第23話 急成長の「黒鉄の砦」
組織を会社に例えるなら、この「黒鉄の砦」は地方の一支社に過ぎない。
魔王城にある本社から見れば、最前線にある辺境の防衛拠点だった。
予算ばかりを消費する、お荷物の中央組織。
それが、ほんの数ヶ月前までのこの砦の評価だった。
しかし現在、その一支社がとんでもない状態になっている。
月次決算の日の朝。
黒鉄の砦の第一執務室には、心地よいリズムが響いていた。
人間の文官たちが弾くそろばんの音。
テキパキと書類をめくり、帳簿を整理する音。
かつての殺伐とした砦の面影は、もうどこにもない。
財務部門の責任者となったハンスが、一冊の分厚い帳簿を持ってきた。
彼は誇らしげな笑みを浮かべ、僕とバルトロの前に差し出す。
「ダイスケ殿、バルトロ副長! 今月の月次報告書がまとまりました!
今期の黒鉄の砦部門、売上・利益ともに過去最高を更新です!
事故率は完全にゼロ。従業員の定着率は驚異の百パーセントを達成しました!」
ハンスが差し出した報告書には、美しい数字が並んでいた。
大街道を通じた民需品(包丁や農具)の流通ビジネス。
これが市場を独占し、文字通り爆発的な利益を叩き出していた。
人間界から買い叩いたスクラップ資源を、魔界でリサイクルして製品化する。
原価がほぼゼロの仕組みが、毎日のように莫大な現金を叩き出しているのだ。
ただの地方支社だった黒鉄の砦。
それが、いまや魔王軍で最も稼ぐ「最強のドル箱」へと変貌を遂げていた。
「し、信じられん……」
バルトロが帳簿の数字を凝視し、巨体を震わせた。
「あの貧乏だった最前線が、これほどの大金を動かすようになるとは。
前月比で利益がさらに三倍だと?
いまや魔王城の本社へ、最も重い上納金(配当)を納める部署ではないか。
ダイスケ殿、お前は本当に化け物だな」
「これくらい当然さ。仕組みが正しく回れば、数字は嘘をつかないからね」
僕は手帳を開き、魔王軍全体の組織図に目を落とした。
黒鉄の砦は完璧だ。ガバナンスも機能している。
しかし、グループ全体(魔王軍全体)を見渡すと、まだまだ課題が山積みだった。
「バルトロさん。黒鉄の砦は最高益だけど、他の部門の現状はどうなっているか把握しているかい?」
「いや……私はここの防衛が専門だったからな。本社の噂を聞く程度だ」
僕は魔王城から得た全社データをバルトロに見せた。
「まず、マオ社長(魔王)のいる魔王城の本社だ。」
「社長…?本社…?」
「うちからの莫大な配当金で、彼らの金庫は潤っている。
でも、中身はまだ古い『どんぶり勘定』のままだよ。
送られてきた決算書を見て呆れた。
無駄な高級ワインの領収書や、使途不明の『魔王城修繕費』が多すぎる。
地方の出張手当も二重取りされている。ガバナンスが甘いんだよ」
「うぐっ、確かに本社の役人どもは、昔から金遣いが荒いな……」
「次に、南方の前線部隊だ。
彼らは未だに『力こそ全て』と叫んで、人間界の別の小国と小競り合いを続けている。
結果はどうだと思う?
得られるリターンに対して、兵站や武器のコストばかりがかさんでいる。
前線手当という名のボーナスを戦士たちにバラ撒いているが、全く利益も出していない。
会社で言えば、絵に描いたような『赤字垂れ流し部門』だ。
早急に事業縮小か撤退をさせるべきだね。彼らの赤字を、うちの利益で補填している状態だ」
バルトロは冷汗を流しながら、コクコクと頷いた。
バルトロにも、この「稼げない部門が会社の金を食いつぶす」という構図の理不尽さが理解できたらしい。
「そして最後は、魔界鉱山と農業部門(サプライヤー部門)だ。
サイクロプスたちやゴードン先生の現場だね。
ここは、うちの優秀な文官たちが発注と納期をしっかり管理している。
だから業績は安定している。
でも、現場が忙しすぎてキャパシティが限界だ。
サイクロプスたちから『掘っても掘っても黒鉄の砦からの注文が終わらない』と悲鳴が上がっている。
ゴードン先生の農場も人手不足だ。
これ以上の増産には、設備の投資や人員の補強が必要になる」
黒鉄の砦という「一支社」だけが異常に突出し、他はガタガタだった。
このままでは、せっかくの利益が本社の無駄遣いと南方の赤字で相殺されてしまう。
「なるほど……。砦がどれだけ稼いでも、他が足を引っ張っては意味がないのだな。
ダイスケ殿、一体どうすればいい?」
「簡単だよ、バルトロさん。
この黒鉄の砦で大成功した『黒鉄モデル』を、全社展開するのさ」
「全社展開、だと?」
「そうさ。この砦で証明された『ホワイトな労務環境』と『正当な人事評価制度』。
これを魔王軍の全社システムとして、上から強制的に導入するんだ。
本社にはハンスたちの作った完璧な会計システムを叩き込む。
無駄な領収書は一切認めない。
南方の脳筋どもには、戦うより物流を手伝ったほうがボーナスが出る仕組みを流し込む。
暴れて赤字を出すだけの戦士は、減給処分だ」
「それは……凄まじい大改革だな。本社が黙っていないぞ」
「黙らせるさ。なんと言っても、今の魔王軍の財布を握っているのは僕たちだからね。
金を出す側の言うことを聞かない社長(マオ社長)はいないよ」
僕は手帳をポケットに収め、不敵に笑った。
「これからは、黒鉄の砦が魔王軍全体の『教科書』になる。
ハンス君や、現場リーダーのゴルグ君たちには、全社改革の担い手になってもらうよ。
地方の一支社が、中央の本社を飲み込んで、組織の主動権を握るんだ」
「素晴らしいな! ぜひやってくれ!
本社の鼻持ちならない役人どもに、うちのやり方を叩き込んでやろう!」
バルトロは興奮で顔を真っ赤にしていた。
地方の一支社から、魔王軍全体の経営権の掌握へ。
僕の手帳には、魔王軍を一つの巨大な「ホールディングス(企業グループ)」へと生まれ変わらせるロードマップが描かれていた。
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