第30話 脳筋軍長をリストラする
魔王城の最高幹部会議が終わるなり、第一軍長ザガンは自軍の駐屯区画へ戻り、黒鉄の扉を蹴り飛ばした。
「戦えぬ人間ごときが、魔王軍の戦に口を出すだと……!」
分厚い扉が歪み、周囲の下級魔族たちが肩を震わせる。
だが、ザガンは彼らの怯えなど見てもいない。
「全軍に通達しろ! 今すぐ出陣準備だ!
隣国の国境砦を叩き潰し、第一軍こそ魔王軍最強だと証明してやる!」
副官たちは慌てて走り出した。
しかし、兵士たちの顔は暗い。
歓声はない。
あるのは、疲労と諦めだけだった。
◇
その頃、第一軍の倉庫前では副官が怒鳴っていた。
「兵糧を出せ! 出陣命令だ!」
倉庫番のインプは、震えながらも首を横に振る。
「総合参謀部の承認印がありません。払い出しはできません」
「ザガン様の命令だぞ!」
「それでも、帳簿に合わなくなりますので」
副官がインプの胸ぐらを掴もうとした、その時だった。
「やめなさい」
静かな声が響く。
僕とバルトロさんが、倉庫前に立っていた。
後ろには会計担当のインプ、記録係のゴブリン、そしてゴルグ率いる物流部隊。
皆、俺のチームメンバーだ。
「無断遠征の準備中かな?」
僕は積まれかけていた木箱を見た。
「兵糧、矢束、回復薬、魔力ポーション。
ずいぶん派手に持ち出そうとしているね。作戦期間、輸送経路、消費見込みは?」
副官は口ごもる。
そこへ、ザガンが怒りに満ちた足音で現れた。
「貴様ァ! 俺の軍の倉庫で何をしている!」
「君の軍の倉庫じゃない。魔王軍の共有資産だよ」
僕は手帳を開く。
「そして僕は総合参謀として、第一軍の監査に来た」
「監査だと? くだらん! 帳簿で敵が殺せるか!」
「殺せないね。でも、帳簿は無能な上司を殺せる」
周囲の空気が凍った。
ザガンが大剣に手を伸ばす。
だが、バルトロさんが一歩前に出た。
「ザガン。大将軍の前で抜剣するなら、反逆と見なす」
ザガンの手が止まる。
僕はそのまま、彼に《鑑定》を向けた。
【名前】ザガン
【役職】魔王軍第一軍長
【自己評価】魔王軍最強の武人
【適性】単騎突撃・敵陣突破
【不適性】組織管理・兵站管理・人材育成
【実態】予算消化率188%、戦果貢献率22%、部下離脱率67%
【弱み】下級兵の犠牲と他部隊の戦果で、自軍の功績を水増ししている。
「なるほど」
僕はため息を吐いた。
「ザガン。君は個人としては強い。でも軍長には向いていない」
「何だと……?」
「君は、自分が強いことと、組織を強くすることを混同している。
だから部下を育てない。兵站を見ない。現場の疲労も、装備の劣化も、全部『根性が足りない』で片付けてきた」
僕は会計インプに合図した。
書類が木箱の上に並べられる。
「第一軍の申請兵数は五千二百。だが、実働は三千百四十六。
二千人以上が帳簿上だけ存在する幽霊兵士だ」
ざわり、と兵士たちが騒ぐ。
「死亡者や脱走者の分まで兵糧費を請求している。
装備更新費も全軍平均の四倍受け取っているのに、現場兵の六割は刃こぼれした剣を使っている。
新品の武具はどこへ消えた?」
ザガンの副官たちが目を逸らした。
「さらに戦果報告。第一軍単独の功績とされている戦果の多くは、第三軍や補給部隊の支援があって成立したものだ」
僕は書類を閉じた。
「君の軍は強いんじゃない。強く見せていただけだ」
「黙れェッ!」
ザガンが吼えた。
「お前たち! この人間の戯言を聞くな! 第一軍の誇りを見せろ!
俺に従い、出陣するぞ!」
沈黙。
誰も動かなかった。
ザガンの顔が歪む。
「なぜ動かん!」
僕は近くの下級魔族を《鑑定》した。
【不満度】98%
【忠誠心】4%
【本音】ザガンのためには死にたくない。だが逃げれば処刑される。
他の兵士たちも同じだった。
「ザガン。彼らは君に忠誠を誓っていたんじゃない。逃げ場がなかっただけだよ」
僕は兵士たちへ向き直った。
「第一軍所属の全兵士に通達する。本日より第一軍は再編対象とする。
ただし、現場兵を切り捨てるわけじゃない」
兵士たちが顔を上げる。
「斥候適性のある者は情報部隊へ。怪力のある者はゴルグ隊長の物流部隊へ。
防衛戦に向く者はバルトロ大将軍直属へ。
農地整備や建設に向く者は生産部門へ。
指揮適性のある者は研修後に小隊長へ昇格させる」
ざわめきが広がった。
「俺たちにも……別の部署があるのか?」
「三食支給。装備は配属先に合わせて更新。
負傷時の治療費は軍が負担。無意味な突撃命令への拒否権も認める」
その瞬間、兵士たちの目に光が戻った。
「俺、防衛軍に行きたいです」
「荷運びならできます!」
「農地でもいい。もう空腹で戦場に出たくない」
ザガンが震える。
「貴様ら……俺の兵だぞ……!」
「違う」
僕は即座に否定した。
「彼らは君の所有物じゃない。魔王軍の人材だ」
バルトロさんが重々しく頷く。
「大将軍として、この再編案を承認する」
僕は最後の書類を読み上げた。
「第一軍長ザガン。
本日付で、第一軍の予算執行権、補給請求権、人事権をすべて凍結する。
不正会計、戦果水増し、装備横流し、無許可遠征準備。
理由は十分だ」
「俺から軍を奪う気か……?」
「奪うんじゃない。リストラだよ」
「リストラ……?」
「首切りじゃない。組織の再構築だ。
使えない管理職から権限を外し、使い潰されていた現場を救い、適材適所に並べ替える。
それが本当のリストラクチャリングだ」
ザガンは言葉を失った。
その背後では、すでに元第一軍の兵士たちが適性診断の列に並び始めている。
ゴルグが怪力自慢の魔族を見つけ、嬉しそうに笑った。
「お前、物流に来い! 飯はうまいし、働いた分だけ肉が増えるぞ!」
「ほ、本当ですか!?」
「本当だ! ただし荷札を間違えたら怒鳴る!」
「殴られないんですか?」
「殴るかよ。荷物が壊れるだろ!」
それだけで、元第一軍の兵士たちがどよめいた。
どうやら魔王軍には、まだまだ改善すべき文化が多いらしい。
ザガンは屈辱に顔を歪め、僕を睨みつけた。
「ダイスケ……この借りは必ず返す。魔王軍は貴様のものではない。
古き魔族の力を思い知らせてやる」
「そうかい」
僕は手帳を閉じた。
「その前に、明日までに『なぜ部下が自分についてこなかったのか』を三百字でまとめて提出して」
「貴様ァァァッ!」
「提出期限は朝九時。遅れたら研修期間を延長する」
ザガンは怒りに震えながら、乱暴に去っていった。
◇
その夜。
僕は第一軍再編の報告書をマオ社長へ提出した。
『第一軍の予算権を凍結……半日で解体……。ダイスケ、仕事が早すぎないかい?』
「腐敗した部署は、放置すると全軍に広がりますから」
『でも、古参幹部たちが黙っていないよ……』
「でしょうね」
僕は《鑑定》で、他の軍長たちの数値を確認する。
【第二軍長】不満度81%
【第四軍長】不満度76%
【遊撃軍長】不満度88%
【共通の本音】次は自分たちの帳簿を見られるかもしれない。
実に分かりやすい。
不正をしている者ほど、監査を恐れる。
僕は手帳を開き、新しい見出しを書いた。
――古参幹部対策。
「さて、次は魔王軍上層部の膿を、まとめて出そうか」
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