第3話 ヘブンオブデッド
イザベラとの一件から約二日が経過した。新たに仲間になった蛸の魚人族である一伊那尓栖と、サメの魚人族であるがうる・ぐらは、食料調達のために海へ潜っていた。
甲板ではアランがいら立ちを隠せない様子で立っており、少し離れた場所ではクロヱが甲板の拭き掃除をしていた。船は前の港からさらに東へ進んでいるが、マリンやあくあは行き先を明かそうとしない。情報を出し惜しみする二人に、ついにアランは痺れを切らして尋ねた。
「なあ。どこに行くかそろそろ教えてくれないか? 前の港からさらに東に動いてるけど、もうすぐ『地獄の島』があることを知ってるか? そろそろ迂回しないとやばいぞ、船長」
「むしろ逆よ。そこに行くの」
「正気か?!」
アランが素っ頓狂な声を上げた。雑巾を手にしたまま話を聞いていたクロヱは何のことか分からず、首を傾げて質問した。
「地獄の島? 何それ?」
「ああ、そうか。クロヱさんは記憶が消えてるんだもんな……。あそこは混沌とした地獄のような場所だ。無法者、犯罪者、追放された騎士……そんな連中が吹き溜まる場所さ。一般人には地獄だが、海賊たちにとっては天国みたいなもんだ。何をしても自由だからな。言ってしまえば、島全体が巨大なスラム街みたいな場所だ」
アランの説明を聞いたクロヱは、顔をしかめてマリンの方へ向き直り、詰め寄った。
「じゃあ、それを踏まえて船長さん、もう一度聞くけど……何でわざわざそんな危ないところに行くの?」
マリンは帽子のつばに手をかけ、不敵な笑みを浮かべて答えた。
「引退した『伝説の元船長』を、スカウトしに行くのよ」
地獄の島に隠居しているという伝説の船長――その言葉でアランの脳裏に浮かんだ名前は、ひとつしかなかった。目を見開き、声を震わせる。
「伝説の海賊って、まさか……あの珍しい『王の威圧』を持っているドレイクのことか?!」
「そうよ。ある情報網から仕入れてきたの。裏も取れてるわ。彼をスカウトできれば、戦力は飛躍的に上がる。それに……」
マリンは船を見渡しながら肩をすくめた。
「私を含めても、クルーはまだ十人に満たないもの。せめて下っ端の部下があと10人は欲しいわ。るしあが作ったゴーストのナイトたちは便利だけど、融通が利かないし、船の守りを任せるには不安が残るからね」
アランはその話に納得した。そもそもこの宝鍾マリンの船は、詰め込もうと思えば150人は乗れるほどの大きさがある巨大なガレオン船だ。それをこの人数で動かしていること自体、本来なら無茶な話なのだ。話に区切りがついたところで、船縁から水しぶきが上がった。海に潜っていたがうる・ぐらといなにすが、それぞれの体よりも大きな魚を抱えて戻ってきたのだ。
「とったどー!」「大漁、大漁~」
マリンはその魚の大きさを見て目を丸くした後、満面の笑みを浮かべた。
「あら~! すごいわね二人とも! えらいえらい!」
マリンはまるで母親のように、二人の濡れた頭をわしゃわしゃと撫で回した。二人は嬉しそうに目を細めている。その微笑ましい光景を眺めながら、アランはふと疑問を抱いた。それは、目の前にいる魚人族の少女たちの「年齢」についてだ。
(魚人族と人間では、寿命や成長の速度が違うと聞いているけど……)
見た目は幼い少女だが、実年齢は自分より遥かに上かもしれない。あるいはその逆か。それに、そもそも魚人族は海底都市に住み、陸の人間との交流はほとんどないとされている。そんな彼女たちが、なぜこんな人間の船に乗っているのか。アランの中で疑問は深まるばかりだったが、場の空気が和んでいるのを壊すのも野暮だと感じ、その言葉を飲み込んだ。
太陽が南中を過ぎた頃、見張り台に上っていたアランが水平線の彼方に不気味な影を見つけた。地獄の島だ。昼食を済ませたマリン一行は、その報告を受けて着々と上陸の準備に取り掛かった。
「船長、本当にあの島に上陸するつもりかよ。つーか、あくあは止めなかったのか?」
アランは船の帆を調整しながらぼやいた。少し離れた場所から、あくあの呑気な声が返ってくる。
「最初は止めたけど一理あるし、何よりうちの船長強いしまあ、いいかってなった」
「ええ~……」
情けない声を漏らしたアランは、胃が重く沈んでいくのを感じた。つい先日、イザベラを圧倒したマリンの底知れない強さは嫌というほど見せつけられた。だからこそ恐ろしいのだ。あんな規格外の化け物と、伝説の海賊が真正面からぶつかり合えば、間違いなく周囲を巻き込む大惨事になる。無事で済むはずがない。あくあのあっけらかんとした態度に、アランは頭を抱えたくなった。




