はじめての鍛冶
素材の鑑定を終えた俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。目の前にある鉄の性質は、もう理解している。硬さ。粘り。不純物。内部の状態。熱を加えたときにどう変化するのか。どんな武器に向いているのか。鍛冶眼を使えば、素材について知りたいことは驚くほど細かく分かった。
「……これなら、鍛冶ができるんじゃないか?」
そう思った。素材のことが分かる。だったら、あとは加工するだけだ。前世で見たアニメやゲームでも、鍛冶師が鉄を武器へと加工する場面は何度も見たことがある。確か、最初にするのは鉄を熱することだった。炉に火を入れて、鉄を中へ入れる。赤く熱せられた鉄を取り出し、作業台の上に置く。そして、鉄鎚で叩く。何度も叩いて形を整え、鉄が冷めてきたら、また炉で熱する。俺が知っている鍛冶とは、それだけだ。もちろん、それが本当に正しいのかは分からない。でも、今の俺には、それ以外に頼れる知識がない。
「よし……やってみるか」
俺は炉の前に立った。まずは燃料を確認する。掃除をしたときに炉の中も見ていたので、使える状態なのは分かっている。炉に燃料を入れ、火をつける。しばらくすると、炎が少しずつ大きくなっていった。
「……これでいいんだよな?」
俺は炎を眺めながら、前世で見た鍛冶の映像を思い出す。まずは鉄を熱する。俺は鉄を炉の中へ入れた。炎に包まれた鉄をじっと見つめる。しばらくすると、鉄の色が少しずつ変わっていった。
「……赤くなってきた。このくらいなら……叩けるのか」
俺は火箸のような道具で鉄を取り出した。赤く熱せられた鉄を、作業台の上へ置く。そして、壁際に置かれていたを鉄鎚を手に取った。
「……重いな」
七歳の俺にとっては当然だった。身体を鍛え始めたばかりなのだから、大人の鍛冶師が使う道具を簡単に扱えるわけがない。それでも、両手でしっかりと握る。前世で見た鍛冶師の姿を思い出す。熱した鉄を作業台に置く。鉄鎚を振り上げる。
そして――。
「……こうだよな」
ガンッ!
「……」
鉄が少しだけ変形した。
「おお……」
思わず声が漏れた。ちゃんと形が変わった。そして、もう一度鉄鎚を振り上げた。
ガンッ!
「……あれ?」
今度は狙った場所から大きく外れた。鉄の端を叩いてしまい、思っていた方向とは違う場所が潰れている。
「もう一回……」
ガンッ!
今度は鉄ではなく、作業台を強く叩いてしまった。
「痛っ!」
手にまで強い衝撃が返ってくる。
「……難しいな、これ」
頭の中では、鍛冶をしている光景が浮かんでいる。熱した鉄を金床に置いて、鉄鎚で叩く。何度も叩いて形を整えていく。やること自体は分かっている。なのに、実際に自分でやってみると、全く思い通りにならない。そもそも鉄鎚が重い。狙った場所に振り下ろすだけでも一苦労だ。
「……これ、七歳の俺には早すぎるのか?」
そう思った。それでも、ここまで来て諦めるつもりはなかった。
「もう一回」
俺は鉄鎚を握り直した。今度は力任せに振るのではなく、鉄の状態を確認しながら、狙った場所へゆっくりと振り下ろす。
ガンッ!
「……違う」
また失敗した。なら、持ち方を変えてみる。今度は振り下ろす角度を変える。それでも駄目だった。
「じゃあ、これは……」
何度も試した。鉄鎚の握り方を変える。立つ位置を変える。叩く場所を変える。力の入れ方も変えてみる。けれど……。
「……全然うまくいかない」
素材のことは分かる。それなのに、鉄を思い通りの形にすることができない。
「鍛冶を舐めていた……」
俺は転生もののアニメや小説の主人公のようには、上手くはいかないと実感した。俺は無意識のうちに、前世の知識で鍛冶は上手くいくだろうと思っていたのであろう。けれども、どう叩けば、思い通りの形になるのか、前世の知識だけではどうすることもできない。つまり、経験が必要なのだ。
「……まあ、初日だしな」
俺は前向きにそう呟いた。
「……今日はこの辺で帰るか」
俺は使った道具を片付け、炉の火を消した。そして工房の外へ出る。扉を閉めると、俺は何気なく周囲を見回した。工房の周りは、手入れされていない庭が広がっている。木々は好き勝手に枝を伸ばし、草も腰の高さ近くまで生い茂っていた。もう庭というより、ほとんど荒れ地に近い。
「……すごいな、ここ」
そんなことを呟きながら、俺は工房の周りを眺めていた。そのときだった。
「……ん?」
何となく、視線が止まった。少し離れた場所にある草むらだ。何がおかしいのかは分からない。けれど、そこだけ妙な違和感がある。
「……なんだ、あれ?」
俺は気になって、草むらへ近づいていった。伸び放題になった草を手でかき分ける。すると、草の下から古びた鉄板のようなものが見えた。
「鉄板……?」
さらに周囲の草を取り除いていく。筒板はかなり錆びていて、ところどころ腐食している。長い間、雨風にさらされていたようだった。
「こんなところに、何で鉄板が……?」
俺は鉄板についてある取手を力を入れて持ち上げる。
ギ……。
錆びた金属が擦れる音がした。
「……重いな」
それでも両手で力を込める。
ギギ……。
やがて鉄板が持ち上がり、その下にぽっかりと穴が現れた。
「……え?」
俺は思わず身を乗り出した。暗くてよく見えない。けれど、目を凝らすと、その穴の奥には下へと続く階段がある。
「地下……?」
こんな場所に地下室があったのか。俺はしばらく階段を見つめていた。興味はある。けれど、この暗さでは何も見えない。
「……さすがに、このままじゃ無理か」
俺は一度立ち上がった。地下室を見てみたい気持ちはある。だが、暗闇の中を手探りで進むのは危険だ。
「明かりを持ってこよう」
俺は工房へ戻った。中を見回すと、壁際に置いてある油ランプが目に入った。掃除をしたときにも見つけていたものだ。手に取ってみる。古びてはいるが、壊れてはいない。
「これなら使えるか」
油の残りを確認する。幸い、まだ少し残っていた。俺はランプに火を灯した。小さな炎が揺れ、暗かった工房の中を淡く照らす。
「よし」
油ランプを手に、もう一度地下への入口へ向かった。階段を一段ずつ下りていく。ランプの明かりが、目の前の階段だけをぼんやりと照らしている。一段。また一段。地下へ進むほど、地上とは違う冷たい空気を感じる。長い間、誰にも使われていなかった。そんな空気だった。やがて階段を下りきる。
「……」
俺はランプを持ったまま、机へ近づいた。机の上には、何冊かの古びた記録帳が置かれていた。さらに、その隣には束ねられた大量の紙が積まれている。
「……なんだ、これ?」
俺はランプを机の上に置いた。揺れる炎が、薄暗い部屋を少しずつ照らしていく。紙には、何かが細かく書き込まれていた。




