2。
あのバーベキューの日から私と北村君の関係は少しも変わらない。と言ってもあれから3日しか経っていないが。
私は経理事務で北村君は営業。
忙しく外を駆け回っている北村君と私はもともと接点が少ないのだ。そんな中で6つも年上の私を見いだしてくれた北村君に不思議な感情を覚える。嬉しいような、恥ずかしいような言い様のないふわふわした気持ち。これは恋なんだろうか?
「桜井さん、そろそろ休憩入って。」
心此処に在らずで仕事をしているといつの間にか12時半になっていた。課長が心配そうに声を掛けてくる。
「何か無心で仕事してるから声を掛け辛くて。30分過ぎてるけどちゃんと1時間取っていいからね。」
「はい。すみません。ありがとうございます。」
カラカラとデスクの一番下の扉を引き出すと中からランチバッグを取り出す。
フウッ。
音にもならないようなため息を吐き出しデスクを離れる。パシパシと頬を叩き、こんなんじゃいけないと自分を正す。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
階下へのボタンを押しあの子は待って居るだろうかとぼんやりと考える。いつもより30分も遅い。もしかすると空きっ腹を抱えたまま何処かへ行ってしまったかも知れない。言い様のない罪悪感で胸が潰される。足早にコンビニに向かいペットボトルのお茶とせめてもの償いにいつもよりお高い猫缶を手に取る。
小走りにいつものベンチへ向かうと茶トラの猫が気持ちよさげに体をくねらせ日なたぼっこをしている。私に気付くとにゃぁっと短く鳴いた。まるで『遅ぇよ』と責められているようで慌てて猫缶を空け差し出しながらごめん、ごめんと口に出してしまう。言ってから可笑しさが込み上げてきた。
猫にカツ上げ・・・・・・。
確かにこの感じだと私はこの子にカツ上げされてる様に見えるのかも知れない。ミャウミャウと小さく唸りながら猫缶にがっつく背中を手のひらでゆっくりと撫でる。フワフワと柔らかな毛並みが気持ちいい。
「今日は随分とお高いご飯にありつけたんじゃない?」
声に振り返ると友人の梨華が立っていた。
「梨華、お疲れ。」
「お疲れ。」
梨華は私の隣に座り込むとガサガサとコンビニ袋を探る。その音に猫缶を貪っていた猫が振り返る。
「そんなに世の中甘くないよ。これは私の餌。」
「珍しいね。梨華がコンビニ食だなんて。」
「ちょっと寝坊してさ。」
梨華は高校時代からの親友だ。たまたまお互いの職場も近くよくこの公園で昼食を共にする。まぁ、それがきっかけでウチの会社の社長と梨華は出会い、結婚したんだけれど。確か、今年で10年か。子供こそまだ居ないものの『まぁ君』『梨華』と仲良くやっている。
「ところで薫さん、メールで言ってた例の後輩君とはどうなのよ?」
「えっ、どうもないよ。あれから何にも進展なし。って言うかさん付け止めて。何か気持ち悪い。」
「えへへ。だって薫ここんとこずっと浮いた話なかったじゃん。だから友として嬉しくて。それに主婦にはそう言う恋愛のドキドキ話が最高の栄養なの。ってかそれなのに進展なしってどういう事?健全な28歳男子ならもっとガツガツ来るでしょうよ。まさか既婚とかじゃないでしょうね?」
「ない、ない、ない。」
なだめるように声を掛けて気色ばむ梨華を静める。
「土日挟んでの3日目だから。そんなに早急に事は運ばないって。」
「まっ、そうか。」
梨華は、納得した様子で買ってきたサンドイッチにかぶりつくとミネラルウォーターを飲み下し猫をひと撫でする。猫は気持ち良さそうに伸びをした。
「来たのかもねぇ。恩返し。」
「恩返し?」
「猫の恩返しよ。薫、今までずーっとこの子に貢いで来たんだからそろそろあってもいいでしょう。恩返し。可哀想な三十路越えにやって来た春。満喫しなきゃ。」
梨華は、ハラリと落ちてきた桜の花びらを捕まえ手のひらを開いた。
「春は短いの。頑張れ、薫。」
「はい、はい、はい。」
おざなりに返答すると
「年齢差なんか気にするな。好きになったら関係ない。」
一番気になっている核心を突かれた。




