九話 珍妙キャラが続々と
四分校殿鳥居。十五歳。女子高生。清宮寺深世流の親友。サブヒロイン。
化生茶屋亜麻音子。二十二歳。新米女教師。サブヒロイン。
凩頭獅皇丸。二十八歳。サラリーマン。サブキャラその四。
「何やらかしてくれてるのよ。バカ? 青太はバカなの? 学習能力ってものがない、三歩歩けば全部忘れる鳥頭なの?」
新キャラクターの紹介文を読んだみどりは、青太を悪しざまに罵った。
罵られた青太はというと、顔が緩んでいる。
罵倒されて喜ぶドMなわけではなく、みどりが想定通りの反応を示してくれたことが嬉しいのだ。わざわざ仕込んだ成果が出た。
「みなまで言うな。名前のことだろ?」
「そうよ。前から散々言ってるのに、またこんな、おかしい名前ばっかり」
何度かプロットを読んでもらっているが、名前がおかしいと突っ込まれている。
最初は、主人公の栞木樹梨や、ヒロインの清宮寺深世流の名前を突っ込まれた。サブキャラその一である、清宮寺海世もだ。
次は、サブキャラその二とサブキャラその三の名前もおかしいと。
ちなみに、サブキャラその二の名前は轟芦鬼であり、サブキャラその三の名前は星昴である。
みどりが突っ込むのも無理はない。考えた青太ですら、酷いと思ったのだ。
第三弾となった今回のキャラも、やはり酷い名前だった。
まあ、狙ってやったことではあるのだが。
「いやあ、考えてるうちに、どんどん楽しくなってさ。次はどんな珍名にしようか、こういう名前にしたらみどりはどんな反応をしてくれるかって」
「力を入れるところが違うでしょう。私に対してネタを仕込んでどうするのよ。ネタは、読者に対して仕込みなさいよ」
「今は、読者イコールみどりだぞ。読者を楽しませるのは、作者としての義務だ」
青太の趣味にみどりを付き合わせているのは、悪いと思っている。
だから、せめて少しでも楽しんでもらえるように、工夫を凝らしたのだ。
「ああもう、青太がそう言うなら、お望み通り突っ込んであげるわよ。何よこの名前は。苗字は百歩譲って許してあげても……許せる、かなあ? やっぱり許せないかも。凩はまだいいんだけど、四分校殿と化生茶屋はおかしいわよね。現実に同じ苗字の人がいれば、おかしいなんて言って申し訳ないけど」
「その二つは自信作だな」
「何が自信作よ。そして、苗字にも増しておかしいのが下の名前。なんなのこれは。鳥居は人名に使うべき言葉じゃない。苗字ならありだけど。頭獅皇丸はドラ●エでしょ。それとも、漢字は違うけど、ド●クエが元ネタにしたらしい森鴎外の小説の方? 亜麻音子は『子』がいらない。亜麻音なら綺麗な名前なのに。どうしても『あまねこ』にしたいなら、字を変えて。なんで、読みが四文字で、漢字も四文字にするのよ。『夜露死苦』みたいじゃないの。まったく、主人公とヒロインは、あれでもマシな方だったのね」
みどりは、一気呵成にまくしたてた。
ここまで突っ込みを入れてくれれば、作者冥利に尽きる。
ネタを仕込んだ青太としても、大満足だ。
もっとも、名前ネタに凝っているだけではダメで、小説の内容が重要になる。
「期待通りの突っ込みをありがとう。疲れてるところ悪いが、内容も読んでくれ」
「疲れさせるようなネタを仕込んだのは、青太でしょうが。一仕事終えた気分になったわよ」
「仕事は、これからが本番だから。プロットの内容をチェックして、忌憚のない意見を聞かせて欲しいんだ」
「はあ……分かったわよ」
渋々といった様子で、みどりは続きを読み始めた。
プロットの内容をかいつまんで説明すると、次のようになる。
栞木樹梨と清宮寺深世流は、樹梨の書いた小説をきっかけにして仲を深めていく。
年齢差があるので男女の関係ではないが、気が合うし趣味も共通しているし、まるで一番の親友のように距離を縮める。
二人は、笑いの絶えない楽しい日々を過ごす。
すると、二人の仲の良さに嫉妬したサブキャラたちが邪魔をするようになる。
轟芦鬼と星昴は、いずれも深世流のクラスメイトであり、深世流に片思い中。
樹梨のことを、女子高生に手を出そうとしているロリコンだと断じて、仲を引き裂こうとする。
四分校殿鳥居は、親友の深世流を取られたと思う。
嫉妬して取り戻そうとするも、大人しくて引っ込み思案な性格のせいで自己主張ができない。
深世流をめぐるライバルであるはずの樹梨と、仲良くなってしまうという。
さらに、樹梨の会社の後輩で、優秀だが嫌味な性格をしている凩頭獅皇丸。
喫茶店で知り合い、樹梨といい雰囲気になる女教師、化生茶屋亜麻音子。
この二人も絡み、騒がしいドタバタ劇が繰り広げられる。
というのが、大まかな内容だ。
この作品の売りは、個性的なキャラクターたちが巻き起こす、様々な出来事だ。
毎日がお祭り騒ぎのような、喧騒に満ちた楽しげな生活。読んだ人が、こんな生活を送りたい、と心から思ってくれるような作品に仕上げるつもりだ。
以前に青太が言っていたように、「明るく楽しい、気軽に読めて元気になれる話」を心がけている。
シリアスなシーンは極力そぎ落とし、ドタバタ劇に特化した作品だ。
青太の作品としては、珍しい傾向である。
青太がこれまで書いてきた作品は、ファンタジーものが多かった。
テンプレ的な、ありふれた中世ヨーロッパ風の世界観で、魔法があったり冒険者なんて職業があったり、モンスターがいたり、王様や貴族がいたり。
ファンタジーという言葉を聞けば、誰もが思い浮かべるであろう世界で、主人公やヒロインが活躍する話を好んで書いてきた。
反対に、現代を舞台にした作品は、あまり書いたことがない。
理由は単純で、青太はファンタジーが好きだからだ。
しかし、今回書いたような現代ラブコメも、案外悪くない。
プロット段階ではあるが、楽しんで書けた。自信作と言っていい。
さて、みどりの反応は、どうなっているだろうか。
青太がドキドキしていると、プロットを読み終えたみどりが顔を上げた。
「どうだった?」
「うん。面白いと思うわよ」
簡潔だが、まぎれもなく褒め言葉だ。青太の小説を、面白いと。
青太は飛び上がって喜びたい気分に駆られたが、感想には続きがあった。
「面白いけど、いくつか気になる点もあるわ。まず主人公だけど、ヒロインたちと騒ぐのを楽しんでるだけで、ライトノベル作家になろうって気概が見られない」
「ヒロインと親しくなるきっかけは小説だし、それからも小説の話で盛り上がってるじゃん。ラノベ作家になるのが夢とも言ってるし」
「だから、盛り上がって、騒いでるだけよね。本気で小説を書いて、本気で新人賞に応募して、本気でライトノベル作家になろうとする。そうやって、夢を叶えようとしているようには見えない」
「なるほど、言われてみればそうかも。実際、主人公が新人賞に投稿するってシーンはないもんな。ヒロインと一緒に、ワイワイやりながら好きに書いてるだけだ」
ここは、どう変更すべきか悩ましい点だ。
ラノベ作家を目指しているという設定を変えるか、話の展開を変えて本気で小説を書くシーンを挿入するか。
「主人公が掲げる夢って、本物なの? 穿った見方になるけど、『夢を追いかける俺、格好いい』とか、『夢を追いかける俺に、美少女女子高生も夢中だぜ』とか、夢自体よりも、夢に付随するあれこれを欲しがってない?」
「そんなつもりで書いてないけど、見える?」
「見えるわね。夢、夢って、口で言ってるだけ。格好つけてるだけ。本気で叶えたいなら見合った行動しなさいよ、って思う」
ラノベ作家を目指すことに限定すれば、清宮寺深世流は不要だ。
青太とみどりのように、二人三脚で頑張っているわけでもない。
極論になるが、清宮寺深世流は邪魔だと言って、切り捨ててもおかしくない。
切り捨てもせず、邪魔者であるはずのヒロインと親しくしていれば、みどりが言うように自分に酔う主人公と見られてしまう。
「青太が、どんな話を書きたいのかが一番大事よね。コメディ風のドタバタ劇を書きたいのか、夢を追う主人公と支えるヒロインを書きたいのか。次の指摘にも関係してくるんだけど、話の盛り上がりがない気がするの」
「ない……か? 俺としちゃ、入れたつもりだぞ」
「プロットを読む限り、ないように見えるわね。話のヤマもオチもなくて、ドタバタしてたらいつの間にか終わってたって感じがする」
確かに、物語の山場になるようなシーンはない。
一応、山場のつもりで書いている部分はあるが、日常のドタバタの延長にあるというか。
盛り上がるかと聞かれれば、頷きにくい。
「シリアスシーンを排除するのはいいし、ドタバタ劇を中心に据えるものいいんだけど、盛り上がりに欠けるの。まあ、私も素人だから、間違った意見かもしれないけどね」
「凄く参考になるよ。ヤマとオチなら、やっぱり主人公には、プロのラノベ作家を目指してもらった方がいいな。ヒロインの立場も少し変えて、みどりみたいな協力者にする。ドタバタ劇も書きたいから、これはそのまま。物語の骨格を『プロのラノベ作家を目指す主人公と支えるヒロイン』にして、彩る役割をドタバタ劇に……うまく両立させて書くのは大変だけど、やってみる」
「頑張って。直せたら、また読ませてね」
当初の予定であれば、三月に入った今は、既にプロットが完成して本編の執筆に取り掛かっていなければならないはずだ。
ところが、プロットを何度も書き直しているせいで、いまだに完成していない。
新人賞の締め切りまで、あと一ヶ月少々。時間が厳しくなってきた。
予定の遅れは気になるが、妥協せずにやろうと思う。後悔しないためにも。




