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僕は戦闘力ゼロなので人間界でクビになり魔王軍にヘッドハンティングされました  作者: コバチ


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第13話 リソースなき大口案件の末路

大規模な炊き出しイベントから、二ヶ月の月日が流れた。


王都の冒険者ギルド本部は、しんと静まり返っていた。


主要な稼ぎ頭だった上位冒険者が全員消えたため、ギルドの手数料収入は完全にゼロ。


当然、組織のキャッシュフローは完全にショートしていた。


「おい! なぜこれだけの書類がまだ残っている! 早く処理しろ!」


誰もいないギルドの執務室に、ギルド長の怒号が響き渡る。


デスクの前に立つ若手の受付嬢と男性職員は、青ざめた顔で書類を抱きしめていた。


「ギ、ギルド長……。もう二ヶ月も、私たちの給料が支払われていません……」


「みんな貯金を取り崩して、生活が限界なんです……」


「うるさい! 黙れ!」


ギルド長はデスクを激しく叩いた。


「貴族であるこの私に仕え、働くチャンスがあるだけで光栄に思え!

平民の分際で、金、金と浅ましい! 文句を言わずに義務を果たせ!」


「そんな……」


「……失礼します」


二人の職員は、絶望の表情で頭を下げ、執務室を退出した。


廊下に出た瞬間、男性スタッフがぽつりと言った。


「もう限界だ。こんな仕事、やってられるか」


「ええ。あんな無能なトップのせいで飢え死にするなんて真っ平よ。

──あのお誘い、受けましょう」


二人は懐から、一枚の紙切れを取り出した。

そこには、闇商人ガラムを通じて密かに配られていた、魔王軍からの「求人票」が記されていた。



その翌日。


追い詰められたギルド長は、自身の持つ宮廷のコネをフルに使い、王国の上層部から一つの仕事を強引にもぎ取ってきた。


「ハハハ! 見ろ! 国家直轄の特大案件だ!」


ギルド長は、金色の刺繍が施された公式の契約書を掲げ、誇らしげに執務室を出た。


「主要街道の関所警備、および国境物資輸送の完全護衛任務だ!

これさえ完遂すれば、莫大な国家予算が我がギルドに振り込まれる!

給料など一発で払ってやるわ!」


大声で廊下を歩くギルド長。


だが、いくら歩いても、職員たちの返事が聞こえない。


受付カウンターにも、会計室にも、資料室にも、人の気配が全くなかった。


「……おい? 受付嬢? どこへ行った!」


しんと静まり返ったオフィス。


デスクの上には、全員分の「退職届」が整然と並べられていた。


職員全員による、一斉の職場放棄だった。


「な、何だと……!? 誰もいない……!?」


ギルド長は、ガタガタと震えながら手元の国家契約書を見つめた。


「ば、馬鹿な……! 書類を処理する事務員がいないだけでなく、現場で動く冒険者が一人もいないではないか!

これでは任務が始められん!」


王国の法律は厳格だ。国家契約の納期遅れは、即座に「国家反逆罪」と同等の扱いとなる。


不履行になれば、ギルド長の爵位は剥奪、最悪の場合は処刑だ。


「あああ……どうすればいい……! 誰か、誰かいないのか!」



同じ頃、国境付近の中立地帯。

かつて炊き出しを行った広場には、ピカピカの新しい石造りの建物が完成していた。


看板には『黒鉄のギルド』と刻まれている。


そのオフィスの中央で、僕は使い慣れた万年筆を走らせ、組織図をチェックしていた。


「ダイスケ殿」


バルトロが、感心したような、どこか呆れたような顔で近づいてきた。


「本当に、王都のギルド職員たちが全員、まとまってこちらへ転職してきたな。

全員、やる気に満ち溢れているぞ」


「当然さ、バルトロさん。あっちの職場環境は最悪だったからね。

こっちは『給与三倍、定時退社、即金支給』のホワイト条件だ。

優秀な事務職が喜んで来てくれるのは、経営として当たり前の結果だよ」


「ピギャ!」


「ピギィ!」


制服を着たゴブリンたちが、元人間の受付嬢たちから丁寧に書類のファイリング方法を教わっている。


人間と魔族の高度な業務引き継ぎが、極めてスムーズに行われていた。


「現場の冒険者だけでなく、書類を回す事務職まで引き抜くとは……。

これで王都のギルドは完全に機能停止だな」


「そう。現場がいない組織は動かないけど、事務員がいない組織は、そもそも存在を維持できないんだ。

あそこはもう、ただの『空っぽの箱』だよ」


バン! と新オフィスのドアが激しく開いた。


息を乱し、高級な服を泥で汚したおっさんが飛び込んでくる。王都ギルド長だった。


「お、お前たち! よくも私を裏切ってこんなところに!」


ギルド長は、受付に座っている元部下の職員たちを見つけて指を差した。


だが、受付嬢はビジネスライクな笑顔で対応する。


「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか?」


「お、おのれ平民風情が!

ギルド長である私に向かってその態度は何だ!

おい、そこにいる元上位冒険者ども!」


ギルド長は、ロビーのソファで警備の打ち合わせをしていた元エース冒険者たちを怒鳴りつけた。


「お前たちに命令だ!

今すぐ私の元へ戻り、王国から受注した街道警備と物資輸送の任務をこなせ!

従わなければ全員死罪だぞ!」


だが、冒険者たちのリーダーは、冷めた目でギルド長を一瞥しただけだった。


「あんたに命令される筋合いはねえよ。

俺たちはもう、ここの正社員だ。

あんたの命令を聞く義務はない」


「な、何だと……!? 反逆者どもが!」


パニックで狂いそうになっているギルド長の前に、僕はゆっくりと歩み出た。


「お困りのようだね」


「ダ、ダイスケ……! 貴様か! 貴様が私の部下をすべてたぶらかしたのか!」


「人聞きが悪いな。

僕は正当な市場競争に基づいて、優秀な人材を中途採用しただけだよ。

それより、その手に持っている王国の契約書……納期がかなり迫っているんじゃないかい?」


「うっ……!」


ギルド長が言葉を詰まらせる。

僕は万年筆の先でその契約書をトントンと叩いた。


「書類の処理もできず、現場を動かす人間もいない。

このままだと、国家契約不履行で君の命はないね」


「貴様……それを知っていて……!」


「助けてあげましょうか?」


僕は不敵に微笑み、一冊の新しい契約書をデスクの上に滑らせた。


「我が『黒鉄のギルド』が、その王国の仕事を丸ごと『業務委託』として引き受けてあげますよ。

うちには王国最強の冒険者も、優秀な事務員も揃っています。

納期通り、完璧にこなしてみせましょう」


「ほ、本当か……!? 助けてくれるのか!」


ギルド長の目が、地獄で蜘蛛の糸を見つけたかのように輝いた。


だが、ビジネスの世界は甘くない。


「ただし、公式な企業間契約です。

我が社が現場を全て動かす以上、その依頼で王国から支払われる報酬の九割を、下請け費用として我が社に支払うと約束してください」


「く、九割だと!? 舐めるな! それでは私の手元にほとんど残らないではないか!」


「嫌なら断ってくれて構いませんよ。

国から処刑されるか、利益の九割を吐き出すか、好きな方を選んでください」


僕はペンを差し出した。


ギルド長は、怒りと屈辱で顔を真っ赤にし、唇を血が出るほど噛み締めた。


拒否すれば、待っているのは確実な死だ。


「……くそ、くそおおお!」


ギルド長は涙を流しながら、奴隷のような下請け契約書に、震える手でサインを書き込んだ。


「毎度あり。迅速に業務を遂行させていただきます」


僕は契約書を回収し、パチンと手帳を閉じた。



ギルド長が魂の抜けたような顔で去っていった後。


オフィスを見渡しながら、バルトロが大きなため息をついた。


「ダイスケ殿……またしても俺は震撼しているぞ」


「おや、どうしてだい?」


「形の上では、国の仕事は旧ギルドが受注したことになっている。

つまり、王国側からは何の不審も抱かれん。

信用の壁を完璧にクリアしている」


バルトロは、僕が持っている契約書を見つめた。


「なのに、実際の現場を動かすのは我が軍の新ギルドであり、利益の九割はノーリスクで我が軍の金庫へ転がり込んでくる…。

旧ギルド長は、ただの書類上の『元請け』というだけの存在になったな」


「そう。彼は自分の高い身分を使って、僕たちのために国から大口案件を取ってきてくれた、最高の外部営業マンさ。

汗水垂らして働くのは僕たちだけど、一番美味しい現金を吸い上げるのも僕たちだからね」


僕は窓を開け、新ギルドの前に並ぶ、活気に満ちた人間と魔族の姿を眺めた。


「優秀な社員も、事務職も、そして国の予算も手に入った。

これで、王都のギルドは完全に空っぽだ。

さあ、バルトロさん。中身のなくなったあの『動かない箱』に、最後のトドメを刺しにいこうか」



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