第2話 ゴブリンにシフト制を導入してみた
黒鉄の砦。魔王軍の最前線基地であるそこは、お世辞にも健全な職場環境とは言えなかった。
「おいゴミ屑ども! 人間の斥候が近くまで来てるんだよ! 眠いとか言ってんじゃねえ、死ぬまで森を見張ってろ!」
鼓膜を震わせたのは、怒号と、硬い鞭がしなる音。
見れば、巨体を揺らすオークの隊長が、泥だらけで倒れ込むゴブリンを容赦なく蹴り飛ばしているところだった。
周囲にいるゴブリンたちも、一様に肩を落とし、その目に生気はない。
僕はすかさず、倒れたゴブリンへ《鑑定》の視線を向けた。
【種族】ゴブリン
【不満度】99%(過労、睡眠不足、上司からの暴力)
【忠誠心】2%(隙があれば逃げ出したい)
【適性】夜間隠密・高速情報伝達(適性値 A)
(……おいおい。適性Aの超優秀な斥候候補を、不眠不休で働かせてるのか? 自殺志願者かこの組織は)
呆れ果てて息を吐く。前世で倒産寸前のブラック企業に乗り込んだ時と、全く同じ既視感だ。
「そこまでだ、オーク隊長」
僕が声をかけながら間に入ると、オークは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「あぁん? なんだこの貧弱な人間は。バルトロ副長、まさか連行してきた非常食ですか?」
「口を慎め。魔王様直属の『組織改革顧問』、ダイスケ殿だ」
バルトロが凄むと、オークは「チッ」と舌打ちをして引き下がった。
だが、その目は明らかに僕を舐めている。
「顧問だか知らねえが、こいつら小鬼どもがサボるから人間の侵入を許すんだ。躾が必要なんですよ」
「オーク隊長。彼らが最後に寝たのはいつだ?」
「あ? そんなもん知るか! 魔族なら四六時中働いて当然だろ!」
僕は手帳を開き、ペンを走らせながら冷徹に言った。
「なるほど。睡眠不足で集中力が切れた部下に『なぜミスした』と怒鳴る、典型的な無能上司か」
「なんだとぉ!?」
「バルトロさん、この砦のゴブリンは何匹います?」
「……およそ六十匹だ」
「よし、全員集めてください。今から彼らの『シフト』を組み直します。
あと、オーク隊長。あなた今日からゴブリンへの現場指示、禁止ね」
「はあぁ!? ふざけるな人間ッ!」
「ふざけていない。これは『業務効率化』だ。
これ以上、現場の生産性を落とされては困る」
僕は激怒するオークを無視し、集められたボロボロのゴブリンたちの前に立った。
怯える彼らの前に、バルトロに用意させた「まともな食事(山盛りの干し肉と温かいスープ)」をドンと置く。
「ピ、ピギャ……?」
「いいから食え。食ったら寝ろ。いいかお前たち、今から二十匹ずつの『三交代制』にする。
8時間働いたら、残りの16時間は睡眠と自由時間だ。
夜目が利く奴は夜勤、昼動ける奴は日勤にする」
ゴブリンたちは顔を見合わせ、信じられないといった様子で、やがて貪るように飯を食い始めた。そして、泥のように眠りにつく。
「ダイスケ殿」
バルトロが不安そうに声をかけてきた。
「監視の人数を三分の一に減らして大丈夫なのか……? 人間の奇襲を受けたら……」
「バルトロさん。疲れ切って意識が朦朧とした六十人の目より、万全の体調で集中している二十人の目のほうが、遥かにモノを見落とさないんですよ。それが組織の引き算です」
それから、三日後の夜。
闇に紛れ、人間の精鋭斥候部隊が音もなく砦へと近づいていた。
「いつものザルな魔王軍だ、一気に懐へ潜り込むぞ」と、人間側は高を括っていた。
だが、その瞬間。
暗闇の中から、完全に体力を回復し、目がギラギラに輝いたゴブリンの斥候部隊が、音もなく出現した。
夜間隠密適性A。本来のポテンシャルを100%発揮した彼らは、人間の精鋭部隊の不意を完璧に突き、一網打尽に捕縛してしまった。
「だ、ダイスケ殿!」
深夜、バルトロが信じられないといった表情で僕の部屋へ飛び込んできた。
「人間の斥候を、一人残らず捕らえた! それどころか……ゴブリンたちの、その、ステータスが!」
僕はバルトロの肩越しに、外で整列しているゴブリンたちを《鑑定》した。
【不満度】0%
【忠誠心】95%(このボスのためなら死ねる。有給も欲しい)
「ピギャ!」「ピギィ!」
ゴブリンたちは、僕を見るなり、敬礼のようなポーズをとって目を輝かせている。
「よし、まずはワンチームになれたな」
僕は満足して手帳を閉じ、ふっと笑った。
「さて、足元が固まったところで……次は、あのパンクしてる倉庫(物流)をどうにかしようか」
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