1。
人は恋をするんじゃなく、恋に落ちるんだ。
名言だと思う。
そして私は恋と言う甘く切ない泉に足を踏み入れ、見事に沈没した。思えば34にして6つも下の男に手を伸ばすなんて危険極まりなかったのかもしれない。
私と北村君が急激に親しくなったのは春の新入社員歓迎会のバーベキューからだ。
比較的若い社員の多い会社の集まりは、とても盛り上がりいつも楽しい。いつもなら居酒屋でワイワイ騒ぐのがお決まりのコースだけれど、今年は違った。たまには皆で作って食べようと言うことで近場のキャンプ場のバーベキュー広場を借りてバーベキューをすることになったのだ。
こういう場合、大抵新人が働かされそうなものだが、わが社は違う。目上のものが働かされるのだ。
男子は大抵火の番で、女子は野菜や肉の下準備。女子が調理する調理場に男子がやって来て、串刺しなんかを手伝いつつ、気になる女の子にちょっかいを出し騒いでいく。とっくの昔に女子なんて甘い響きを卒業した私は、キャッキャ響く黄色い声を聞きながら今年はカップル成立率が高いんだろうなぁなんて遠巻きに見ていた。ある程度の準備が出来たところで肉や野菜を運び、アルコール片手に皆で盛り上がる。
要領のいい子はそのままそこに留まり新人をからかいつつもちゃっかり気になる男子の隣を抑え、酔っぱらった勢いで甘えたりしている。要領の悪いもの。すなわち私みたいなのは飢えた酔っぱらいに顎で使われ食べ物の供給を止めどなく要求されるのだ。
「おーい、もう肉が無いよー。持ってきてー。」
「はーい。」
「あと、冷えたビールも持てるだけ持ってきてよ。」
「はーい。」
こんな具合に要求され、これなら居酒屋のが良かったじゃんっと後悔を覚える頃、調理場にひょっこり顔を出したのが北村和樹だった。
「桜井先輩、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。」
「僕も運ぶの手伝いますよ。このビール運んでおきます。」
「あっ、ありがとう。北村君、ちょっとそれ持ちすぎじゃない?」
振り返ると両手に抱えきれないほどの缶ビールを抱え砂利道を歩いていく北村君の後ろ姿が見える。あっ、と思った瞬間に砂利に足を取られ転けた。抱えていた缶ビールが盛大に転がる。
「ちょっと大丈夫?!怪我しなかった?」
慌てて走り寄り様子を伺う。
「だ、大丈夫です。」
倒れた体勢を立て直し、その場に座り込む。
私は吸い寄せられるように隣に座った。
「いやぁ、俺、カッコ悪いっすね。」
頭を掻きながらはにかんだ笑顔を見せる。
ちょっと可愛い。
その笑顔と普段は使わない砕けた言葉遣いにちょっと胸がキュンとした。
「桜井先輩っていつも損な役回りしてません?」
「えっ?」
「いや、年長者っていう立場上なのかも知れませんけど、遠巻きに俺らを見ていっつも皆の世話してるっつーか。」
「そうかな?適度に楽しんでるけど。」
「俺、知ってますよ。」
「何を?」
「桜井先輩が猫にもカツ上げされてること。」
真剣な顔をして何を言い出すかと思えば、職場近くの公園にいる野良猫に毎日少しお裾分けを持っていくのを見ていてそれをカツ上げと捉えているらしい。
「ぷっ、はははっ。」
「なんですか?」
あまりにも可笑しくて笑い出す私を不思議そうに眺める。私はとにかく可笑しくて仕方がない。猫にカツ上げ。面白い子だ。
「北村和樹君よね?ちょっと酔ってるんじゃない?別にいいんだけど言葉遣いも砕けすぎ。俺なんて普段は使わないでしょう?大丈夫、立てる?」
私は一足先に立上がり手をさしのべる。
「すみません。」
握られた手はとても温かい。
やっぱり少し酔ってるんだろうなと思う。
「お水、持ってこようか?」
「いえ、大丈夫です。あの、僕、いや、俺。」
「ん?」
「普段の言葉遣いで言わせて下さい。俺、先輩が好きです。」
「はぁっ?!」
「えっ、いや、ダメっすか?」
「駄目も何も、北村くん少し酔ってるよね?ちょっと頭冷やした方がいいと思う。」
やんわりと嗜めると髪をわしゃわしゃ掻き乱し
「酔ってるけど、頭はクリアです。俺、先輩がずっと気になってて一人になってる今、チャンスだと思って。酔いに任せたと言えば聞こえが悪いけど、本気で好きなんです。」
真剣な、だけどアルコールで潤んだ真っ直ぐな瞳を見ているとドキドキしてしまう。こんな気持ちはいつぶりだろう?
「ありがとう。でも、北村くん、だいぶ酔ってるみたい。少し頭冷やした方がいいと思う。私は北村くんより6つも年上だし北村くん後悔すると思う。」
「後悔だなんて。俺はずっと桜井先輩を見てきたし、年の差を踏まえた上で告白しました。酔いに任せるような真似をしたのは自信がなくて.....。」
「あっ、居た!和樹、何してんの?!もう和樹ったら、かなり酔ってるじゃん。」
告白の途中でやって来たのは北村君と同期の坂下美緒さんだ。パッと私に一瞥をくれるとさっさと北村君の腕を取った。
「桜井先輩、北村君は誰にでも優しいから気を付けた方がいいですよ。」
「えっ?」
突然の事に戸惑っているとキッと強めの視線を向けられる。
「年の差、考えて下さいね。」
ボソっと吐き捨て北村君の腕を引き去っていった。
ああっ、そうか。
坂下さんも北村君の事が好きなんだ。
も?もって私、えっ、ちょっとどうしよう!!




