4。
オフィスに戻るエレベーターから降りるとき、偶然側に坂下さんが居た。あっと思った時にはもう遅く、バッチリ目が合う。私の隣には北村君。
「お疲れ様です。」
「お疲れさま。」
坂下さんはにっこり挨拶を交わし通りすぎていった。
私の心臓はバクバクと脈打つ。決して私が悪い訳じゃ無いのに。
彼女はどう思っただろう?嫌な予感は的中する。
終業後、待ってましたとばかりに坂下さんが駆け寄ってきた。
「桜井先輩!今日、これから空いてますか?ちょっとお話があって。一緒に食事しません?」
「これから?」
「はい。どうしても桜井先輩に聞いて欲しくて。駄目ですか?」
上目遣いに見上げてくる坂下さんを見ていると本心は透けて見える様できっと北村君のことだろうなと予想がつく。行きたくないな。でも、恋の芽を摘み取っていった坂下さんの気持ちも知りたい気がする。そうすれば私の気持ちだって納得の行く形で静まるかもしれない。
「分かった。行きます。」
「うわぁ、良かった。凄く美味しいイタリアンがあるんですよ。予約しちゃったから断られたらどうしようかと思いました。ありがとうございます。」
予約と聞いて周到だなと思う。私がもし断ったときの切り札は予約してしまっただったのだろうか?抜け目がない。さりげなく手首をつねって気を引き締める。
オフィスから出て数分歩いた先にイタリアンのお店はあった。小ぢんまりした洒落た店構えで半個室タイプの店内。
「予約した坂下です。」
「坂下様、お待ちしておりましたこちらへどうぞ。」
入り口で店員に声をかけると奥の個室へ通された。
「桜井先輩、奥にどうぞ。」
「ありがとう。」
坂下さんに促され奥に移る。ふとテーブルを見ると、なぜか四人分のお絞りが置いてあり、おかしいなと思いつつ席に着くと
「これからもう2人合流しますね。」
「えっ?」
「私の大学時代の友人とその先輩です。」
「私、そんな食事会に混じっちゃっていいの?邪魔じゃない?それに私に個人的な相談があったんじゃないの?」
「邪魔だなんてとんでもありません。私、相談事は色んな人の意見を取り入れたいんですだからお願いします。」
両手を合わせた上目遣い。彼女の得意技なのだろう。整った顔立ちでそうされると同性の私でも受け入れてあげようという気持ちになってしまう。
「こちらへどうぞ。」
わかったわ。と口に出そうとした瞬間、店員が待ち合わせの2人を連れてきた。
「こんばんは~。」
「こんばんは。」
「こんばんは。お疲れ様で~す。」
私以外の3人が挨拶を交わす。
入ってきたのは、栗色のロングヘアを靡かせた色の白い綺麗な女の子。パステルのニットがとても良く似合っている。もう一人はスーツに身を固めた長身の良く日に焼けた男性。私の目の前の席に通される。
「こんばんは。初めまして。木村です。いやぁ、こんなに綺麗な子を紹介されるなんて幸せだなぁ。」
「・・・・・・。」
訳が分からず隣の坂下さんの顔を見た。今にも噴き出しそうな顔で笑いをこらえている。
「桜井先輩、驚きすぎですよ。サプライズです。私達よく3人で食事するんですけど、木村さんが女の子紹介して欲しいって言うから私的に桜井先輩がいいかなって。紹介することにしたんです。正直に言ってたら先輩、来てくれなかったでしょう?」
嵌められた。
目の前には知らない男性と女性。真横には壁と坂下さん。私は完全に逃げ場を失った。
「何、俺のこと紹介するって言わずに連れてきたの?」
「桜井先輩奥手そうだから言ったら絶対に来てくれないと思って。でも大丈夫です。木村さん凄くいい人だから桜井先輩も気に入ると思う。」
「・・・・・・。」
「あっ、まだ桜井先輩に紹介してませんでしたね。こっちが私の友達の中川美香。」
「こんばんは。桜井さんの話はよく美緒から聞いています。凄く頼りになる先輩だって。」
「で、こっちが美香の会社の先輩の木村祐司さん。」
「こんばんは。」
「そして頼りになる先輩の桜井薫さんで~す。はい、拍手~。」
パチパチと3人が拍手を鳴らす。
「いやぁ。マジで俺、テンション上がっちゃったよ!薫ちゃん可愛い名前だねぇ。綺麗な顔に可愛い名前、最高じゃね?」
「もう、木村さんがっつき過ぎですよ。桜井先輩怯えてるじゃないですか。」
「ああっ、ごめん、ごめん。ってか薫ちゃん年齢は?」
「34です。」
「はっ?」
年齢を答えると妙な沈黙が生まれた。あからさまに木村さんの表情から明るさが引いて行く。
「ごめん、俺ちょっとトイレ行くわ。あっ、美緒ちゃん俺この店のトイレの場所良く覚えてないんだよね。教えてくれる?」
「いいですよ。こっちです。」
2人が抜けていくと、坂下さんの友達の中川さんと2人で残される。気不味い沈黙。数分すると中川さんのスマホが鳴った。画面を確認すると
「桜井さん、美緒が呼んでます。トイレ前まで来て欲しいって。ここを真っ直ぐ行った左側なので行ってあげて貰えますか?」
「はい。」
よく分からないままトイレに向かうと坂下さんと木村さんが向かい合って話している。私に背を向けた格好の木村さんは私に気付かない。
「だからさ、美緒ちゃん、俺は若くて可愛い子紹介してってお願いしてたじゃん。34なんて俺よりも年上じゃん。あり得ないって!」
「ごめんなさ~い。」
甘ったるい声で謝る坂下さんの顔は確実に私を見据えていて口元はほころんでいる。たった今気付いたとばかりに坂下さんが声を上げた。
「あっ、桜井先輩。」
「えっ?!」
木村さんは慌てて振り返った。
「あっ、薫ちゃん。ごめん。俺、急な仕事で抜けなきゃいけなくてさ。ここは奢るから3人で何か食べて帰ってよ。」
そう言うと木村さんは財布から一万円を抜き出し坂下さんに渡した。
「いいんですか?ごちそうさまです。」
坂下さんは悪びれることなく笑顔でお金を受け取った。
「じゃ。」
木村さんは足早に帰っていく。
その場に残された坂下さんと私。
坂下さんは笑顔をたたえたまま私の横で止まった。耳元に口を寄せ囁く。
「これが現実ですよ。北村君の事諦めて下さいね。オ・バ・サ・ン。」
ぽんっと肩を叩いて去って行く坂下さん。
猛然とした怒りと悔しさが涌き上げて来た。
悔しくて悔しくてどうしようもない怒りを抑えて店を出る。
外の風は冷たくて怒りで火照った頭を冷やしていく。ここで泣いたら負けだ。姿勢を正して前を向き繁華街を抜けていく。




