邪道
俺は嬉しくて、出来上がった鉄の板を鍛冶眼で鑑定した。その結果は……。
【名称】鉄板
【材質】鉄
【素材精度】普通
【素材評価】材料として適切
【硬度】低
【靭性】低
【不純物】普通
【均質性】低
【板材評価】レベル1
【素材状態】不良
「……レベル、一か」
俺が初めて作った鉄の板。その鑑定結果は、最低だった。少しだけ、がっかりした。けれど、それは当然なのだろう。どれだけ精度の高い記録帳があったとしても、たった一日で最高級の鉄の板を作れるほど、鍛冶は甘いものではない。
「……当然だよな」
俺は鉄の板を見つめながら、そう呟いた。ここで自分には才能がないと落胆している暇なんてない。そんな暇があるのなら、少しでも多く鍛冶をする。少しでも多く鉄を叩く。失敗したなら、何が悪かったのかを考える。分からなければ記録帳を読む。それを繰り返すだけだ。俺はドワーフの世界が敷いたレールを自ら脱線することを選んだのだ。普通なら、七歳から十五歳までの八年間を身体の鍛錬に費やし、十五歳になれば鍛冶師としての道へ進む。それがドワーフの当たり前だ。俺だって、その重要性を理解している。剛身素を蓄えるための身体作りを疎かにするつもりはない。けれど、俺は我慢できなかった。
鍛冶を覚えたい一心で俺は邪道を選んだ。
「俺は間違ってはいない」
誰かに認めてもらうためじゃない。誰かに褒めてもらうためでもない。ただ、鍛冶をしたかった。俺は自らの欲望を抑えることなく、邪道の鍛冶道を進む。そして……俺はひたすら鍛冶を続けた。
七歳。
最初の一年は、とにかく基礎だった。鍛冶道具の扱いを覚え、炉の使い方を覚え、鉄を熱する。そして叩く。失敗する。また熱する。また叩く。何度も繰り返した。一年が経つ頃には、ようやく自分の手で一本の剣を完成させられるようになった。
「……ひどいな」
鍛冶眼で鑑定した剣の評価は、低かった。それでも、俺は嬉しかった。初めて完成させた剣だったからだ。それからも、俺は鍛冶を続けた。学校にも通い身体の鍛錬も続けた。空いた時間は、すべて工房へ向かった。基礎編の記録帳を何度も読み返し、実際に道具を使い、失敗するたびに原因を探した。
八歳。
九歳。
十歳。
三年が経つ頃には、俺は基礎編の一冊目だけではなく、二冊目にも手を伸ばしていた。できることが少しずつ増えていく。鉄を叩く音も変わった。炉の扱いにも慣れた。以前なら何度も失敗していた作業も、少しずつ形になるようになった。それでも、ドワーフの鍛冶師が作る武具には到底及ばない。俺が作るものは、まだまだ未熟だった。それでも俺は止まらなかった。
十一歳。
基礎編を終え、俺は応用編へ進んだ。素材によって鍛え方が違うこと。熱の加え方によって鉄の性質が変化すること。形を整えるだけではなく、強度や粘り、バランスまで考えること。覚えることは、どんどん増えていった。だが、知識が増えるほど鍛冶は面白くなった。昨日までできなかったことが、今日はできる。今日できなかったことが、明日にはできる。そんな短いスパンで成長するほど鍛冶は甘くない。昨日できなかったことができるのは一カ月先、いや三カ月先になる。それが一年先、いや、二年先になることもある。一歩一歩が蟻の一歩より歩幅が小さいのだ。それでも前に進む努力を怠ることなく進み続けたくなるほど鍛冶をしている時は楽しかった。
そして……十二歳。
鍛冶を始めて五年。
俺は十二歳になった。
工房の中には、これまで俺が作ってきた武具が並んでいる。どれも一流とは呼べない。ドワーフの鍛冶職人が普通に作る武具と比べれば、まだまだ未熟だ。それでも、五年前の俺が作った鉄の板とは比べものにならない。俺はその中から一本の剣を手に取った。
「……五年か」
俺はその剣を鍛冶眼で鑑定する。表示された評価を見る。俺は小さく笑った。まだ足りない。全然足りない。けれど。確実に前へ進んでいる。俺はそう確信していた。そして、この五年間で俺は知った。鍛冶には、武具そのものを評価する基準がある。
それが武具ランクだった。この世界の一般的な武具は、基本的にレベル一からレベル五までに分類される。
レベル一。
最低限の形をした武具。形としては武器になっているものの、武具としての使用は認められない。品質が低く、実戦で使用するには危険な代物だ。
レベル二。
レベル一よりも精度が高く、武具として使用することはできる。ただし、まだ脆く、壊れやすい。ドワーフ以外の種族が作る武具としては、最高級のランクと言われている。
レベル三。
実用性が確認された武具。 実際の戦闘や仕事で使用できる品質だ。だが、ドワーフの鍛冶師ギルドでは、製品として出荷することはできないレベルに分類される。
レベル四。
高品質な武具。鍛冶師ギルドが製品として出荷できるレベル。基本的にここからが最低ラインになる。
レベル五。
武具としては最高峰。優れた鍛冶師が長い経験と技術を積み重ねて作り上げる、極めて高品質な武具だ。
そして、そのさらに上。
通常のレベル五という分類では収まらない、特別な武具が存在する。
レア。
それが、この世界で知られている武具の最高位だった。
レベル一から五。そして、その上にレア。それが、この世界で一般的に知られている武具の評価だった。
俺が五年間で作れるようになった武具は、まだその頂には届いていない。
ドワーフの世界では、レベル四からが商品として認められるほどの品質だ。
それに対して、俺が作ってきた武具はレベル二の領域を超えることはできていない。それでも俺は焦らなかった。5年間鍛冶をして、鍛冶の難しさを知ったが楽しさも知った。簡単にレベル四に到達するのは不可能だ。だからやりがいがあるのだ。俺の邪道の鍛冶道は、まだ始まったばかりなのだ。




