5。
歩きながらバッグから携帯を取り出して履歴の一番上をタッチして梨華を呼び出す。
『はいはい薫、どうした?』
いつもと変わらぬ様子で受けられる電話。
さっきまでの出来事が鮮明に頭によみがえる。
『あのさ、梨華、聞いてくれる?』
『どうしたの?何でも聞くよ。』
『ありがとう。』
さっきまでの出来事を事細かに話す。
『はぁっ?何それ。めっちゃ最低。おばさんって、みんな平等に年は取っていくんだっての!』
『梨華。何かすごく情けなくてすごく悔しいよ。』
『うん。分かるよ。薫の気持ち。』
『でもさ、坂下さんがあんなに嫌な女の子になるくらい北村君の事が好きなのかなって思ったら少し申し訳なくも思うの。』
『えっ?』
『だってさ、私なんてきっと告白されて舞い上がってそれで好きになったみたいなものだもん。』
『薫、ちょっと話を整理しようか。薫は何で北村君に惹かれたの?』
『告白されて、その内容がちゃんと私の事見ててくれてるんだと思って。嬉しかったの。ずっと今の会社で勤めてて、皆のフォローするのが私の役回りになっていつの間にかそれが当たり前になって。私なんか空気みたいな存在になってた。そんな中で当たり前になっていた私の行動を認めて好きになってくれる人が居たんだって思って。私の内面を見てくれたことが凄く嬉しかったの。』
『そっか。』
ほんの少しの沈黙のあと電話の向こうで梨華がスッと息を吸うのが感じられた。
『薫、それはね、紛れもなく恋だよ。』
『恋?』
『うん。薫は北村君の告白で恋に落ちた。いいんだよ。きっかけはどうあれ恋は恋。後輩の坂下さんだっけ?その子に気後れすることなく同じ土俵に立っていいんだよ。年齢だって好きになったら関係ない。大切なのは気持ちだよ。』
『梨華、ありがとう。少し落ち着けた。』
『どういたしまして。私でよければいつでも連絡して。』
『うん。じゃぁね。』
『またね。』
電話を切り夜道を歩く。電車もタクシーも利用する気になれず1時間以上時間をかけて家に帰りついた。靴を脱ぎ、洋服も脱ぎ捨てバスルームに直行する。不快な感情を泡と共に流し去りたかった。体を拭い髪を乾かし、ベッド上でサッパリした頭で考える。北村君に恋をしたこと、坂下さんも北村君を思っているであろう事。そして北村君の私に対する好意を潰されてしまったらしいこと。
《諦めもつきました》
公園での北村君の発言を思い出す。もしかすると北村君の気持ちはもう変わっていて私に対する思いなんてもうとっくに過去の物になっているかもしれない。私の気持ちだけが走り出して止まらなくなっている。どうしたらいいんだろう?色々考えていたら眠れなくなった。
ぐるり、ぐるりと体勢を変える。
眠りは一向に訪れない。
ぼんやりと童話の人魚姫を思い出す。想いを告げられない人魚姫はこんな気持ちだったのだろうか?でも私は言葉と言うツールをちゃんと持っている。ただ自制心というブレーキが強くかかってしまって好きだという言葉を北村君に発せられそうにない。
ごちゃごちゃと揉める位なら胸に秘めて無かったことにしてしまうのが1番良いのかも知れない。気持ちを伝える自信が持てない今、願うのは北村君の幸せだけだ。彼が幸せだと思えるのなら誰と結ばれようと構わない。それが例え坂下さんだとしてもあんなに汚い真似を犯してしまうほど北村君を好きなのだから。
またぐるりと寝返りを打ったとき、初めて涙が流れた。
止めどなく流れる涙と共にやがて嗚咽を漏らしみっともなく泣いた。




