高い壁
転生するなら、魔王を倒す勇者。詠唱無しで究極魔法をぶっぱなす大魔法使い。空間さえ両断する剣聖。あなたなら誰に転生したい?俺なら、どれでもない。俺の答えは、魔王を切り裂く剣。究極魔法を跳ね返す盾。剣聖の一撃でさえ、傷一つつけることのできない鎧。そんな伝説級の武具を作るドワーフに転生したかったのだ。
劇をするなら役者ではなく大道具。出店を出すなら買い出し係。体育祭では設営の準備係。クラスの委員を決めるなら飼育係。俺は表に出る性格ではない。裏方作業が性に合っているのだ。転生しても、裏方で活躍したいという謙虚な気持ちが変わることはない。
俺がドワーフに転生したのは、そんな俺の性格が反映したのかもしれない。だからこそ、すぐにでも武具を作りたかった。だが、それは不可能だった。ドヴァルディア王国では、鍛冶師になるための道が厳格に定められている。十五歳の選定試験に合格し、初めて鍛冶師ギルドに登録される。そして見習い鍛冶師となって、ようやく工房へ入ることが許されるのだ。しかも、工房に入ったからといって、すぐに鉄鎚を握れるわけではない。
最初の五年間は雑用だ。
その間に正規鍛冶師たちの仕事を目で見て、技術を盗む。すぐに技術を教えないのには、きちんとした理由がある。自分で考える力を養うためだ。目で見て、頭で考える。それを五年間繰り返すことで、素材を見た時に完成形を想像する力、すなわち鍛冶師に必要なイメージ力を身につける。俺は、この考え方そのものを否定するつもりはなかった。むしろ、理にかなっていると思う。
でも……。
肉体を作るために八年。そして、イメージ力を身につけるために五年。鉄鎚ーを握るまでに、一三年もかかる。長すぎる。前世の記憶が蘇ってから、すでに一年が経過している。これからさらに一三年間も我慢しろと言われても、俺には無理だった。俺は、すぐにでも鉄鎚を握りたかった。アニメ、小説、ゲームで得た知識を、この世界で試してみたかった。前世の記憶が蘇ったことで、俺は少しわがままになってしまったのかもしれない。もし前世の記憶がなければ、俺も他のドワーフと同じ道を歩んでいただろう。でも、今の俺には前世の知識がある。やりたいことがある。そして、それを試したくて仕方がなかった。
七歳になると、俺たちは学校へ通う。ただし、それは鍛冶師の学校ではない。計算、読み書き、歴史などの教養を学ぶための一般的な学校だ。学校では、鍛冶について一切教えられない。ドワーフは見習い鍛冶師になるまで、鍛冶を学ぶ機会を与えられないのだ。
そして、ドヴァルディア王国では、鍛冶を行うことが正式に認められた工房が四つしか存在しない。王都ドヴァルグランに一つ。そして、王都以外の三つの都市に、それぞれ一つずつ。それだけだ。小さな個人工房もない。中規模の工房もない。街の片隅で、一人の職人が細々と鍛冶をしている……なんてこともない。ドヴァルディア王国に存在する鍛冶工房は、四つの大工房だけなのだ。
しかも、その四つの工房は規模が違う。複数の王級鍛冶師を頂点として、その下に数え切れないほどの鍛冶師が所属している。武器、防具、工具、農具など。それぞれの大工房が扱う製品は多岐にわたり、一つの工房だけで複数の大企業の集合体のような規模を持っている。
中でも最大なのが、王都ドヴァルグランにある大工房だ。その敷地は、王都のほぼ半分を占めている。巨大な壁に囲まれた敷地。内部には鍛冶場だけではなく、原材料を保管する倉庫、製品を保管する倉庫、加工施設、研究施設、職人たちが働く建物、休憩所、食堂、管理棟まで存在する。大量の鉱石が運び込まれ、大量の武具や製品が作られ、そして世界各地へ送り出されていく。もはや工房というより、一つの都市だった。残る三つの大工房も同じだ。王都の工房ほどではない。それでも俺の住む町、グランヴェルにある大工房は、四つの中では最も小さいと言われているにもかかわらず、比較にならないほど巨大だ。周囲は高い壁に覆われている。壁の上には見張り台があり、工房の敷地を常に監視している。出入り口は五つ。三つは鉱石や木炭、その他の材料や出来上がった製品を運ぶための搬送用門。残り二つは従業員専用の門だ。当然だが、どの門にも警備員がいる。搬送用の門では、荷物だけでなく、荷車や馬車まで細かく確認される。従業員用の門では、身分証の確認が行われる。勝手に入ることなど、絶対に許されない。
しかも、工房には鍛冶師ギルドの規則がある。鍛冶師は工房の外で鍛冶技術について話してはいけない。技術を外へ持ち出すことも許されない。そして、正式な鍛冶師以外に鍛冶の技術を教えることも禁止されている。これは、ドヴァルディア王国の鍛冶技術を守るための絶対的な掟だった。
だから、誰かに鍛冶を教えてもらうこともできない。俺は途方に暮れた。でも、諦めることはできなかった。七歳の俺にできることは何か。何度も考えた。そして、一つの結論にたどり着いた。大工房に入れないのなら……忍び込めばいい。
もちろん、正気の考えではない。見つかれば、鍛冶師になる道を閉ざされる可能性がある。それでも、俺は自分の欲求を抑えることができなかった。俺は何度も大工房へ足を運んだ。正面から近づいて、門を観察する。搬送用の門は、常に人と荷車が出入りしている。だからといって、その混雑に紛れ込むのは無理だった。荷物だけでなく、作業員の人数まで確認している。一人でも数が合わなければ、すぐに呼び止められる。
従業員用の門は、さらに厳しかった。門番の前を通る者は全員が身分証を提示する。俺が近づくだけで、門番の視線がこちらへ向く。子供だからといって、警戒を緩める様子は一切ない。当然だ。ここは世界最高峰の鍛冶技術を守る場所なのだから。俺は次に、壁の外側を一周してみた。壁は高い。しかも、ただ高いだけではない。足をかけられるような場所がほとんどなく、壁の上には見張り台がある。夜になれば警備が薄くなるかとも思った。だが、それも甘かった。工房は夜になっても完全に止まるわけではない。ガス灯によって敷地内は明るく照らされ、見張りの目を逃れることができない。
俺は何日も考えた。
門から入る方法。壁を越える方法。荷物に紛れる方法。夜中に侵入する方法。どれも現実的ではなかった。まるで、蟻一匹すら入り込む隙間がない。俺は大工房の壁の前に立ち、巨大な建物を見上げた。その向こうでは、ドワーフたちが鍛冶をしている。鉄を熱する。ハンマーを振るう。赤く焼けた金属を叩く。俺がずっとやりたかったことを、あの中にいるドワーフたちは当たり前のようにやっている。
俺には、それができない。
前世の記憶がある。作ってみたい武具がある。試してみたいことが山ほどある。それなのに……俺には、鍛冶を学ぶ場所すらない。
「……どうすればいいんだよ」
壁を見上げたまま、俺は呟いた。この世界は、俺が憧れていたファンタジー世界。魔法、魔獣、ダンジョン、魔石、そして、ドワーフの鍛冶技術が存在する。なのに何もできない。俺は絶望した。十五歳になるまで、何もできないのだ。




