第31話 無能な幹部ほど会議を増やす
第一軍を再編した翌朝。
魔王城の執務室に入るなり、机の上に積まれた羊皮紙の山を見て、僕は思わず足を止めた。
「……何これ」
隣にいたバルトロさんが、苦々しい顔で答える。
「古参幹部たちからの会議申請だ」
僕は一枚目を手に取る。
【第一軍再編妥当性確認会議】
二枚目。
【総合参謀権限範囲検討会】
三枚目。
【魔王軍伝統維持に関する意見交換会】
四枚目。
【古参幹部合同協議会】
五枚目。
【緊急遠征方針再検討会】
読み進めるほど、頭が痛くなってくる。
「半日で二十七件……?」
「ザガンを中心に、第二軍長、第四軍長、遊撃軍長たちが一斉に出してきた。
表向きは、お前の権限を確認したいという名目だ」
「表向きは、ね」
「なるほど」
僕は羊皮紙を机に戻した。
「無能な幹部ほど会議を増やす、か」
◇
その日の昼。
魔王城の大会議室には、ザガンをはじめとする古参幹部たちがずらりと並んでいた。
ザガンは包帯を巻いた腕を組み、僕を睨みつけている。
その隣には、痩せた蛇のような第二軍長。
巨大な角を持つ第四軍長。
軽薄な笑みを浮かべる遊撃軍長。
彼らは皆、不満げな顔をしていた。
だが、《鑑定》に映る本音は、もっと分かりやすい。
【第二軍長】不満度83%
【本音】次に自分の補給記録を見られるとまずい。
【第四軍長】不満度79%
【本音】防衛設備費の使途を突かれたくない。
【遊撃軍長】不満度91%
【本音】遠征費で養っている私兵の存在を隠したい。
そしてザガン。
【ザガン】不満度100%
【本音】とにかくダイスケを失脚させたい。
実に素直だ。
会議室の上座では、マオ社長が胃のあたりを押さえていた。
『ええと……本日の議題は、総合参謀ダイスケの権限について、だったかな……?』
ザガンが勢いよく立ち上がる。
「その通りです、魔王様! 第一軍の解体は明らかな越権行為!
人間ごときが、古き魔王軍の仕組みを勝手に壊すなど許されません!」
第二軍長も続く。
「そもそも、改革には十分な議論が必要です。拙速な決定は組織を混乱させます」
第四軍長が重々しく頷く。
「よって、今後すべての改革案は、古参幹部による審議を経てから実行すべきです」
遊撃軍長が薄く笑った。
「そうですな。最低でも三回の事前会議と、二回の承認会議は必要でしょう」
僕は思わず感心した。
「すごいな」
ザガンが眉をひそめる。
「何がだ?」
「ここまで露骨に、決めない仕組みを作ろうとするのは、逆に才能だよ」
「貴様……!」
僕は立ち上がり、手元の資料を会議卓に置いた。
「では、皆さんの希望通り、会議について検討しましょう」
古参幹部たちの顔に、わずかな勝色が浮かぶ。
僕はそのまま言った。
「まず、この三日間で申請された会議は二十七件。
予定拘束時間は合計百八十六時間。参加予定者の延べ人数は百四十二名」
会議室が静まり返る。
「その間に保留された補給申請は四十二件。再配置が止まった兵士は延べ九百名。
物流部隊の待機時間は合計七十八時間。生産部門への人員移動も遅れています」
ザガンが舌打ちした。
「その程度、必要な議論のためなら――」
「決定事項は?」
僕は短く遮った。
「二十七件の会議で、何を決める予定だったんですか?」
ザガンが口を閉ざす。
第二軍長が咳払いをした。
「そ、それは、まず意見を出し合い……」
「誰が決裁者ですか?」
「それは会議の中で……」
「期限は?」
「状況を見ながら……」
「責任者は?」
沈黙。
僕は手帳を閉じた。
「皆さんが増やしたのは議論ではありません。責任の置き場です」
古参幹部たちの顔色が変わる。
「決めるための会議なら必要です。でも、決めないための会議は組織の毒です。
現場を止め、補給を遅らせ、責任を曖昧にして、最後は誰も悪くないことにする」
僕はザガンたちを見渡した。
「それを、前の組織では“仕事をしているふり”と言いました」
「き、貴様ァ!」
ザガンが立ち上がった瞬間、バルトロさんが低い声で言った。
「座れ、ザガン」
その一言で、会議室の空気が重くなる。
ザガンは歯を食いしばりながら腰を下ろした。
僕はマオ魔王へ向き直る。
「魔王様。提案があります」
『な、何だい……?』
「本日より、魔王軍の会議ルールを制定します」
僕は羊皮紙を広げた。
「一つ。目的のない会議は禁止。
二つ。決裁者のいない会議は禁止。
三つ。議題は三つまで。
四つ。終了時には必ず決定事項、担当者、期限を明記。
五つ。議事録のない会議は無効。
六つ。現場作業を止める会議は、総合参謀部の承認制。
七つ。責任者が決まらない案件は、総合参謀部が強制決裁する」
会議室が凍りついた。
古参幹部たちは、まるで処刑宣告を受けたような顔をしている。
『ダイスケ……それをやると、幹部たちは逃げ道がなくなるんじゃ……』
「はい。逃げ道をなくすためのルールです」
魔王はさらに胃を押さえた。
だが、やがて小さく頷いた。
『……承認する。魔王軍に、その会議ルールを導入する』
「ありがとうございます」
ザガンが机を叩いた。
「魔王様! 本当にそれでよろしいのですか! この人間は、魔王軍の伝統を――」
「ザガン」
僕は静かに言った。
「伝統と惰性は違うよ」
ザガンの言葉が止まる。
「強い組織は、必要なものを残し、不要なものを捨てる。
逆に弱い組織ほど、昔からそうだからという理由で、腐った仕組みにしがみつく」
僕は、会議室の扉の外を見た。
そこでは、補給承認を待っていたインプたちや、再配置待ちの元第一軍兵士たちが、不安げにこちらを見ていた。
「会議室の中で幹部が三時間唸っている間にも、現場は動いている。
腹も減る。傷も痛む。荷物も届かない」
僕は再び古参幹部たちへ向き直った。
「現場を止める幹部はいらない。現場を動かす幹部だけが必要だ」
誰も言い返せなかった。
◇
会議は、十五分で終わった。
決定事項は明確。
担当者も期限も決まった。
古参幹部たちが望んだ長時間会議は、僕によって最初の一件目で潰された。
会議室を出ると、バルトロさんが感心したように息を吐いた。
「ダイスケ殿。まさか会議そのものを改革するとはな」
「会議は武器になります。
でも、無能が持てば、ただの足枷になるんですよ」
その時、廊下の奥でザガンたちが小声で話しているのが見えた。
《鑑定》には、嫌な本音が映っている。
【共通の本音】会議で止められないなら、現場を止めるしかない。
僕は手帳を開き、新しい見出しを書いた。
――現場妨害対策。
「さて」
僕は小さく笑った。
「次は、仕事をしている現場に手を出す馬鹿を見つけようか」
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