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僕は戦闘力ゼロなので人間界でクビになり魔王軍にヘッドハンティングされました  作者: コバチ


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第14話 見えない乗っ取り

王国直轄の特大案件――主要街道の警備と物資輸送の任務は、期日通り完璧に遂行された。


しかし、王都の一等地にある総石造りの冒険者ギルド本部には、歓喜の影すらなかった。


豪華な執務室の机の上。


ギルド長は、王国から支払われた公式の報酬袋をひっくり返し、ガタガタと震えていた。


金貨の山。だが、それはあまりにも低く、寂しい山だった。


「ば、馬鹿な……。国からの大仕事を、あの規模の任務をやり遂げたのだぞ……!?」


ギルド長は髪をかきむしり、血眼になって帳簿を弾く。


総報酬の「九割」は、下請けである『黒鉄のギルド』へと自動的に回収された。


彼の手元に残ったのは、規約通りのわずか「一割」。


「これだけか!? これっぽっちの金貨で、どうやって今月の固定費を払えばいいんだ!」


王都の本部は巨大だ。


毎日の清掃、警備の維持、通信用の大型魔導具を維持するための魔力補給。


それらの維持費は、平時のままで容赦なく発生する。


現場を動かすリソースを失い、売上の九割を中抜きされた組織に、その莫大な維持費を支払う体力など、残っているはずがなかった。


ギルドの金庫は、名実ともに完全に底をついた。


「ああ、次の家賃の期限が明日だというのに……。金が、金が一銅貨もない……!」



「売上より維持費の方が高いなら、待っているのは計画倒産の典型例ですよ、元ギルド長」


しんと静まり返った執務室に、聞き覚えのある穏やかな声が響いた。


ギルド長がハッとして顔を上げると、そこにはお気に入りの上質なコートを羽織った僕が立っていた。


背後には、禍々しい鎧を纏ったバルトロ、核心部門たる警備部門長となった元上位冒険者のリーダーが控えている。


「ダ、ダイスケ……! なぜ貴様がここに!」


「契約内容の確認に来たんですよ」


僕は一枚の書類をギルド長のデスクへと滑らせた。


二ヶ月前、彼が涙を流しながら血判を押した、あの「業務委託契約書」だ。


「よく読んでください。

裏面の第百二十八条、特約条項です。

『下請け費用の支払いが滞った場合、またはギルドの自活能力が喪失したと判断された場合、元請けはすべての資産を担保として下請け企業へ譲渡する』」


「な……担保、だと……!? そんな条項……っ!」


「そう。未払いの業務委託費、および債務不履行のペナルティとして、この総石造りのギルド本部庁舎の所有権、ならびに王国公認の『ギルド運営ライセンス』を、合法的にすべて差し押さえます」


ギルド長は椅子から転げ落ち、床を這いながら僕を見上げた。


「ま、待て! 私は侯爵だぞ! 貴族だ!

こんな不当な契約が、王国の法律で認められるはずが―」


「法律に則っているから、公式な企業間契約なんです」


僕は万年筆をポケットに収め、冷徹に言い放った。


「現場の労働者を蔑ろにし、見栄えの良い箱の維持だけに固執した経営者の、当然の末路です。

あなた、今日で解任です。今すぐ荷物をまとめて出ていってください」


背後に控えていた元リーダーが大剣の柄に手をかける。


その圧倒的な威圧感に、ギルド長は悲鳴を上げ、一枚の金貨すら持つことを許されぬまま、着の身着のまま執務室から転がり出るように逃げ出していった。


かつて、冷たい雨の降る王都の路地裏に、僕を無一文で放り出した男が、全く同じ姿で王都の街へと追い出された瞬間だった。



ギルド長を追放した翌朝。

王宮には、一枚の公式な「組織再生報告書」が提出されていた。


内容は極めてシンプルだ。

『前ギルド長の放漫経営による破産に伴い、王国最強の英雄である元上位冒険者のリーダーが新ギルド長に就任。

民間資本を導入し、組織の再生を達成した』


王国の役人たちは、あの信頼のおける元エースがトップに就いたと知り、「おお、あの無能な侯爵が辞めて、英雄が引き継いでくれたか! それなら安心だ!」と、大喜びで即座に新体制を承認した。


「みんな、お待たせ。それぞれのデスクに戻って」


僕が声をかけると、庁舎の重厚な扉が開いた。


入ってきたのは、ピカピカの新しい制服に身を包んだ、元受付嬢や男性職員たちだった。


彼らは見慣れたカウンターや会計室に戻り、やる気に満ち溢れた顔で書類を並べ始める。


「あ! 受付のお姉さんたちが戻ってきたぞ!」


「ギルドが元通りになったんだ!」


庁舎の外で待っていた一般の低ランク冒険者や王都市民たちは、ギルドの機能が完全に復活したのを見て、大歓声を上げて喜びを爆発させた。


彼らは誰も気づいていない。


新ギルド長も、戻ってきた職員たちも、その全員がすでに『魔王軍』の給与体系で動いている正社員だということに。



その日の夕暮れ時。


新しく買い取った旧本部の執務室で、バルトロは窓の外の活気あふれる王都の街並みを眺めながら、深いため息をついた。


「ダイスケ殿……。本当に、何から何まで元通りのままだな」


「おや、不満かい? バルトロさん」


「まさか! 震撼しているのだ!

看板も、建物の名前も、職員の顔ぶれも人間のままだ。

人間界の誰も、この組織が完全に魔王軍の支配下に入ったとは夢にも思うまいて」


バルトロは、デスクの上に綺麗に整頓された王国の公式受託書類を見つめた。


「形式上の独立性を保たせておいているからこそ、王国の上層部はこれからも、何の疑いもなくこのギルドへ国家案件を発注し続ける。

中身は完全に我が軍の組織だというのにな」


「そう。これがステルス買収さ。

看板をわざわざ魔王軍に掛け替えるのは、リスク管理のできない三流のやることだよ。

形さえ残しておけば、人間界のインフラも、資金も、公式な案件も、僕たちはここで汗水垂らさずに永久に吸い上げ続けることができる。

これ以上の優良アセットはないよ」


窓の外では、新ギルドの窓口で人間の職員たちが、活気に満ちた顔で笑顔で働いている。


戦闘力ゼロのおっさんが、組織の働き方を変え、労働市場を支配し、ついには人間界の象徴であった冒険者ギルドを完全に『子会社化』して見せたのだ。


その時、バルトロの胸元で、これまで聞いたこともないような禍々しい重低音の警報音が鳴り響いた。


最高幹部だけに支給される、魔王城直轄の『最上級緊急通信魔導具』だった。


「な、何事だ……!? はっ! ははっ、ただいま!」


バルトロは血相を変えて直立不動になり、通信の向こうの声に耳を傾けた。


やがて通信が切れると、彼はかつてないほどに緊張した顔で、ガタガタと巨体を震わせながら僕を振り返った。


「だ、ダイスケ殿……大変なことになった……!」


「おや、バルトロさん。どうしたんだい? そんなに慌てて」


「魔王様だ……!

魔王様直々に『王都のギルドを戦わずして完全子会社化した、噂の人間を連れて、今すぐ魔王城の玉座の間へ出頭せよ』と、直々の御指名が入った……!」


ついに動き出した、魔王軍のトップ。


僕は満足して手帳をパチンとポケットに収め、不敵に笑ってみせた。


「ちょうどよかった。これまでの実績を引っ提げて、最高経営責任者への『決算報告書』を出しにいこうか」



最後まで読んでいただきありがとうございます!

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