第29話 魔王軍総合参謀と無能な上級幹部
アルテニア王国を「血を流さずに完全支配した」という前代未聞の功績。
それは、魔王城から届いた一通の緊急人事発令によって、決定的な形となった。
「ダイスケ殿……。これは、本当なのか?」
黒鉄の砦の執務室。
届いたばかりの公式な羊皮紙を手に、バルトロがガタガタと巨体を震わせていた。
「本当だよ、バルトロさん。文字通りさ」
「俺が、大将軍……!? 全軍の武力を統括する、魔王軍のナンバーツーだと!?」
「そう。現場を正しく支えたリーダーが、最も高い地位で正当に評価される。
それが新しい魔王軍のルールだよ」
「だが、俺はつい数ヶ月前まで、ただの地方の副長だったのだぞ?
魔王軍の古参どもが納得するはずが……」
「納得させる必要なんてないさ。結果がすべてだ。
君の防衛実績と労務管理の成果は、数字が証明している」
僕は手帳に万年筆を収め、自らの胸元についた新しい金色のバッジを指で弾いた。
「そして僕の新しい役職は、魔王軍・総合参謀だ」
「総合参謀……。全軍のサイフと戦略を握る、実質的な最高顧問か」
「そういうこと。だから、バルトロ大将軍。さっそく魔王城の軍議へ出席しようか」
「軍議、か。古い連中が集まる場所だな」
「彼らに、新しい『経営方針』を叩き込みに行かないとね」
僕は満足して立ち上がり、お気に入りのコートを羽織って不敵に笑ってみせた。
◇
魔王城の中枢、重々しい空気が漂う最高幹部会議室。
円卓の奥、一段高い玉座には、強大な瘴気を纏った魔王が君臨している。
だが、その中身(《鑑定》で見える本音)は、すでに限界を迎えていた。
【マオの本音】
「ダイスケ、バルトロ、早く来て! 脳筋の軍長たちがまた無茶苦茶な主戦論を喚いてて、私、もうプレッシャーで胃が痛くて死にそう!」
相変わらずメンタルが若手社員並みに脆弱な世襲社長を横目に、僕はバルトロと共に席に着いた。
円卓を囲むのは、魔王軍の各戦線を司る猛将たちだ。彼らは一様に、新参者の僕と、地方から飛び級出世したバルトロを苦々しい顔で睨みつけている。
特に、対面に座る古い上級幹部――第一軍長の巨漢魔族は、鼻から荒い息を吐きながらふんぞり返っていた。
「フン。辺境の砦で少し小銭を稼いだかと思えば、一気に総合参謀と大将軍か。
世も末だな、人間」
「何か不満でも、第一軍長?」
「大ありだ! 貴様のような戦えぬ人間の小倅が、参謀だと?
笑わせるな! 我ら魔族は力こそすべて。戦わぬ者に従う道理はない!」
「実績に基づく、正当な人事だよ。
文句があるなら、君も僕以上の利益を魔王軍にもたらしてみせることだね」
「口の減らない奴め! アルテニア王国を奪ったなら、今すぐその人間の騎士どもを前線に引っ張り出せ!」
「彼らをどうする気だい?」
「我が第一軍の肉壁にして、隣国へ総攻撃を仕規るのだ!
すでに兵の配置は考えてある。今月末までに城を一つ落とすのがノルマだ!」
「お断りします」
僕は表情一つ変えずに、ハッキリと一蹴した。
「な、何だとぉっ!?」
「現場の補給線も市場の状況も無視した無謀な拡大路線は、ただの自滅パターンですよ。
そんな予算の無駄遣い、総合参謀として承認できません」
「何が自滅だ! 現場の戦意が高まっている今こそ、攻め時だろうが!」
「戦意だけじゃ腹は膨らまないよ。
隣国の防衛体制の分析は? 兵糧の輸送コストの計算は?
まさか、行き当たりばったりの精神論で兵を動かす気かい?」
「能書きはいい! 俺が戦うと言ったら戦うのだ!
貴様ァ、軍長の命令に逆らうか! ここで叩き斬ってくれるわ!」
怒り狂った第一軍長が、凄まじい殺気を放って立ち上がり、巨大な大剣を抜きかけた。
周囲の軍長たちも、止めようともせずニヤニヤとそれを見物している。
その瞬間、ドンッ! と激しい地響きが部屋を揺らした。
「動くな、第一軍長。我がダイスケ殿の前に刃を向けることは、この大将軍バルトロが許さんぞ」
バルトロが立ち上がり、かつてないほどの圧倒的な魔力で第一軍長を真っ向からねじ伏せた。
大将軍へと出世し、現場の全兵士からの信頼を100%に高めたバルトロの武力は、古い幹部を完全に圧倒していた。
「ぐ、ぐぬぬ……っ! バルトロ、貴様まで……!」
「大将軍の権限を忘れたか。全軍の指揮権は俺にある。
お前の独断専行など、軍律違反で即刻処刑の対象だぞ」
バルトロの凄まじい眼光に、第一軍長が気圧されて一歩退いた。
円卓の他の軍長たちも、その圧倒的な覇気に息をのんで固まっている。
「そこまでにしよう、バルトロさん。暴力を振るう必要はないさ。
僕たちは野蛮人じゃないからね」
僕は手帳を開いたまま、冷淡に第一軍長を見据えた。
「勘違いしないでほしいな、第一軍長。
今、魔王軍全体の軍資金と、兵糧の配分権を握っているのは、総合参謀である僕たちだ」
「それがどうした! 予算など、本部から直接引き出すまでのこと!」
「引き出せないよ。本部の会計は僕たちが完全に掌握した。
すべての決裁ルートは僕を通る。
もし君が、僕の指示を無視して無謀な遠征を強行するなら、君の部隊への軍資金と飯、明日から支給しないけどいいかい?」
「な、何だと……っ!? 嫌がらせのつもりか!」
「嫌がらせじゃない、リスクマネジメントだよ。
兵を動かす金も、食べさせる飯のルートもすべて僕が握っているんだ。
僕がサイフを閉めれば、君の部隊は戦う前に飢えでストライキを起こして空中分解するよ。
戦力さえあれば組織が回ると思っているなら、大間違いさ」
第一軍長は言葉を失い、額から大粒の汗を流した。
他の軍長たちも、ようやく事の重大さに気づいたのか、顔色を変えてお互いに目配せをし始めている。
いくら個人の武力が優れていようとも、兵糧と予算を止められれば、軍隊という巨大な組織は一歩も動けない置物になる。
その生々しい現実を、おっさんのペン一本が証明していた。
『……そこまでだ、第一軍長。総合参謀ダイスケの言う通りである』
玉座の奥から、マオ社長が重々しい声で告げた。
『我が魔王軍はこれより、ダイスケの掲げる「合理的かつ計画的な経営」へと完全移行する。
無駄な流血と不採算な遠征は一切禁ずる。
異論のある者は、今すぐこの城から叩き出す。
……良いな?』
「は、ははっ……! 仰せのままに……!」
第一軍長は完全にプライドをへし折られ、がっくりと肩を落として席に戻った。
他の軍長たちも一斉に居住まいを正し、僕に対して一礼した。
武力による流血はゼロ。しかし、魔王軍の上層部の意思決定権は、完全に僕たちのルールによって制圧されたのだ。
◇
軍議のあと、誰もいなくなった会議室で、バルトロが深い感嘆の息を漏らした。
「ダイスケ殿……本当に、そろばんと手帳だけで、魔王軍のすべてを掌握してしまったな。
あの上級幹部どもが、手も足も出ずに震え上がるとは」
「組織を動かすのは武力じゃない、リソースの配分権だからね、バルトロさん」
「それにしても、大将軍の席がこれほど重いものだとは。
俺の言葉一つで、あの傲慢な軍長たちが黙るのだからな」
「それだけの責任を果たしてきたからだよ。
これからは僕が戦略を立て、君が現場を統率する。これ以上ない最強の布陣さ」
僕は満足して手帳をポケットに収めた。
「さあ、社内の足元は完全に、かつ盤石に固まった。
これからは、僕たちが名実ともに全軍の主導権を握って、この世界を変えていくよ」
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