3。
年の差。年の差。年の差。
一番引っ掛かる言葉を頭の中で反芻する。
不意に梨華が確認するように尋ねてくる。
「薫、その噂の彼って長身イケメン?」
「えっ、まぁ、そう言われればそうかな?」
「ふぅん。」
それだけ聞くと梨華は食べていたサンドイッチをサッサと袋に戻した。口元をハンドタオルで拭いて
「用事思い出したから帰るわ。またね。」
と帰って行った。去り際に「頼んだよ。」とさらりと猫を撫でる。撫でられた猫はにゃぁと面倒くさそうに鳴いた。少しの間をおいて目の前に人影が立った。誰だろうと見上げるとそこには北村君が立っていた。目が合うと眩しい程の笑顔で話しかけてくる。
「桜井先輩、休憩ですか?」
「そう、休憩。ちょっとずれたから長めに貰ったの。」
「そうなんですか。あの、隣良いですか?」
「どうぞ。」
内心はドキドキし過ぎてお弁当の味も分からなくなってしまう程だったけれど平静を装い少しだけベンチの横にずれる。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」
ちょっとの間のあと北村君が話し出した。
「桜、散り始めましたね。」
「そうね、春の雪。」
「春の雪?」
「見て。」
北村くんが桜の木を見上げるのを確認して話を続ける。
「ほら、はらはらと散る様子がまるで雪みたいでしょう?だから春の雪。」
「確かに。雪みたいだ。綺麗ですね。」
綺麗ですねの所で北村君とばっちり目が合った。自分に言われた訳では無いのに恥ずかしくなりパッと目を反らした。その瞬間、北村君はすごい勢いで立ちあがり私の前で頭を下げた。
「この前はすみませんでした!!」
「えっ?」
「いや、親睦会のバーベキューの時。僕は桜井先輩の気持ちも考えずに酔いに任せて自分の気持ちばかり押し付けて。」
「あっ、うん。大丈夫。・・・って言うかそんな風に謝られると恥ずかしいから隣に座って。怒ってもないし。」
北村君はちょっと気まずそうにベンチに腰を下ろし体を丸ごと私の方に向けてきた。若くて真っ直ぐな熱い視線。眩し過ぎて直視出来ず私は少しだけ視線をずらした。
「あの後、こっぴどく坂下に叱られました。自分勝手だって。確かにそうだなって思いました。本当にすみませんでした。でも、僕は自分の気持ちを先輩に伝えられて良かったです。何て言うかスッキリして諦めもつきました。」
諦メモツキマシタ?
あの時の坂下さんのキツイ表情を思い出す。
あれはまぎれもなく私に向けられた敵意だった。
私は恋に落ちた瞬間、引っ張り出されて勝手にぽいっと圏外に投げ出されたようだ。否定の言葉も出せずただ、頷いた。泣きそうだけど涙は出ない。出ないじゃなくてカッコ悪すぎて出せない。そんな心の内を知ってか知らずか足元に猫が額を擦り寄せてくる。気付いた北村君が笑いながら話し出す。
「こいつ、桜井先輩によくなついてますよね。餌くれって。ん?野良、じゃなくて地域猫なのかな?」
「地域猫?」
「はい。こいつ、雄だけどちゃんと去勢してありますね。地域猫って猫好きな有志が集まってボランティアで野良猫に餌あげたり、生活の手助けしたりしてその上で不幸な猫が増えないように去勢を施して生活させるんですよ。こいつはその類いかもしれませんね。飼われてるにしては天候関係なくここにいるし。」
「地域猫かぁ。大切にされてるのね、貴方。」
擦り寄せられた額をカリカリと掻いてやるとゴロゴロと満足そうに喉をならす。ふと時計を見たらあと10分で休憩終了だ。
「もう休憩終わりみたい。帰らなきゃ。」
「僕も一緒に帰ります。」
肩を並べて会社までの道を共に歩く。
すれ違ってしまった想いを正す言葉は私の口から出すことは出来なかった。