小さな目標
「鍛冶をしたいです」と俺が口にした瞬間に役場の空気が、ぴたりと止まった。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も何も言わない。 さっきまで笑顔だったグレゴールの顔から、すっと血の気が引いていく。受付の職員たちも、互いの顔を見合わせていた。
「……鍛冶、だと?」
「はい」
俺はもう一度、はっきりと答えた。
「鍛冶工房で働かせてください」
グレゴールは困ったように眉を寄せる。
「いや……君は若い。しかも、その体つきだ。農作業でも荷運びでも、いくらでも仕事はある。わざわざ鍛冶など……」
「鍛冶がしたいんです」
俺は譲らなかった。ここに来るまでの一か月以上。俺はずっと、鍛冶のことばかり考えていた。鍛冶は俺の生きる希望であり、生きる意味でもある。町長はしばらく俺を見つめたあと、小さく息を吐いた。
「……エメルアの鍛冶工房が、どんな場所か知っているのか?」
「いえ」
「なら、話しておこう」
グレゴールは椅子に腰を下ろした。そして、俺にも座るよう手で示す。
「ラグナード王国ではな。三十年ほど前から、鍛冶に力を入れる政策が始まった」
「三十年前……」
「そうだ」
グレゴールの声が少し低くなる。
「国王陛下が、ドワーフの頂きに届かなくてもレベル三の武具を人間の手で作れないかと考えたのだ」
俺は黙って聞いていた。
「そこで王国は、各地に鍛冶工房を作るための資金を出した。鍛冶師希望者を集め、設備を整え、材料も用意した。そして……」
グレゴールが一度言葉を切る。
「レベル三の武具を作ることができた鍛冶師には、国が高値で買い取るという制度まで作った」
「レベル三……」
俺は思わず呟いた。
レベル三。ドヴァルディア王国では、実用品として使える武具だが、一般的な商品として鍛冶師ギルドが出荷するには足りないと判断するレベルだ。しかし、ドワーフ以外の種族でレベル三の武具を作った例はない。
「結果はどうだったんですか?」
結果を知っているが無知なふりをしてグレゴールに尋ねる。
「……うまくいかなかった」
「……」
「人間にとって、レベル三の武具を作るというのは、それほど簡単なことではなかったのだ」
グレゴールは続ける。
「いや。レベル三どころか、エメルアではレベル二すら作れなかった」
「……」
「もちろん、みんな希望を持って努力を積み重ねた。何年も鍛冶を続け、技術を磨いた。それでもレベル一から抜け出せなかった」
俺は黙ったまま聞いていた。
「エメルアだけではない。ほかの町でも同じような結果になった。国から支援を受けて工房を作っても、期待された成果は出ない。次第に鍛冶をやめる者も増えていった」
「もう鍛冶工房はないのでしょうか?」
「そうではない」
グレゴールは首を横に振った。
「国が推し進める産業だから、今も存続はしている。だが、結果が出なかったため、なり手は減って行き、今は三名の鍛冶師のみ在籍している。しかし、近い将来、取り潰す決断も必要になるだろう」
「……」
「君のような若者を、そんな場所で働かせるのは……正直に言えば、もったいない」
俺はレベル四の剣を作れる腕があり、魔剣でもレベル三を作った。俺なら問題ないと自負している。
「鍛冶工房で働かせてください」
俺はグレゴールをまっすぐ見た。
「しかし……」
「必ず半年以内に、レベル二の武具を作ってみせます」
その瞬間、町長の目が大きく見開かれた。職員たちからも、小さなどよめきが起こる。
「半年……?」
「はい」
「君は……鍛冶の経験があるのか?」
「いえ、ありません。でも、独学で勉強はしました」
俺には実績があるし、そもそも人間ではなくドワーフだ。けれど、それを今ここで言うわけにはいかない。俺がドヴァルディア王国から追放されたドワーフだと知られるわけにもいかない。もし正体が知られれば、どうなるか分からない。ドヴァルディア王国に逆らった人物。そんな危険人物を、わざわざ受け入れる国などないだろう。そして、あえて実力の下を設定した。レベル二……いきなりレベル四と言えば信用してくれないだろう。人間ならレベル二が丁度良い目標のレベルだ。
「……どうしても鍛冶がしたいのか?」
「はい」
「…………」
長い沈黙のあと、グレゴールが口を開いた。
「職業の選択の自由が認められている以上、私から強要することはできない。だが、まずは見学してから決めてくれ。あの場所を見れば、考えが変わるかもしれない」
「ありがとうございます!」
グレゴールはしばらく俺を見つめていた。やがて、小さく笑う。
「……そうか」
そして、ギルバートへ声をかけた。




