の『急所』を突くんです。
カイム先生、あなたの提示してくれた図面の、この場所を見てください」
僕は、先生が死角として挙げた断崖の、さらに裏側を指さした。
「この断崖の背後にある、広大な『干上がった荒れ地』。
レムリア公国の役所は、価値のない不毛の土地として、完全に放置しているようですが……。
ここって、レムリア公国全体の『主要水源の川上』じゃないですか?」
カイム先生がハッと息をのんだ。
「……確かにそうだ。レムリアの都へ流れる三つの大河は、すべてこの荒れ地の奥にある水源地から湧き出ている」
「ここに砦を築いて、兵を配置して戦う必要はありません。
僕たちが買収した王都のフロント企業を使って、この価値のない荒れ地を、二束三文の『底値』で丸ごと買い占めます」
「土地の……買い占めだと?」
バルトロさんが、呆然と呟いた。
「そう。戦って奪うのではなく、土地の所有権を合法的に握るんです。
所有権を完全に我が黒鉄グループの私有地にした上で、川上に巨大な黒鉄の貯水ダム兼物流拠点を建設します」
僕は手帳に、ダム建設に必要なサイクロプス部隊の工期スケジュールを書き込んだ。
「川上を閉め切れば、レムリア公国の水道インフラは一瞬でフリーズする。
彼らがいくら強固な武力を持っていようが、蛇口から水が出なくなれば、戦う前に都市が干からびて降伏するしかありません。
これが、僕の提案する『不動産ステルス買収プラン』です」
会議室に、水を打ったような静寂が広がった。
バルトロさんも、カイム先生も、完全に言葉を失って地図を凝視している。
「武力で砦を築くのではなく、土地の権利で息の根を止めるのか……」
カイム先生の大きな手が、戦慄でガタガタと震え出した。
「儂は長年、地政学を『どこに兵を置くか』の学問だと思っていた。
だがお前は、それを『どこの資産を買い叩くか』の道具として使うというのか……!
凄まじいな、総合参謀。
儂の脳髄のデータが、これほど恐ろしい奇策に化けるとは夢にも思わなんだぞ」
「地政学の基本はマウンティング(優位性の確保)ですからね。
先生の知識があれば、人間界の『インフラの急所』を定価の100分の一で買い叩ける。
これ以上の優良投資はありません」
僕は満足して手帳をパチンと閉じ、不敵に微笑んでみせた。
「バルトロさん。第一軍の出番は、ダムの建設現場での警備と、その後の物流ルートの確保だよ。
ホワイトな労働環境で、しっかり部下を動かしてほしい」
「は、ははっ……! 承知した、ダイスケ殿!
いや、総合参謀! すぐに土木部隊と警備兵のシフトを組ませる!」
バルトロさんは嬉しそうに胸を叩いた。
戦うためではなく、新しい巨大インフラを作るための仕事に、現場の士気はすでに十分だった。
「よし。それじゃあカイム先生。
さっそく現地へ代理人を派遣して、不動産買い取りの契約を進めましょう。
隣国のハッキング、第一段階の開始だ」
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