第25話 最強ドラゴンの空輸
魔王城の本社機能を書類とそろばんで制圧した僕たちは、その足で次なる目的地へと向かった。
魔王軍の「南方前線部隊」がキャンプを構える、広大な南方平原だ。
ここは、アルテニア王国とは別の、人間界の小国と長年対峙しているエリアだった。
馬車がキャンプの敷地に入った瞬間、僕は思わず眉をひそめた。
そこにあったのは、緊張感のない、ダラダラとした空気が漂う巨大な兵舎だった。
昼間だというのに、大柄な魔族の戦士たちが地酒の樽を囲んで騒いでいる。
「おい、今月も本社から『特別軍事予算』が下りたぞ!」
「ガハハ! 適当に国境の砦を小突いておけば、来月も前線手当がガッポリだ!」
「わざわざ人間に勝って、この美味い生活を終わらせる馬鹿はいねえよな!」
戦士たちの下品な笑い声が耳に届く。
僕は馬車を降り、手帳を開いて彼らを《鑑定》した。
【組織名】魔王軍・南方前線部隊
【稼働状態】極悪(戦果ゼロ、予算の不正受給)
【累積赤字】魔王軍全体の約35パーセントを占める
【本音】「戦いを長引かせれば、前線手当(固定給)が無限に貰える。勝つ必要も負ける必要もない。このプロジェクトを終わらせてなるものか」
なるほど、と僕は心の中で冷淡に査定した。
彼らは戦う気もなければ、勝つ気もない。
会社で言えば、ダラダラと意味のない残業を繰り返し、何年も進捗のないプロジェクトの予算を食いつぶしている「窓際のお荷物部署」そのものだった。
「ダイスケ殿……これは酷いな」
同行していたバルトロが、厳つい顔を激しく歪めて拳を握りしめた。
「まさか、南方の連中がこれほど腐っていようとは。
我が黒鉄の砦が命がけで防衛していた裏で、こいつらは不毛な戦争ごっこを長引かせ、本社の金を貪っていたというのか!」
「既得権益化した地方営業所の、典型的な病理だよ、バルトロさん。
さらに、この部署が大赤字を出している原因は、彼らの人件費だけじゃない」
僕は手帳の視線を、キャンプの裏手にある広大な渓谷へと向けた。
そこには、地響きのような凄まじい大いびきをかいて眠る、数十頭の巨大な飛竜――「ドラゴン部隊」が鎮座していた。
「あのドラゴンたちの『維持費』が、極悪すぎるんだ」
「維持費、だと?」
「そうさ。彼らはドラゴンを『ただの威嚇』や『たまの出撃』にしか使わない。
それなのに、ドラゴンが毎日食べる大量の魔獣の肉や、専用の巨大な寝床の管理費で、本社の予算が湯水のように溶けている。
会社に例えるなら、大して乗りもしないのに、見栄のためだけに会社の経費で維持している『超高級外車』の山だ。
おまけに、大街道が通っていないこの南方へ、わざわざ魔王城から悪路を使って毎日兵糧を運ばせている。
運ぶだけで何日もかかり、途中で魔獣に襲われて物資の半分が消失する。
売上が全くない過疎地に、巨額の配送コストをかけて荷物を送り続けている状態だよ。物流の悪夢だね」
「う、ぐっ……。数字で見せられると、本当に弁明の余地がないな……」
「それじゃあ、本日付でこの部署の膿を、すべて綺麗に削り落とぞうか」
僕はネクタイを締め直すような心持ちで、手帳を片手に騒ぐ戦士たちの中心へと歩み出た。
◇
「おい、なんだこの貧弱な人間は?」
南方部隊の将軍が、不機嫌そうに僕を睨みつけた。
「ここは最前線のエリートが集まる場所だ。非常食なら裏の調理場へ行け」
「本日付で、君たちの『前線手当』の全額カット、および『独立採算制』への移行を通告しに来たんだよ。
あと、君たち全員、今日で『戦士』はクビね」
僕が淡々と言い放つと、キャンプ全体が凍りついた。
次の瞬間、将軍が椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、巨大な大剣を地面に突き立てた。
「ふざけるな人間風情がッ!
俺たちは誇り高き魔王軍の戦士だぞ!
誰の許可を得てそんな世迷い言を!」
「マオ(魔王)の全権委任状に基づいた、正当な経営判断だよ」
僕は手帳から社長のサイン入りの書類を突きつけた。
「君たちのこれまでの投資対効果は完全な大赤字だ。
ただ残業代(手当)を目当てに、成果のない小競り合いを長引かせるだけの社員に払う給料は、我が社には一円もない。
文句があるなら、今すぐクビにするけど、どうするかい?」
「お、おのれ……っ!」
将軍が怒りに任せて剣を振り上げようとした瞬間、バルトロがその前に立ちはだかり、凄まじい魔力で大剣を叩き伏せた。
「動くな、南方の恥晒しどもめ!
お前たちの腐ったどんぶり勘定は、すべてダイスケ殿に見抜かれているのだ!」
バルトロの圧倒的な武力を前に、戦士たちはぐっと息をのんで引き下がるしかなかった。
「ダイスケ殿、戦士をクビにするのは分かったが……。
この広大な前線基地と、遊んでいるドラゴンたちはどうするのだ?
ただ廃止にするだけでは、それこそ資産の機会損失ではないか?」
「スクラップにするなんて、もったいないことはしないよ、バルトロさん。
これからは、彼らの『強み』を全く別のビジネスへ転換(事業ピボット)させるのさ。
ゴードン先生、入ってください」
僕が声をかけると、馬車から農業最高技術顧問のゴードン先生が、数人のオーク物流隊を引き連れてやってきた。
ゴードン先生は南方のどこまでも続く平原の土をひつまみし、ペロリと舐めると、その老目を驚愕で見開いた。
「こ、これは素晴らしい……!
顧問様、この南方の土壌は、適度な湿気と地熱を含んだ、まさに最高の『特級農地』ですじゃ!
王国では、選ばれた一等地にしかない最高の環境が、ここでは手つかずのまま眠っております!」
「でも、先生。
ここで大麦や小麦を植えたら、収穫までに半年以上かかって、今すぐの現金が回らないよね?」
「ガハハ、心配いりませんじゃ、顧問様!
これほどの肥沃な土壌と地熱があれば、通常の生育期間を無視できます!
まずは3週間で確実に収穫できる『高級ハーブ』や『極上の生鮮野菜』を植えるのです!
人間界の貴族たちが、狂ったような高値で買い付けるドル箱商品が、ここでは一瞬で山ほど採れますじゃ!」
ゴードン先生の言葉に、僕はニヤリと笑った。
「聞いたかい、皆。これからはここを、魔王軍の『第一農場・南方セクター』にリフォームする。
そして、ただ飯を食らい、予算を圧迫していたドラゴン君たち。
君たちのその強靭な翼、ただ遊ばせておくにはもったいない」
僕は渓谷でこちらを窺っていた、巨大なドラゴンの元へと歩み寄った。
「ドラゴン君。
君たちの『ブレス(氷の息)』で荷物室をキンキンに保冷し、その圧倒的な飛行スピードで、人間界の巨大商業都市へ『朝採れ野菜の超高速空輸』をやるんだ。
運ぶ間に腐ってしまう生鮮食品も、君たちのスピードと保冷能力があれば、最高に新鮮な状態で市場へ届けられる。
今日から君たちは、魔王軍の『エクスプレス空輸部隊(航空便)』だよ」
ドラゴンは、自分の新しい「役割」を理解したのか、嬉しそうにグルルと喉を鳴らした。
「な、何だと……!? ドラゴンを、荷物運びの航空便にするというのか!?」
南方の将軍が、顎が外れそうな顔で絶叫した。
「戦うのをやめて、泥にまみれて野菜を作れだと!?
そんな奴隷のような仕事、誇り高き戦士ができるか!」
「奴隷の仕事じゃない、最先端のロジスティクスだよ」
僕は新しい評価シートを彼らの前に叩きつけた。
「戦っても減給。
だが、ゴードン先生の指示に従って畑を耕し、朝採れの高級野菜を1時間以内に人間界の市場へ空輸すれば、これまでの三倍の特別成果給を本物の金貨で支給する。
会社に赤字をもたらす戦士のプライドと、確実に金貨が稼げて毎日美味い飯が食えるホワイトな農場経営。
どちらが合理的か、選ぶまでもないだろう?」
そこへ、黒鉄の砦から出張してきた物流部門長のゴルグが、満面の笑みで前に出た。
「おい南方の脳筋ども! ダイスケの言うことは本当だぞ!
真面目に働いて評価シートで満点を取ってみろ。
宿場町の温泉に入って、冷えたエールを腹一杯飲む生活は最高だぞ!」
ゴルグが懐から、じゃらじゃらと音を立てる本物の金貨の袋を見せつけると、南方部隊の戦士たちの目が、獣のようにギラリと輝いた。
彼らは本来、出し入れの分かりやすい、ただの脳筋なのだ。
「……お、おい、本当に金貨が三倍も貰えるのか?」
「戦うより、クワを握る方が遥かに儲かるんじゃねえか?」
「ドラゴン、お前もやるだろ? 肉がいっぱい食えるぞ」
ドラゴンは力強く翼を広げ、雄叫びを上げて賛同した。
勝負は決まった。
「よし、それじゃあ全員、今日から作業着に着替えて。
短期決戦の高級ハーブ栽培ライン、立ち上げようか」
◇
それから数ヶ月後のことだった。
人間界の巨大商業都市の市場は、かつてない激震に包まれていた。
「おい、聞いたか!?
魔王軍の『ドラゴンエクスプレス便』で届くハーブは、世界一新鮮だぞ!」
「さっきまで南方の畑にあった瑞々しい特級野菜が、わずか1時間で店頭に並ぶなんて、どんな大商会でも不可能だ!」
「値段は王国の最高級品の倍だが、人間界の貴族たちが狂ったように買い漁っていくぞ!
入荷した瞬間に完売だ!」
人間界の富裕層たちは、魔王軍が誇るドラゴンの圧倒的なスピードと保冷技術によってもたらされる、未知の「鮮度」に完全に胃袋を掴まれていた。
中間地点の宿場町のオフィスで、僕はバルトロと共に、南方セクターから届いた月次決算書をチェックしていた。
「ダイスケ殿……素晴らしい、言葉もないぞ!」
バルトロは、黒字の数字がずらりと並んだ帳簿を抱きしめ、狂喜乱舞していた。
「累積赤字の塊だった南方部隊が、今や外貨を最も稼ぎ出す、超巨大な黒字の『航空農業セクター』へ大進化を遂げてしまった!
現場の戦士どもも、毎日クワを持って活き活きと働いており、不満度は完全にゼロだ!」
「本社からの仕送りに頼るから甘えが出るんだよ、バルトロさん。
現場のポテンシャルをフル活用して、独立採算にさせる。
これこそが、コストカットの真髄さ」
僕は満足して万年筆のキャップをパチンと閉じ、手帳をポケットに収めて、不敵に笑ってみせた。
無駄なコストを全て利益へと変換し、魔王軍の経営状況は、これで名実ともに過去最高となった。
「さあ、社内の足元は完全に、かつ盤石に固まった。バルトロさん」
僕は窓の外、大街道のその先にある、人間界の経済圏を静かに見据えた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
続きが気になったら、ブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




