エメルア
俺がドヴァルディア王国から追放されて、一カ月と三週間が過ぎた。モルたちの本来の目的地であるラグナード王国の王都には、予定通り一カ月ほどで到着した。そこで、荷馬車に積まれていたほとんどの荷物が降ろされた。そして、最後まで残った荷物は俺だけだった。俺の搬送先は王都ではない。ラグナード王国の最果てにある町、エメルアだ。当初の予定では、王都から二週間ほどで到着するはずだった。だが、エメルアへ向かう道には荒れた場所が多く、さらに魔獣の発生地域を避けながら進まなければならなかった。そのため、予定よりも時間がかかり、王都からエメルアまで三週間を費やすことになった。
モルたちにとっても初めて行く場所だった。道を間違えないよう慎重に進んでいたことを考えれば、予定より時間がかかったのも仕方がなかったのかもしれない。そして、長い旅の終わりが、ようやくやってきた。
「……ここが、エメルアか」
荷馬車の上から遠くを眺める。まだ町そのものは見えない。けれど、モルが言っていたエメルアは、もうすぐそこまで来ている。長かった。本当に長い旅だった。けれど、俺にとってはそれ以上に大切な時間でもあった。モルとトトと話をするうちに、いつの間にか二人との距離は近くなっていた。それでも、俺は追放者だ。そして、ドヴァルディア王国にとっては罪人でもある。モルたちは、そんな俺を運ぶ仕事を任されている。だからこそ、最後まで命令を忠実に遂行する必要がある。エメルアの町が見えてくる少し手前で、荷馬車が止まった。
「……ここで終わりか?」
「そうチュー」
モルが申し訳なさそうに答えた。
「本当なら町まで送ってあげたいチュー。でも、これは命令だチュー」
俺が降ろされたのは、エメルアの町から約二キロほど離れた場所だった。ラグナード王国には、俺がドヴァルディア王国から追放されたという正式な情報は届いていない。俺はラグナード王国にとって、ただの移住者という扱いになっている。そのため、モルたちが俺を町の中まで送り届けるわけにはいかなかった。
「問題ない」
俺は荷馬車から降りる準備をする。
「それより……足枷は外してもらえるのか?」
「もちろんチュー」
トトが元気よく答えた。この一カ月と三週間。俺は一度も自由に荷馬車から降りることを許されなかった。足にはずっと枷がつけられていた。それもすべて、役人からの命令だった。いくらモルたちと仲良くなったからといって、勝手に足枷を外して自由にすることはできなかったのだ。トトが俺の足元にしゃがみ込み、枷を外していく。
カチャリ。
金属の音が響く。そして……。
ガチャッ。
最後の枷が外れた。
「……」
俺は久しぶりに自由になった自分の足を見つめた。
一カ月と三週間。普通の人間なら、これだけ長い間ほとんど歩かずに過ごせば、筋力や体力はかなり落ちているだろう。俺だって、多少は落ちているはずだ。だが、身体を動かしてみる。足を伸ばす。軽く屈伸する。
「……問題ないな」
思ったほど身体は鈍っていなかった。八年間にわたる肉体鍛錬。その中で蓄積された剛身素によって鍛えられた身体は、簡単には衰えない。見た目も、ほとんど変わっていない。俺は自分の腕を見た。ドワーフの基準からすれば細い。けれど、以前と比べて筋肉が落ちたようには感じなかった。
「シオン」
モルが俺に声をかける。
「ワシのアドバイスどおりに、ドワーフであることは隠すチュー」
「ああ、分かっている」
俺は頷いた。ドワーフ族の特徴は、筋骨隆々とした身体。カラフルな髪。そして赤い瞳。褐色の肌。それが一般的なドワーフの姿だ。それに対して、俺は細マッチョな身体に黒髪、銀色の瞳。自分からドワーフだと名乗らない限り、俺をドワーフだと思う人間はほとんどいないだろう。ドワーフであることを隠す理由は分かっている。
ドワーフが他国へ行くこと自体、珍しい。ましてや、世界一豊かな国と言われるドワーフが、人間族の国へ移住するなどありえない。ここはラグナード王国の最果てにある田舎町、エメルアだ。 そんな場所にドワーフが突然現れれば、どうしてここへ来たのかと怪しまれる可能性が高い。だから、俺はドワーフであることを隠す。
「もちろんだ。長いようで短い時間だったが……俺をここまで運んでくれてありがとう」
罪人として送り届けられた相手に、感謝の言葉を口にする。普通なら、おかしなことなのかもしれない。それでも俺は、モルたちに感謝していた。追放された俺を励ましてくれた。 道中、何度も話し相手になってくれた。そして、これからどう生きていけばいいのかについても、いろいろと教えてくれた。だから、感謝を伝えるのは当然だった。
「ワシたちは仕事をしただけチュー」
モルはそう言って、少しだけ笑った。
「もうドヴァルディア王国へ戻ることはできないチュー。でも、元気に頑張るチュー」
「ああ」
俺も笑った。
「モルもトトも、元気でな」
「シオンもチュー」
「また会えるといいチュー」
二人が手を振る。俺も手を振り返した。そして、俺は荷馬車を降りた。
「……」
足元に広がる大地。久しぶりに、自分の足で地面を踏みしめる。土の感触が、妙に懐かしかった。俺は一度だけ振り返る。そこには、長い旅を共にした荷馬車とモル、そしてトトがいる。
「……ありがとう」
小さく呟く。
そして俺は前を向いた。エメルアへ続く道は、荒れている。道というより、馬車が何度も通ったことで辛うじて形になっているだけのようにも見える。それでも、俺は歩き出した。一歩。また一歩。久しぶりに、自分の意思で歩く。その先にある町で、俺は新しい人生を始める。俺は荒れた道を進み、エメルアへ向かって歩き続けた。




