八話 ラノベ作家志望者の知的好奇心として妊婦のお腹が気になります(建前)
本日二話目です。
二月が終わり、三月になった。寒さもやわらぎ、暖かい日が増えてきている。
春の訪れが近くなったこの日、青太はみどりに付き添って産婦人科に行った。
普段はみどり一人で行くが、今日は青太の都合がついたので、二人一緒だ。
産婦人科に付き添ったのは今回が初めてだが、気疲れしてしまった。
病院特有の空気と消毒の匂いがあり、あまり好んで訪れたい場所ではない。
病人だらけの一般の病院よりはマシだが、産婦人科だって病院は病院だ。
そもそも、産婦人科というのは男には縁のない場所のため、場違いである気がして居心地が悪い。
病院にいるのは妊婦ばかりだし、待合室では席を譲るなど気を遣うこともあり、なんだか疲れてしまった。
そこまで苦労しておきながら、いざ診察となると、みどりが青太の立ち合いに抵抗を示したため、診察室で待たされた。
夫婦なのだから恥ずかしがることないだろ、とは思ったのだが、デリケートな問題なので口にするわけにもいかない。一人寂しく待っていた。
男一人で待合室にいると、周囲の視線の痛いこと。
自意識過剰かもしれないが、好奇の目で見られている気がして仕方なかった。
壁際に立ち、壁に背を預けながら、借りてきた猫のように大人しくなる。
みどりの診察は、さほど時間はかからなかったが、青太には長く感じられた。
みどりが戻ってきてくれた時の安堵感といったらない。
会計を終えて病院を出た時には、ヘトヘトになっていた。
妊娠中の女性たちとは比べるべくもないが、別の意味で疲れてしまった。
それでも、子供の成長は順調と聞かされたので、付き添った甲斐はある。
妊娠、妊娠と言葉で聞くだけではなく、実際に病院に付き添うと、実感が増す。
あと何ヶ月かすれば父親になるのだと思うと、嬉しさ半分、不安半分といったところだ。
不安といえば、将来もそうだが、目の前にある問題の方が不安かもしれない。
問題とはみどりだ。最近はつわりが酷いようで、食欲がなく吐き気がするとか。
臭いにも敏感になっており、たばこや酒の臭いを嗅ぐと吐き気が我慢できなくなると言っている。
幸い、青太はたばこを吸わないし、酒もほとんど飲まない。たまに家でビールを飲むことはあったが、みどりがこの調子なので最近はさっぱりだ。
会社の飲み会も断るようにしているので、青太は原因にならない。
ただし、他の人は別だ。
酒はまだしも、たばこの臭いをさせている人は少なくない。
家に引きこもるわけにはいかない以上、折り合いをつける必要がある。
とりあえず、つわりの症状が緩和するまでは、外出は必要最小限に抑えるようにしている。
みどりが外出するのは、平日の仕事と、週に一度の産婦人科の受診だけだ。
日々の買い物は青太が担当するようになった。
休日にはデートをしたい気持ちを抑えて、家でのんびりと過ごす。
他の夫婦は知らないが、青太とみどりはこのように過ごしている。
だから、今日も産婦人科から家に直帰した。
予約を取り、朝の九時に行ったにもかかわらず、帰宅時は正午を回っていた。移動かかる時間を差し引いても、三時間近く病院にいた計算になる。
青太の印象としては、待ち時間が異様に長いように思えた。産婦人科ならではの事情があるのかもしれない。
午前中はみどりの付き添いに使ったが、まだ午後は丸々残っている。
できれば、外出したついでに昼食を外で食べてから、午後はデートといきたかった。昼過ぎに帰ってきてしまうのは、少々もったいない。
帰宅後は、みどりはすぐにラフな部屋着に着替える。
ゆったりとした服で、お腹を締め付けない服装だ。
みどりの着替えシーンを、青太はじっと眺める。
相手が妻だからいいようなものの、行動は完全に変質者のそれだった。
「……青太の変態」
「誤解だ。俺が見てるのは、知的好奇心からだよ。性的な気持ちなんて一切ない」
「性的な気持ちがないって言い切られるのも、女としては複雑なんだけど。それはそうと、知的好奇心ってどういう意味?」
「妊婦の体型がどうなってるのか、気になって。ラノベ作家志望の人間としては、知見を深めるためにアンテナを広げておかないとな。何が作品に活かせるか分からない。けど、正直ガッカリだ。よくも悪くも、体型が変わってないじゃないか。胸が大きくなるわけでもないし、お腹が出てるわけでもない。期待外れだ」
「よし、今日の夕飯は、青太の嫌いな物ばっかりにしようかな。激辛カレーライスと、激辛チゲスープと、あとはサラダとしてヤムウンセンを作ろうかな」
ヤムウンセンとはタイ料理だ。春雨サラダのような物だが、辛さはピカイチ。
みどりが挙げたメニューで分かると思うが、青太は辛い食べ物が大の苦手だ。
中辛のカレーライスくらいなら、頑張れば食べられなくはないが、辛口になると厳しい。激辛なんて絶対に無理だ。
おまけに、カレーライス以外も辛い料理で統一するとか、念が入っている。
「ごめんなさい! 勘弁してください!」
「冗談よ。そんな物、作るわけないじゃない。私は妊婦なんだから、刺激物はダメだもの」
辛い物は、一切食べてはいけないわけではないが、食べ過ぎは厳禁だ。
激辛オンリーのメニューなど言語道断だろう。
「お、脅かさないでくれ。でも、そんな冗談を言えるってことは、今日の体調は悪くないってことか? 朝食もちゃんと食べてたし」
「そうね。今日は結構調子がいいわ。つわりにも波があって、辛い時もあれば楽な時もあるの」
「じゃあ、午後からなんだけど、またプロットを読んでくれないか?」
デートをできなかったのは残念だが、それならそれで時間を有効活用したい。
青太は、みどりにプロットを読んで欲しいと頼んだ。
プロットは順調に書けているのに、みどりがつわりで大変そうだったため、最近は協力を頼みにくかった。
調子がいいのであれば、この機会に頼んでおきたい。
「いいわよ。昼ご飯を食べてからね」
みどりは快諾してくれた。これも家デートの一種と言えるだろうか。
一般的ではないが、青太としては趣味を共有できて嬉しい。
みどりの体調も機嫌もよさそうなので、この流れなら言える。
「あともう一個、お願いが。お腹、触らせて」
「……変態」
「だって、気になるんだよ! 妊婦のお腹!」
「青太って、妊婦フェチだったの? 崇高な性癖を持ってるわね」
「あくまでも、ラノベ作家志望者としての、知的好奇心から……」
「正直に言ってくれたら、触らせてあげる」
「単に触りたいです! みどりのお腹をナデナデしたいです!」
言っておくが、フェチではない。決して嘘ではなく。
みどり以外の妊婦がいたとしても、触りたいとは思わない。
みどりだからこそ、なのだ。
愛する妻のお腹に、自分の子供がいると思うだけで、毎日でも触れたくなる。
「触るのはいいけど、何もないわよ。まだ妊娠九週目くらいだもの」
「いいのか!? さすがみどり!」
「こんなことで、さすがって言われてもね。じゃあ……はい」
上着をめくり、お腹を露出させるみどり。
その気はなかったが、態勢が……
「あれだよな。女性が、自分で服をめくってる姿って、エロい。せっかくだし、こう、上目遣いになってだな。ちょっとだけ、モジモジって仕草も追加で」
「こ、こう?」
悪ノリして要求したのに、意外や意外、みどりは素直に従ってくれた。
てっきり、軽蔑の目で見られるかと思ったのに。
どういう風の吹き回しか知らないが、やってくれるのであれば堪能しよう。
「は、早く触ってよ。恥ずかしいんだから」
「ぐふっ」
みどりは、意識していないと思う。
だが、女性側から上目遣いで「触って」と言われるのは、非常にイケナイことをしている気がして興奮する。
鼻息を荒くしながら、青太はみどりのお腹に触れる。
「ん……」
みどりが、鼻にかかった色っぽい声を漏らした。
感触は、まあ普通のお腹だ。
少しぷにっとしていて、スベスベで。
可愛らしいおへそが見えているのもグッド。
あまり、妊婦という感じはしない。妊娠初期なら、こんなものか。
それでも、感動する。
「ここに、俺とみどりの子供が……人ってすげえな」
「い、いつまで続けるの? もういいでしょ?」
「あ、ごめん、ごめん。堪能したよ。ありがとな」
みどりのお腹から手を離しても、感触は残っている。
なんとなく気になって、匂いを嗅いでみたり。
「青太の変態!」
「うん、自分でも思った。さすがにこれはないな」
実にアホなやり取りをする二人だった。御幸夫婦の仲は、本日も良好。順調である。




