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転生ドワーフ鍛冶師、死刑を宣告されたので、ドワーフ国へ復讐することにしました!  作者: にんじん
再興への道

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新しい朝

 かなり疲れていたはずなのに、俺は朝早くに目を覚ました。


「朝か……」


 身体は重い。それなのに、頭だけは妙に冴えていた。早く鍛冶がしたい。その気持ちが、眠気を吹き飛ばしているのだろう。いや……どうやら、それだけが原因ではないらしい。


「……うるさい」


 思わず声が出た。壁の向こうから、低い音が聞こえてくる。


 「グゴォォォォ……」

 「グゴォォォォ……」


 そして、時々。


「グゴッ……グゴォォォォォ!」

「……」


 俺は目を開けた。 これは、バルガスたちのいびきだ。おそらくだが、昨夜も遅くまで酒を飲んでいたのだろう。三人とも、今頃は気持ちよさそうに眠っているに違いない。 俺の睡眠を邪魔するほどの爆音のいびきをまき散らしながら。


「……プニプニ三銃士め」


 俺は小さく呟いた。だが、怒る気にはなれなかった。むしろ少し笑ってしまう。昨日、初めて会ったばかりなのに、もうあの三人の生活がなんとなく分かってきた気がする。酒を飲む。寝る。そして、鍛冶はしない。


「……俺は違う」


 鍛冶場がある。そう考えただけで、身体に力が戻ってくる気がした。俺は一階へ降り台所に向かった。そこには、大きな釜や鍋、木製の食器などが並んでいる。見慣れないものも多い。けれど、一つだけ。ドヴァルディア王国では当たり前だったものが、ここにはなかった。冷蔵庫だ。いや……。正確には、冷蔵庫なんてものが存在するはずがない。エメルアはラグナード王国の端にある田舎町だ。ドヴァルディア王国とは文明の発展度が違う。ドヴァルディアではガスの供給網が町中に張り巡らされ、夜になっても明かりに困ることはない。水道もある。下水道もある。水洗トイレだって当たり前だ。道路は石畳で、大通りは馬車や荷車が走りやすいように平らに整えられている。道路の両脇には排水溝があり、雨が降っても水が溜まりにくい。道路だって定期的に補修され、掃除されている。それが、俺にとっての普通だった。でも、それはドヴァルディア王国だからこそ成り立っている。多くの国では、ガスの供給網なんて整備されていない。水道や下水も十分ではない。水洗トイレも珍しい。この世界では、ドワーフの技術によって少しずつ文明が進歩している。けれど、その恩恵をすべての国が受けられているわけではない。ここ、エメルアは特にそうだ。ラグナード王国の端にある田舎町。人間の国の中でも、文明の発展は遅れている。


「まあ、当然か」


 当然だが、冷蔵庫はない。けれど、食材がすぐに腐るわけではない。野菜や穀物は、風通しのいい場所や涼しい場所に置いて保存する。根菜なら地下に貯蔵することもできるし、肉や魚なら塩漬けや乾燥、燻製など、昔から使われている保存方法がある。パンも同じだ。エメルアでは保存性を重視したパンが作られている。水分を少なくして焼いたパンなら、冷蔵庫がなくてもある程度の期間は保存できる。ドヴァルディア王国では冷却装置が普及しているから、こうした保存方法を意識する機会は少なかった。けれど、ここでは違う。冷蔵庫がないならないで、人々は昔からの知恵を使って食材を保存している。


「なるほどな」


 俺は少し感心した。文明の差は大きい。けれど、だからといって人々が何も工夫していないわけではない。俺は簡単な朝食を作ることにした。火を起こして鍋を温める。卵を焼いて、野菜を切る。パンを軽く炙る。しばらくして、簡単な朝食が完成した。


「いただきます」


 一人で食卓につく。パンを食べ、卵を口に運ぶ。素朴な味だった。でも、悪くない。むしろ、今の俺には十分だった。朝食を食べ終える。食器を洗い、片付ける。そして俺は、工房へ向かった。


 外へ出ると空は、まだ完全には明るくなっていなかった。東の空が、少しずつ白んでいる。薄暗かった町に、淡い光が差し始める。木造の家々が朝日に照らされていく。畑の向こうから太陽が顔を出し、屋根や道路を赤く染めていく。


「……綺麗だな」


 俺は足を止めた。ドヴァルディアでは、朝早くても街灯がある。ガスの明かりが夜の街を照らし、朝になれば消される。それが当たり前だった。でも、ここにはそれがない。夜は暗い。そして朝になると、太陽の光だけで町が明るくなっていく。なんだか、不思議だった。俺は朝日に背中を押されるように、工房へ向かった。


 工房の扉を開ける。


「……よし」


 昨日掃除したおかげで、工房の中は昨日よりずっと明るく感じた。壁。窓。床。天井。昨日まで積もっていた埃は、かなり取り除かれている。でも鍛冶道具は、まだそのままだ。炉。送風装置。金床。金槌。金属を切断する工具。ヤットコ。その他の道具。今日は、こいつらを掃除する。


「始めるか」


 俺は布を手に取った。まずは金床からだ。表面を丁寧に拭く。積もっていた埃を取り除く。続いて、側面についた汚れを落とす。何度も布を動かしていると、金床本来の姿が少しずつ見えてきた。


「……」


 俺は手を止めた。昨日は埃に隠れていて気づかなかった。金床の表面に、細かな傷が無数についている。長年使われてきた証拠だ。さらに、ところどころに錆が浮いている。


「……三十年前のものか」


 この工房ができたのは三十年前。この金床も、その頃に用意されたものなのだろう。俺は次に金槌を手に取った。表面を拭く。持ち手も拭く。頭の部分に浮いた錆を落とす。ヤットコも同じように掃除していく。少しずつ、道具の姿が見えてくる。昨日まで埃まみれだった鍛冶道具が、一つずつ綺麗になっていく。


「見た目だけなら……使えそうだな」


 俺はそう呟いた。でも……なんとなく、嫌な予感がした。綺麗にはなった。壊れているわけでもない。それなのに、何かがおかしい。俺は金床に手を置いた。


「……やっぱり違う」


 これまで俺が使ってきた鍛冶道具とは、明らかに違う。俺が鍛冶を始めた森の工房。あそこにあった金床は、もっと安定していた。金槌も手に馴染んだ。ヤットコも扱いやすかった。当時の俺は、それが普通なのだと思っていた。けれど違った。ドヴァルディア王国の鍛冶道具は、世界最高峰の鍛冶技術によって作られている。使われている素材も最高級。加工精度も高い。鍛冶師が使いやすいように、形状や重量まで徹底的に考えられている。そして、鍛冶道具を作る技術そのものが、ドワーフにとって重要な企業秘密だ。鍛冶技術だけではない。鍛冶道具の製造技術も、他国には公開されていない。だから、ドワーフは鍛冶道具を国外へ輸出しない。


「じゃあ……こっちは」


 俺は目の前の金床を見る。この金床は三十年前のものだ。しかも、十年間まともに手入れされていない。人間の国では、鍛冶道具を作る技術も圧倒的に低レベルだ。そもそも、人間の鍛冶師はレベル二の武具を作ることすら難しい。そんな環境なのだから、鍛冶道具の製造技術にも限界がある。この工房の鍛冶道具にも、銅が使われている。もちろん、国が税金を投入して作った工房なのだから、粗末な道具を置いていたわけではない。だが、それは人間視点での価値判断であり、ドワーフ視点では……。


「……こんなに違うのか」


 俺は金床を見つめた。秘密の工房で使っていた鍛冶道具。そして、目の前にある鍛冶道具。同じ鍛冶道具なのに……まるで違う。


「これは大変だな」


 俺は苦笑した。良い道具がある。それを使って鍛冶をする。俺にとっては、それが当たり前だった。でも、俺は恵まれていたのだと思い知る。鍛冶師の技術だけではない。鍛冶道具そのものも、鍛冶の技術を支える重要なものだ。俺は綺麗になった金床を見る。錆は落ちた。埃も取った。表面もかなり綺麗になった。けれど、道具そのものの性能が変わったわけではない。


「これで……本当に鍛冶ができるのか?」


 俺は初めて不安を感じた。俺は半年以内にレベル二の武具を作ると約束した。自分の技術なら問題ない。俺はレベル四の武具まで作れる。魔剣だって作ったことがある。だから、自分の技術について不安はない。だけど。


「道具が、これか……」


 そのときだった。


「……待てよ」


 ふと、あることを思いついた。これまで俺が鍛冶眼(グランド・アイ)を使ってきたのは、素材と武具だけだ。鍛冶眼(グランド・アイ)は、鍛冶に使う素材を見るための眼。そして、完成した武具を見るための眼。それが鍛冶眼(グランド・アイ)だとドワーフなら皆が知っている常識であり変わることのない事実だ。だが、俺の鍛冶眼(グランド・アイ)は選定試験で、王都から派遣された王級鍛冶師(キング・マスター)が理解できないほどの高精度を持っていた。


「……もしかして」


 俺は目の前の金床を見る。


「鍛冶道具にも、使えるんじゃないか?」


 根拠はない。ただの思いつきだった。それに失敗しても死ぬわけじゃない。いや、それどころかペナルティなどないのだ。それなら試すしかないだろ。

 

「鍛冶眼(グランド・アイ)」


 発動させる。その瞬間……視界に、情報が浮かび上がった。


「……え?」


 俺は目を見開いた。見える。金床の情報が。素材。硬度。靭性。均質性。耐衝撃性。そして、鍛冶道具としての評価。


「……嘘だろ」


 俺はその場で固まった。


 鍛冶眼(グランド・アイ)は、本来、鍛冶道具を見るためのものではない。素材と武具。それが本来の対象だ。なのに俺には見えている。


「……俺の鍛冶眼(グランド・アイ)だから、見えるのか?」


 胸の奥がざわついた。だが、俺自身、まだ自分の鍛冶眼(グランド・アイ)がどこまで見えるのか理解していない。もしかすると、これもその異常な精度によるものなのかもしれない。

俺は金床から視線を外した。 すぐ隣に置かれた金槌を見る。


「……これも?」


 鍛冶眼(グランド・アイ)を向ける。視界に情報が浮かび上がった。


「……見える」


 ヤットコを見る。やはり、見える。俺は次々と鍛冶道具へ視線を向けていった。金床。金槌。ヤットコ。その他の工具。どれも情報が浮かび上がってくる。


「……」


 そして、俺は表示された情報を一つずつ確認していった。最初に目に入ったのは、素材の情報だった。金床に使われているのは、鉄。ただし……。


「……品質が最低だ」


 俺は思わず呟いた。完全な粗悪品だ。素材そのものの均質性が低い。不純物も多い。硬度も最悪。耐衝撃性も低い。金槌やヤットコも同じだった。使われている素材の品質そのものが粗悪品なのだ。


「……そういうことか」


 俺は表示された情報を見ながら考える。人間の国にも鉄はある。鉄そのものが存在しないわけではない。けれど、世界中の鉄の多くはドヴァルディア王国へ渡っている。特に品質の良い鉄は、ドワーフ製の武具や道具を求める国々との取引に使われる。ラグナード王国だって例外ではない。


 「だから……この鉄なのか」


 俺は金床を見つめる。この工房が建てられた三十年前。国はこの町の鍛冶を発展させようとしていた。税金を投入し、工房を建て、設備を整えた。その当時としては、人間の国で使える中でも、かなり良い道具だったのだろう。それでも……ドワーフの鍛冶道具とは、根本から違う。素材の品質。加工精度。熱処理。耐久性。使いやすさ。そのすべてに差がある。


「……なるほど」


 俺は小さく呟いた。今まで知らなかった。俺が使っていた鍛冶道具が、どれほど優れていたのか。そして、人間の鍛冶師たちが、どれほど違う環境で鍛冶をしていたのか。俺は初めて、それを自分の目で知った。綺麗になった金床。綺麗になった金槌。綺麗になったヤットコ。見た目だけなら、十分に使えそうに見える。けれど、俺には分かってしまう。これは、ドワーフの鍛冶道具とは別物だ。


「……これで、レベル二を作るのか」


 不安は消えなかった。むしろ、道具の状態を正確に知ってしまったことで、余計に不安になった。


「やるしかないな」


 俺は今できることをやるしかない。俺は黙々と鍛冶道具を磨き続けた。


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