第21話 魔王軍の評価制度改革
「即戦力の中途採用」は大成功を収めた。
ハンスをはじめとする優秀な文官たちが加わった。
魔王軍の事務処理能力は劇的に向上した。
しかし、組織が急激に大きくなると問題が起きる。
全く異なる種族が同じオフィスで働くのだ。
僕の予想通り、お決まりの「社内トラブル」が始まった。
黒鉄の砦に設置された広大な第一執務室。
そこでは今、激しい言い争いが繰り広げられていた。
書類を抱えた人間の文官。
牙を剥いたオークの戦士。
二人が激しく火花を散らしている。
「おい、そこのオーク君! 待ってくれ!」
人間の若手文官が声を荒らげる。
「荷物輸送の報告書だ。また数字の桁がズレている。
何度言ったら修正してくれるんだい?
君たちの仕事は雑すぎる。計算が全部狂ってしまうんだ!」
「あァ!? 細けえ数字のことなんか知るかよ!」
オークの隊長ゴルグが机を激しく叩いた。
「俺たちは大街道を爆速で往復したぞ!
予定通りの物資をきっちり届けただろうが!
汗もかかねえで部屋にこもっている人間どもめ!
紙切れをいじくってるだけで偉そうにするな!」
ゴルグの怒号に文官はヒッと身をすくませる。
だが、文官側も引く様子はない。
オフィスの陰ではお互いへの陰口が絶えなかった。
「あの魔族どもは野蛮だ。文字もまともに読めない」
「人間どもは戦えもしない。なのに給料だけは一丁前だ」
お互いの「正義」が噛み合わない。
オフィスには一触即発の冷え切った空気が流れていた。
力こそ全てという価値観で生きてきた魔族の戦士。
規律と正確な数字を重んじる人間の文官。
完全なカルチャーの衝突だった。
副長のバルトロが、困り果てた顔で僕を見ていた。
「ダイスケ殿……これは深刻だ。手が付けられん。
魔族の間では『戦功』や『腕力』こそが評価の基準だ。
だが人間の文官たちにそれを当てはめれば最悪になる。
彼らは力では魔族に絶対に勝てぬからな」
「そうだね。彼らに戦えというのは無理がある」
「かと言って、書類の綺麗さだけで評価してみろ。
今度は命がけで前線に立つ戦士たちが納得せん。
種族の価値観が違いすぎるのだ。どちらを立てればいい?」
「どちらかを立てる必要なんてないよ、バルトロさん」
僕は手帳をパチンと閉じた。
「異なる職種を同じ基準で測るからエラーが起きるんだ。
以前働いていた会社でもよくあったよ。
営業マンと総務部の社員。
この二人を同じ『売上高』で評価したらどうなる?
総務部は全員やる気をなくして会社を辞めてしまうよ」
「えいぎょう……そうむ……? よく分からんが大変なのだな」
「そうさ。だから評価のモノサシを変えるんだ。
戦う者、運ぶ者、計算する者。
それぞれの役割に応じた『正当な評価制度』を作る。
ルールを新しく変えよう。全軍へ通達だ」
◇
翌日、僕は全種族の代表を会議室に集めた。
新しい評価シートを全員の前に配布する。
そこには分かりやすい項目が並んでいた。
前の会社でもやっていた「目標管理(MBO)」の仕組みだ。
「皆さん、よく聞いてほしい。
これからの魔王軍は、ただの『強さ』では給与を決めない。
それぞれの部署に合わせた、独自の評価基準を導入する」
まずはゴルグをはじめとする魔族の現場部門だ。
僕は彼らの評価シートを指さした。
「ゴルグ君、君たち物流部門の指標は武力じゃない。
これからは三つの項目で評価する」
「武力じゃねえ……? 一体何を見るんだよ、ダイスケ」
「一つ目は『指定の時間通りに荷物を届けられたか』。
二つ目は『物資を壊さずに安全に運べたか』。
三つ目は『部下のゴブリンたちを適正に休ませたか』だ」
ゴルグは耳を疑ったような顔をした。
「どれだけ力が強くても関係ない。
事故を起こしたり、部下を潰したリーダーは評価を下げる。
逆に、安全に効率よくやり遂げた者にはボーナスを出す。
戦わなくても、だ。特別報酬をガツンと支給するよ」
「……おい、マジか? 敵を殺さなくてもいいのか?
安全に荷物を運ぶだけで、俺たちを認めてくれるのか?」
「その通り。それが君たちの立派な戦功だよ」
ゴルグの大きな目が輝いた。
次に、僕はハンスたち人間の文官部門を向いた。
「そしてハンス君、君たち事務部門の評価基準だ」
「はい。私たちはどう評価されるのでしょうか」
「君たちの評価は『どれだけ正確に帳簿を付けられたか』。
そして『現場が迷わない書類の仕組みを作れたか』だ。
現場に数字の文句を言うだけでは評価は上がらない。
彼らの仕事をサポートしてほしい。
それによって組織全体のコストをどれだけ削減できたか。
それが君たちの『戦功』になり、給与に直結する」
ハンスたちの顔に血色が戻った。
戦えない自分たちにも舞台が与えられた。
前線の戦士と同等に評価される仕組みだ。
「いいかい、組織とは一つの巨大な生き物だ。
前線で剣を振るう腕。
物資を運ぶ足。
数字を計算する頭脳。
どれ一つとして欠けては成り立たない。
だからこそ、自分の役割で組織に最も貢献した者。
その人間が、種族に関係なく正当に報われるべきなんだ」
僕は手帳を高く掲げてそう宣言した。
会議室を埋め尽くしていた人間と魔族。
彼らの間に、静かな納得の嵐が広がっていった。
不満の混じったざわめきは、一切なかった。
◇
制度の導入から一ヶ月が経った。
第一執務室の空気は劇的に変わっていた。
オークの戦士が書類を持ってきた。
頭を掻きながら、人間の文官の席へと歩み寄る。
「おい、ハンス。ちょっといいか」
「あ、ゴルグさん。どうしました?」
「今月の運行報告書を持ってきた。確認してくれ。
お前が作ってくれた『〇をつけるだけの簡単シート』。
あれのおかげで、今回はミスなしで書けたはずだぜ」
ハンスは笑顔で書類を受け取った。
「拝見します。──うん、完璧です! 素晴らしい!
これなら僕たちのコスト管理も大助かりだよ。ありがとう!」
「へへ、おうよ! 褒められると悪い気はしねえな!
今夜の定期便が終わったら、宿場町の温泉に行こう。
最高級エールをおごらせてくれよ、ハンス!」
「いいですね。喜んでお供します!」
かつて罵り合っていた異種族。
彼らが今、お互いの役割を認め合っている。
共通の目標に向かって完璧なシナジーを生み出している。
手帳の《鑑定》でオフィスの様子を見渡す。
全従業員の【不満度】はほぼゼロだった。
組織への【貢献意欲】。
その数値は天井知らずで跳ね上がっていた。
「ダイスケ殿……見事だ。言葉もない」
バルトロは、笑顔のオークと人間を見つめていた。
その厳つい声が、深く震えている。
「お前はただの給与の仕組みを作ったのではない。
武力と頭脳。魔族と人間。
絶対に相容れぬはずだった二つの力。
それを一つの『企業』として統合したのだな」
「ルールを一つ変えるだけで、組織はここまで強くなる。
『誰が偉いか』ではないんだ、バルトロさん。
どう貢献するか。これだけさ」
僕は満足して手帳をポケットに収めた。
ふっと冷徹に笑ってみせる。
内側のガバナンス(組織統治)は完璧に整った。
人間と魔族の混成チーム。
だが、一ミリのブレもなく爆速で駆動する。
大陸最強のビジネス集団がここに完成した。
さあ、社内の足元は完全に固まった。
僕は、悪徳大商会が崩壊した都市の地図を開いた。
経済の空白地帯となったあの巨大商業都市。
盤石となった最強の組織を率いる。
いよいよ人間界の経済を本格的に支配する時だ。
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