無駄
俺は五歳のころから、不思議な夢を見ることが多くなった。それが前世の記憶であることに気付いたのは、六歳のころだ。この世界では見たことのない料理を夢の中で見て、それを実際に作ることができたことで、俺は「夢ではない。これは前世の記憶だ」と確信したのだ。夢が前世の記憶だと確信した時、全身に電流が流れるほどの衝撃が走った。その瞬間、前世の全ての記憶が脳に復元されたのだった。
なぜ、ファンタジーの世界に転生したのか? しかも、ドワーフだ。俺の記憶にあるアニメや小説なら、転生する時は必ずと言っていいほど、転生前に神からチート級のスキルなどを授かるはずだ。しかし、俺にはそのようなイベントがあった記憶はない。また、今のところ俺は平均的なドワーフで、ドワーフの中でも最強といえる兆しなど微塵も感じない。環境もそうだ。俺の両親は、俺が赤子のころに事故で亡くなったらしい。俺はその後、孤児院で育った。でも、前世で夢中になって見ていたアニメや小説と似た世界に転生したことは、素直に喜ばしいことだった。
俺は前世の記憶がよみがえってから、この世界のことを必死に学んだ。そして一年間で、様々なことが分かってきた。
この世界には魔法がある。でも、魔法を使えるのはエルフなど、一部の種族に限定される。人間やドワーフは魔法が使えない。
この世界の序列は、ドワーフとエルフが上位に位置するらしい。技術力のドワーフ。魔法のエルフ。前世の記憶にあるファンタジー作品と同じように、ドワーフとエルフは仲が良くないらしい。全てを魔法で完結するエルフに対してドワーフは、魔法に頼らず技術によって発展している。それが不仲の原因と言われている。
文明の水準は、産業革命後くらいだろうか。ドワーフの国ではガス供給網が整備されており、明かりに困ることはない。水道や下水も整備され、水洗トイレも完備されている。道路は石畳。大通りは平らに整えられていて、馬車や荷車が走りやすい。道路の両脇には排水溝があり、雨が降っても水が溜まりにくい。道路は定期的に補修・清掃されている。だが、これはドワーフの国だけの話だ。多くの国ではガス供給網の整備はかなり遅れていて、水洗トイレも少ない。ドワーフの力によって、世界が徐々に進歩しているのが現状と言える。
魔獣は存在するが、魔王という存在はないらしい。この世界が魔王という脅威にさらされているという情報は存在しなかった。だが、魔獣という、動物とは違う生命体が存在する。動物と魔獣の違いは、魔石があるかないかということだ。魔石を生命源とする魔獣は、動物の何十倍、個体によっては何百倍もの強度や力、異質な能力を持っている。魔石は宝飾品として、人間が愛用している。
ダンジョンも存在する。全世界にダンジョンがあり、ダンジョンには宝物があるらしい。なぜダンジョンが存在するのかは、まだ解明されていない。
冒険者ギルドも存在する。ドヴァルディア王国にも冒険者ギルドはある。もちろん、ドワーフが冒険者になることはない。冒険者は、ドワーフとエルフ以外の種族の職業である。危険な仕事だが、報酬が良いため、なり手は多い。だが、多くの者は大金を手にすることなく死んでしまう。
一年間で分かったのは、これくらいであった。
俺は七歳になり、ドワーフなら誰もが目指す王級鍛冶師になるため、肉体鍛錬をすることになる。七歳から肉体鍛錬、すなわち筋トレをするのは理解してくれただろう。一五歳までの八年間、ここで努力を惜しまなかった者だけが、王級鍛冶師への一歩を踏み出すことを許されるのだ。だから、すべてのドワーフは肉体鍛錬をする。俺もそう思っていた。前世の記憶がよみがえる前までは……。
「無駄じゃないか……」
俺は、八年間も肉体鍛錬だけに費やすのは無駄ではないかと思った。いや、この言い方は少し間違っているだろう。
ドワーフには固有の能力が二つある。一つは鍛冶眼。もう一つは剛身素だ。
鍛冶眼は鍛えることのできない、生まれつきの能力。一方、剛身素は蓄積型だ。努力によって成り立つ能力。だからこそ、ドワーフは死に物狂いで肉体鍛錬をするのだ。
今後の人生を左右するために八年間を費やすのは、決して無駄ではない。鍛冶には強靭な肉体が必須だ。前世の記憶では、「柔よく剛を制す」という言葉がある。ドワーフにとって、柔が鍛冶眼であり、剛は剛身素だ。柔も剛も備わっているドワーフが、鍛冶の力で世界のトップに君臨するのは当然だ。
だから、すべてのドワーフは無心で肉体鍛錬をする。
だが、俺は前世の記憶が蘇ったのだ。アニメ、小説、ゲームの知識。これは非現実的な知識で、リアルでは通用しない願望の産物だ。そう思っていた。だが、この世界のことを一年間調べて、俺は胸が躍った。魔法がある。魔獣がいる。ダンジョンがある。冒険者がいる。魔石がある。ドワーフがいる。エルフがいる。これはまさしく、非現実の世界だ。
俺はもう我慢できない。
八年間も肉体鍛錬にだけ費やすなんて……できない。
そう。
俺には、やりたいことがあるのだ。八年間も肉体鍛錬にだけ時間を費やすのは……無駄だ。




