第26話 国家のデューデリジェンス
南方の赤字部門を「航空農業セクター」へ転換させた翌週。
僕は、黒鉄の砦の執務室で分厚い書類を捲っていた。
対面に座るバルトロは、統計グラフを見て顔を歪めている。
「ダイスケ殿、書類の数字は分かった」
バルトロは太い指で、王都から届いた報告書を叩いた。
「アルテニア王国が財政破綻しかけている。それは分かる。だが……」
彼は身を乗り出し、僕の顔を覗き込んできた。
「『国を丸ごと買い叩く』だと!? 冗談が過ぎるぞ!」
「冗談に見えるかい?」
「見える! いくら我らが急成長したからといって、一国の国家財政を賄うほどの財産が、本当にこの金庫にあるというのか!?」
僕はペンを止め、手帳のバランスシートをバルトロの前に滑らせた。
「あるよ、バルトロさん。お釣りが来るくらいにね。
我が社の財務状況を見てごらん。今の僕たちの営業利益率は、驚異の90パーセントを超えているんだ」
「きゅ、九割……!? なぜそんな異常な数字になるのだ!」
「仕入れ値と固定費が、実質ほぼゼロだからさ」
僕は手帳の数字を指でなぞった。
「原材料の魔鉱石は、サイクロプスたちがタダ同然のコストで爆速で掘り起こしている。
さらに、人間界の大商会から買い占めた道具を溶かして再利用した」
「原価がタダのものを、人間界へ売っているからか……」
「それだけじゃない。王国政府が旧ギルドへ発注した特大案件を、僕たちは下請けとして9割の中抜き規約で丸ごと引き受けた。
王国のギルドに投じた予算の90パーセントは、そのままノーリスクで我が黒鉄の金庫へ還流しているんだよ」
「王国の血税を、我等が合法的に吸い上げていたわけか……」
「極めつけは、この前、立ち上げた南方セクターのドラゴン航空便だ。
人間界の貴族をターゲットに、朝採れの生鮮ハーブをプレミアム価格で売りつけ、彼らの資産を凄まじい速度でキャッシュ化している。
入ってくる売上は爆大。一方で、軍全体の食料完全自給自足は完了している」
「売上は爆大、固定費はほぼゼロ……」
「これだけの異常なキャッシュ蓄積を数ヶ月も続けていれば、手元の現金が国家予算レベルに到達するのは、当然の結果だよ」
バルトロは開いた口が塞がらないといった様子で、手帳の数字の山を凝視している。
「だが、ダイスケ殿。一国を買うとなれば、それこそ莫大な大金が必要だろう?」
「バルトロさん。僕はね、健全でピカピカな状態の国を、定価で買おうとしているわけじゃないんだよ」
「……どういう意味だ?」
「アルテニア王国は、大商会が連鎖倒産し、税収のほとんどが途絶えた債務不履行状態だ。
ハイパーインフレで自国通貨の信用は地の底に落ち、市場の機能は麻痺している。
会社に例えるなら、明日不渡りを出して完全に倒産する寸前の『ボロボロの民事再生企業』なんだよ」
「民事再生企業……?」
「破産寸前の倒産寸前企業の株や借金なんてね、市場では二束三文の紙屑同然で取引されているんだ。
価値が底値まで大暴落している会社の権利を買うのに、そんな大金はいらない。
今こそ、彼らの『筆頭債権者』になって、合法的に国家の主導権を握る。
投資の世界じゃ、これを『ディストレス投資』と呼ぶらしいよ」
バルトロは戦慄した顔のまま、コクコクと小さく頷いた。
武力で国を滅ぼせば、戦後の治安維持やインフラの復興に莫大なコストがかかる。
だが、経済的に窒息させた国の債権を買い叩き、オーナーの座に就けば、流血ゼロで国家の意思決定権を完璧にハッキングできる。
「よし。それじゃあハンス君、チームの皆、入ってきてくれ」
僕が声をかけると、オフィスの扉が開き、財務・総務部門の責任者となったハンスたち人間の文官部隊が、大量の書類を抱えて入室してきた。
「ダイスケ殿! 王都の闇市場に流出している『アルテニア王国債』の買い集め、予定通り完了いたしました!」
ハンスが誇らしげに、一枚の分厚い集計表をデスクの上に広げた。
「市場にバラ撒かれた王国の国債は、ハイパーインフレのせいで今や誰も見向きもしないゴミクズと化していました。
それを我が黒鉄のギルドが、人間界の代理人を使って、底値の数十分の一の価格で一斉に買い叩きました。
結果、現在、アルテニア王国が抱える全債務の過半数を、我が社が完全に掌握いたしました!」
「素晴らしい手際だ、ハンス君。
これで僕たちは、名実ともにアルテニア王国の『筆頭債権者』だ」
僕は満足して万年筆をポケットに収めた。
「外堀の査定と仕込みは完璧に完了した。
バルトロさん、ハンス君。それじゃあ次なるステージへ歩みを進めようか。
明日から、あのブラック国家の最後の防衛システムを、内側から完全に機能停止させに行くよ」
前世経営者による、容赦のない合法的な国家買収作戦。
その第一段階は、一ミリのブレもなく完璧に完了したのだった。
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