リスタート
「で、その小僧はなんだ?」
バルガスは、ギルバートの横にいる俺の存在に、ようやく気づいたようだった。
「鍛冶師希望の移住者のシオン君だ」
「ガハハハハハハ! ワシが言うのもおかしいが、やめとけ」
バルガスは渋い顔をした。
「珍しいな。お前と意見が合うなんて」
ギルバートが驚いたように言う。
「シオン君、鍛冶師は諦めて、別の職種にいたしましょう」
「いえ。僕はここで働きます」
俺は即答した。胸の奥が熱い。目の前にあるのは、古びた工房。使われていない道具。火の入っていない炉。酒を飲んでいる三人の鍛冶師。普通なら、こんな場所で働きたいとは思わないのだろう。でも俺にとっては違う。ここには鍛冶道具がある。炉がある。金床がある。そして、鍛冶ができる。それだけで十分だった。
「……まじか」
「気は確かですか?」
ギルバートもバルガスも、あっけにとられたような顔をしている。
「はい。こんな素敵な所で働けるなんて嬉しいです」
「…………」
二人が黙り込む。俺にとっては、鍛冶ができる。それ以上でも、それ以下でもない。それがすべてだった。
「ガハハハハハハ! 面白い奴だな!」
バルガスは豪快に笑った。
「ワシはバルガスだ。この鍛冶工房が設立された時から働いている。だが、未だにレベル1を超える武具を作ることはできないポンコツだ。ガハハハハハ。よろしくな」
そう言って、バルガスは俺の前まで歩いてきた。そして、大きな手を差し出してくる。
「よろしくお願いします」
俺はその手を握り、深々と頭を下げた。その瞬間、俺はバルガスの手を見た。分厚い手。大きな手のひら。だが……。
「……」
俺は何も言わなかった。鍛冶師の手ではない。少なくとも、今のバルガスはそうだった。 鍛冶を長年続けている者の手には、独特の硬さがある。指先。手のひら。指の付け根。ハンマーを握り続け、熱せられた金属を扱い、何度も何度も鉄を打つ。その積み重ねは、手を見れば分かる。だが、バルガスの手にはそれがほとんどなかった。硬く鍛えられたはずの皮膚は柔らかく、指にも鍛冶師特有の傷が少ない。腕も同じだ。太い。だが、その太さは筋肉ではない。贅肉だ。腹も、脚も、首も。長年の酒と怠惰な生活によって、身体全体が贅肉に覆われている。この身体では、重い鉄鎚を一日中振り続けることなどできないだろう。俺は一目見ただけで分かった。バルガスは、もう長い間、まともに鍛冶をしていない。おそらく、隣にいる二人も同じだ。
「シオン君、本当によろしいのですね」
ギルバートが心配そうに俺へ念を押す。
「はい。約束通り、半年以内にレベル二の剣を作ってみせます」
俺は堂々と宣言した。
「分かりました。それでは……期待せずに待っています」
ギルバートはそれだけ言うと、工房を出ていった。馬車へ戻り、町役場へ帰っていく。その姿を見送ったあと、バルガスが俺を見る。
「ガハハハハハハ! シオン、威勢がいいな」
「……?」
「ワシも最初は、お前と同じことを言ったぞ」
「最初は?」
「ああ」
バルガスは酒の入ったジョッキを持ち上げる。
「ワシもここができたばかりの頃は、立派な鍛冶師になるって本気で思ってた」
その言葉だけは、妙に真剣だった。
「ドワーフに負けない武具を作ってやる。いつかレベル三の武具を作って、国に認めてもらう。そう思ってたんだ」
バルガスは遠い目をした。
「……けどな」
そして、酒を飲む。
「現実は甘くなかった」
俺は何も言わず、バルガスを見る。昔は夢を追いかけていた。けれど、何度挑戦してもレベル2へ届かない。失敗して。また失敗して。いつしか諦めた。そして、鍛冶をすることより酒を飲むことのほうが増えていった。今では身体まで、当時とはまるで違っている。 それが、目の前にいる男だった。
「バルガスさん、掃除をしてよろしいでしょうか?」
「掃除?」
「はい。まずは工房を綺麗にしたいです」
七歳の頃もそうだった。ボロボロの工房を見つけた俺は、最初に掃除から始めた。だから今回も同じだ。ここがどれだけ古くても。どれだけ道具が錆びていても。どれだけ誰も使っていなくても。鍛冶ができる場所なら、俺には十分だった。
「好きにしな」
バルガスは手をひらひらと振る。
「俺も仕事に戻るぜ」
そう言って、バルガスは仲間の二人と再び酒を飲み始めた。俺は三人の男を見た。バルガス。そして、その隣にいる二人。全員、この工房ができた三十年前から働いているベテラン鍛冶師らしい。だが、その身体は三人とも同じだった。大きく膨らんだ腹。贅肉のついた腕と脚。鍛冶師なら当然あるはずの筋肉は、ほとんど残っていない。俺は心の中で、ひそかに三人をこう呼ぶことにした。プニプニ三銃士。
「新人なんて何年ぶりだ?」
隣の男が酒を飲みながら言った。
「五年……いや、六年ぶりじゃねえか?」
もう一人の男が答える。
「でも……またすぐに逃げ出すだけだ」
「だな」
二人は俺を見ながら、鼻で笑った。
「レベル二の領域なんて、俺たちが逆立ちしたって届きやしねえよ」
「そうだな。俺らが20年も休むことなく頑張っても無理だったんだ。あんな若い奴にできるわけがない」
俺は聞こえていないふりをして、掃除道具を手に取った。
「ガハハハハハハ!」
バルガスが笑う。
「好きにさせてやれ。そのうち音を上げて帰るだろう」
「……」
俺は何も言わない。ただ、床に積もった埃を掃き始めた。まずは掃除。それでいい。ここから始めればいい。七歳の頃と同じだ。俺の目の前にあるのは、もう一度始めるための工房。そして俺は久しぶりに鍛冶を始められることが、嬉しくて仕方がなかった。




