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僕は戦闘力ゼロなので人間界でクビになり魔王軍にヘッドハンティングされました  作者: アカメノコバチ


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第32話 現場を止める幹部はもういらない

会議ルールを導入した翌朝。


本来なら、魔王軍の現場は少しずつ動き出すはずだった。


無駄な会議は減った。


決裁者も期限も明確になった。


第一軍から再配置された兵士たちも、それぞれの部署で新しい仕事を始めている。


――はずだった。


「ダイスケ!」


執務室の扉を蹴破る勢いで飛び込んできたのは、物流部隊長のゴルグだった。


その巨体には珍しく、焦りと怒りが浮かんでいる。


「俺の部隊はサボってねえ! 荷物も時間通りに運んだ! 

なのに、現場じゃ全部こっちのミスにされてやがる!」


「何が起きた?」


「黒曜工房に送るはずの魔力ポーションが門前で止められた。

農地に送る肥料も倉庫から出せねえ。元第一軍の連中の配属書類も差し戻しだ」


バルトロが顔をしかめる。


「会議で止められなくなった途端、今度は現場か」


僕は手帳を閉じ、立ち上がった。


「見に行こう。現場は嘘をつかないからね」



まず向かったのは、黒曜工房へ続く補給門だった。


そこでは、荷車を引いたオークたちが、魔力ポーションの木箱を積んだまま立ち往生していた。


門の前には、黒い外套を着た痩せた魔族の役人が数人。


彼らは無表情で羊皮紙をめくっている。


僕は、荷車の横で肩を落としているオークに《鑑定》を向けた。


【種族】オーク

【所属】物流部隊

【不満度】86%

【疲労度】74%

【適性】重量物搬送・短距離高速輸送

【本音】荷物は時間通り運んだ。だが「中央統制局の承認印がない」と言われて止められた。自分たちのミスにされるのが悔しい。


「なるほど」


次に、門の内側で青ざめているインプの倉庫番を見る。


【種族】インプ

【所属】補給倉庫

【恐怖度】92%

【不満度】88%

【本音】工房には早く渡したい。でも中央統制局の役人に「勝手に出したら処罰する」と言われた。どうすればいいか分からない。


現場の魔物たちは、止まっているのではない。


止められている。


「中央統制局か」


僕が呟くと、黒外套の役人がこちらを見た。


「総合参謀ダイスケ殿ですね。こちらの物資移動は、中央統制局の規定により保留となっています」


「理由は?」


「申請書式が旧式です」


「旧式?」


「はい。三年前に改定された倉庫外搬出用第七様式ではなく、五年前の第四様式が使用されています」


ゴルグのこめかみに血管が浮いた。


「中身は同じだろうが!」


役人は眉一つ動かさない。


「規則です」


その一言で、僕はだいたい理解した。



次に向かった農地でも、同じことが起きていた。


ゴードン先生の前には、肥料袋が届かないまま、畑を見つめるゴブリンたちが並んでいる。


一匹のゴブリンを《鑑定》する。


【種族】ゴブリン

【所属】農業部門

【不満度】79%

【焦燥感】91%

【本音】肥料は倉庫にあるのに、使用許可が下りない。先生に申し訳ない。収穫が遅れたら、自分たちが役立たずだと思われる。


ゴードン先生は震える声で言った。


「ダイスケ殿……この時期に肥料を入れられんと、収穫量が落ちます。

せっかく皆が覚えた作業が、無駄になってしまう」


「無駄にはしませんよ」


僕はゴブリンたちへ向き直った。


「君たちのせいじゃない。仕事はできている。止めている奴が別にいるだけだ」


ゴブリンたちの目が、少しだけ潤んだ。


その後、黒曜工房、物流倉庫、再配置受付所を回った。


どこも同じだった。


現場の魔物たちは働いている。


だが、中央統制局の承認印、書式、前例、管轄という言葉で止められていた。


「規則です」

「前例がありません」

「管轄外です」

「担当者が不在です」

「上位承認が必要です」


前の世界でも、何度も聞いた言葉だ。


現場を知らない本社部門が、責任を取らないために使う呪文。


僕は手帳を開き、最後に中央統制局の役人を《鑑定》した。


【所属】魔王軍中央統制局

【忠誠心】42%

【不満度】23%

【適性】書類管理・規則運用

【本音】現場が止まっても自分たちの責任ではない。規則通りに差し戻せば処罰されない。


「一番厄介なタイプだな」


バルトロが眉を寄せる。


「敵意があるわけではないのか?」


「敵意がない分、厄介なんです。悪いことをしている自覚がない」



魔王城、中央統制局。


そこは戦場から最も遠い場所にあった。


壁一面に古い台帳が並び、机の上には承認待ちの羊皮紙が山のように積まれている。


その奥で、痩せた老魔族が静かに茶を飲んでいた。


中央統制局局長、グレモル。


彼は僕たちを見るなり、ゆっくりと頭を下げた。


「これは総合参謀殿。何かご用件でしょうか」


「現場の物資移動と人員再配置が止まっています。理由を聞きに来ました」


「規則です」


グレモルは即答した。


「魔王軍は巨大な組織。規則なくして秩序は保てません。

現場がどれほど急ごうとも、定められた書式、承認印、確認手順を経る必要があります」


「そのせいで工房が止まり、農地が遅れ、物流が詰まっている」


「それは現場側の申請不備です」


「本当に?」


僕はグレモルに《鑑定》を向けた。


【名前】グレモル

【役職】魔王軍中央統制局局長

【不満度】18%

【忠誠心】51%

【適性】記録保管・台帳管理

【不適性】現場判断・緊急対応・改善業務

【本音】現場が混乱しても、規則を守っていれば自分の責任ではない。新体制で権限を奪われるのは避けたい。


僕は小さく息を吐いた。


「グレモル局長。あなたは悪人ではない」


「は?」


「ただ、現場を知らないまま現場を止めている。だから悪人より厄介だ」


グレモルの目が細くなる。


「失礼ですな。中央統制局は、長年魔王軍の秩序を守ってきました」


「秩序と停滞は違います」


僕は机の上に、現場で確認した魔物たちの記録を並べた。


「物流部隊のオークは時間通りに荷物を運んだ。倉庫番のインプは物資を出そうとしていた。

農業部門のゴブリンは肥料を待っていた。黒曜工房は材料さえ届けば生産できた」


僕はグレモルを見据える。


「働いていないのは現場じゃない。ここです」


部屋の空気が凍った。


グレモルの部下たちが、ざわりと動揺する。


「規則は現場を守るためにある。現場を止めるための規則なら、そんなものはただの鎖だ」


「しかし、承認なしで物資を動かせば混乱が――」


「混乱しているのは、あなたたちが承認を止めているからです」


僕はバルトロへ向き直った。


「バルトロさん、提案があるんだ」


「何かな?」


「現場稼働に関わる物資移動、人員再配置、緊急補給の承認権限を、中央統制局から総合参謀部へ一時移管します。

中央統制局には記録保管と事後監査に専念してもらう」


グレモルが立ち上がった。


「それは、我々から権限を奪うということですぞ!」


「違います。適材適所です」


僕は静かに言った。


「あなたたちは記録を守るのは得意だ。でも、現場を動かす判断には向いていない。だから権限を分ける」


バルトロが重々しく頷いた。


「承認するぞ、ダイスケ殿。

魔王軍大将軍として、現場稼働に関わる即時決裁権を総合参謀部へ移す」


グレモルの顔から血の気が引いた。



その日の夕方。


止まっていた荷車が一斉に動き出した。


魔力ポーションは黒曜工房へ届き、クロムが狂ったように笑いながら作業を再開した。


肥料は農地へ運ばれ、ゴブリンたちがゴードン先生の指示で畑へ走った。


元第一軍兵士たちの再配置も進み、ゴルグの物流部隊は再び地響きを立てて動き始めた。


「ダイスケ!」


ゴルグが照れくさそうに鼻を鳴らす。


「俺の部下たち、また働けるって喜んでるぞ」


「それでいい。現場の管理は止めるためにあるんじゃない。動かすためにある」


僕は手帳を開く。


中央統制局の役人たちの数値は、大きく揺れていた。


【中央統制局職員】

【不満度】61%

【本音】自分たちの仕事は何だったのか。だが、記録保管ならまだ役に立てるかもしれない。


悪くない。


権限を奪うだけでは組織は良くならない。


役割を変え、使える場所に置き直す。


それが本当の改革だ。


僕は魔王城の廊下から、動き始めた現場を見下ろした。


「現場を知らない幹部はまだいい。学べばいいからね」


そして、止まっていた荷車が次々と門を抜けていくのを見て、手帳を閉じた。


「でも、現場を止める幹部はもういらない」


その時、遠くの塔で、グレモル局長が誰かと密談している姿が見えた。


相手は、ザガンではない。


もっと古い、魔王城の奥に根を張る別の組織の者たちだった。


僕は新しいページを開く。


――中央統制局の背後関係。


「さて。次は、この鎖を誰が作らせていたのかを調べようか」



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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