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第3話 ヘブンオブデッドその2

アランの胃を締め付けるような不安を乗せたまま、船はいよいよ、通称『地獄の島』——正式には地獄楽の島(ヘブンオブデット)と呼ばれるその島の港へと滑り込んだ。


 マリンを含め、全員が初めて足を踏み入れる場所であり、甲板には自然とピリッとした緊張感が走る。  停泊所は想像していたようなゴミの山ではなかったが、木製の桟橋は黒ずんで腐りかけ、潮の香りに混じって、安い酒と微かな血の匂いが鼻をついた。すれ違う荒くれ者たちの視線には、明らかな値踏みと敵意が混じっている。


 貧乏とはいえ一応は貴族の令嬢であったマリンと、その専属メイドであるあくあにとって、決して居心地の良い空間ではない。あくあは警戒するようにマリンの背後にピタリと寄り添った。


「それじゃ、グラちゃんとイナちゃんはここでお留守番ね♪」


 マリンは振り返り、いつもと変わらない軽い調子で二人に告げた。アランが「こんな無法地帯に二人きりで残すのか」と抗議の声を上げようとした瞬間、マリンは船の影に向かってパチンと指を鳴らした。


「ゴーストナイト、お願いね。この子たちの護衛と船の留守番。もし船に手を出そうとする馬鹿がいたら……殺さない程度に呪ってやってちょうだい」


 マリンの言葉に応えるように、甲板の影から青白い冷気を纏った複数の重鎧の騎士——ゴーストナイトたちが音もなく立ち上がり、ぐらといなにすの背後に控えた。  それでもなお、「本当に二人だけで置いていくのか」と不安な気持ちをぶつけるアランに、マリンはカラカラと笑った。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。あの子たち、子供の見た目してるけど案外強いの。……というか、ある状況下それこそ海の中だったら、あくあより強いわよ?」


「「えっ!?」」


 アランだけでなく、いきなり引き合いに出されたあくあまで予想外だったらしく、二人は綺麗にハモって素っ頓狂な声を上げた。


「そりゃそうよ。さっき通ってきたこの島への海道、本当ならこの船の大きさくらいの海獣がうじゃうじゃ潜んでる魔の海域なのよ? 私たちが何事もなく航海できたのは、あの子たちが海の中で先回りして、危険な奴らを全部掃除してくれてたからじゃない」


 マリンのあっけらかんとした種明かしに、アランは絶句した。波一つ立てず、巨大なモンスターの群れを人知れず全滅させていたというのか、と。


「あんな巨大な魚を平然と狩って、魔の海域を自由に動き回れる子たちよ。いくら陸の上だからって、そこらのチンピラ海賊に後れを取るわけないでしょ」


 イザベラの件は人質を取られていたことで納得したアランだった。一行は雑然とした通りを抜け、鬱蒼と茂る木々をかき分けながら島の奥へと歩を進めていく。その先に広がっていた光景に、マリンたちはド肝を抜かれた。家々は原型をとどめてはいるものの傷だらけで、強い衝撃を浴びればたちまち壊れそうなほどだった。地面には酒の瓶や葉巻、生ごみなどが落ちていた。


 過去に冒険していたマリンや、船乗りのアラン、そしてクロヱはすぐ適応できたが、マリンの屋敷以外の世界をあまり触れてこなかったあくあに関しては、かなり苦痛に感じた。物理的な匂いはこの島に入ってから魔法で防いでいるものの視覚的な情報が脳に悪臭だと認識してしまう。あくあは口を抑えた。


 そのしぐさを見たマリンは、ひどく心配している顔であくあを気遣った。あくあは無理に笑ってみせた。


「あんたのやることを先やって、こっちは落ち着いたらやるから」


 あくあの気丈な返事に、マリンは頷いた。あくあを置いてここに来た目的を果たす。クロヱとアランも続いてマリンについていった。

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