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一度、キッチンの方へと退散した私は猫を抱き締めながら隅にしゃがみ込み、ブツブツと呟きながら状況を整理していた。
「何でシルヴェスターの護衛騎士であるイムさんが居るのよ。確かシルヴェスター様は私の国へ留学していたって聞いたわ。つまり、彼もそこに居る筈なのよ。帰ってきた?どうして……私の事がバレたのかしら……それならここから離れるべき?いや、でも……」
そうやって考えていると、いつもカウンターにいるラット達のお祖父さん、ドランが入って来た。彼は真っ白な髪と髭を持っている。(単に色が抜けただけだと思う)
「あ、ドランさん。どうしたんですか?」
「早くしないとイムさんとやらが待ってるぞい。何ブツブツ言っとるんじゃよ」
「あ、すみません!少し疲れてしまって……」
考え事に夢中ですっかり注文を受けていたのを忘れていた。
それを伝えるために声を掛けてくれたのだろう。
「お前さんは人気じゃしなあ。疲れるに決まっとる。無理しなさんな」
それを言い終わるとカウンターへと戻って行ってしまった。
優しい……。
ドランは給料とは別でお小遣いをくれる。これで好きなものを買って、と。
他には、此処で住み込みで働く際、私の家族は大丈夫か聞いてきた事もある。
イケメンよね?歳が近かったら結婚したかったわ。
家族に関しては、きっともう勘当されてると思うから、そこに関しては大丈夫だと思う。
「ふう……私は兎の獣人、きっとバレないわ……さて、シチュー用意しないとね」
猫さんを話して、器に温めたシチューを注ぐ。パンも皿にのせてから、猫さんを連れてマリア達の元へと戻った。
「イムさんでしたよね?どうぞ、ご注文の品です」
「ありがと……初めて見る食べ物だな」
興味深げにシチューを匂いだり、掬ってみたりしている。
「はい、私の故郷の食べ物なんです。パンに付けて食べると、美味しいですよ!」
私は頼り甲斐のある明るいお姉さんを演じる。
今の私は、ソフィアじゃない。
兎の獣人、リズよ。
イムは、私の言葉通りにパンにシチューをつけて食べた。
すると目を丸くした。
「美味え!何だこれ、何処の料理だよ!?」
「私の故郷の料理です。定番で良く食べる物なんですが」
そこまで驚く程ではないと思う。前世はこれよりも美味しい定番メニューは山程あるし、何よりイムは貴族でしょう?美味しい料理なら沢山食べてる筈。
「何だろう。なんか母の味って感じで取り敢えず、すっごく美味え。何でこれ、こんなに美味いのに名前さえ聞いたことがないんだろう?」
「それはもう、私の故郷は山奥にありますし、そこから出るなんて物好きはそうそう居ませんから」
「その割には、お前はここに来たけどな」
そんな適当な誤魔化しにラットが容赦なく、突っ込んで来る。
「お兄ちゃん!リズお姉さんは事情がきっとあるのよ」
「どうだか」
そう言って、ラットも夕食を食べ始めた。
イムは勢い良くシチューとパンを食べ、水を飲む。もう皿は空になって居た。
「リズさん、猫様に名前付けてたりしないのか?」
食べ終わったのか、いきなりそんな質問を投げて来た。
「名前、ですか?」
「そう。なんかさ名前ないとか、かわいそうだろ?猫様の飼い主ってリズちゃんだし、せっかくだから名前付けたらどうかなって」
「飼い主ではないんですが……そうですね……」
何故か物凄く期待に満ちた目で、猫さんが私を見て来た。付けて欲しいのかしら?
周りの人達も好奇心で、こちらを見ている。
確かに名前があった方が呼びやすいし、いいかもしれない。
そんな時、ある映像が脳裏をかすめた。
それは、幼い頃のソフィア……私と顔は暗くて見えないが、同い年くらいの長い灰色の髪に猫耳の女の子が仲良く遊んでいるものだった。
何故かしら?知らない筈なのに、とても懐かしい。誰だっただろう?
確か、名前は……。
「……ジル」
思わず声に出して居た。
その時イムが少しの間、固まった。
どうしてか考えていると、周りの人達が騒ぎ始める。
「いいねえ!猫様の名前、決まりじゃないか」
「でも、これはシルヴェスター様の愛称じゃねえか?それなら、呼んでいいのはリズちゃんだけだろ」
「確かにな」
「猫様、リズちゃんに良い名前付けてもらったなあ」
「こんな別嬪さんに付けてもらえるなんて狡いよ」
「いやいや、猫様だからこその特権さ」
あ、確かにシルヴェスターの愛称と似てるわ。
良いのかしら?不敬?
そう思ってシルヴェスターの護衛騎士であるイムを不安げに見てみると、突然笑い始めた。
「良いんじゃないか?いやー、愛されてるなあ、殿下は」
「ち、違うんです。これは……」
愛されてる?誰が、誰を?え?
まさか、私がシルヴェスターを?ない、絶対にないわ!関わりたくないもの!
弁解しようとすると、イムは勘定をおいて、席を立ち上がった。
「猫様も満足してる様子だし、それで良いさ。殿下もきっと怒らないぜ?じゃあ食べ終わったし、帰るな」
帰ってしまった。そして、猫さんの名前がジルになってしまった。
ああ、なんか勘違いされそうで嫌だわ。
私は客がいなくなり店を閉じると、猫さん…を抱き抱え、すぐさま部屋に戻ってベッドに寝転がる。
「猫さん、ジルって名前で良かったの?違う人に付けてもらった方が良いんじゃないかしら?」
私の横で寝転がっている猫さんに、話しかけた。
すると、「にゃーん」と鳴きながら擦り寄ってくる。
「ふふ、そう。良いのね……」
猫さん……ジルの顎を擽り、布団に入る。
それにしてもあの映像、いや、記憶かし
ら。それに出て来たあの子は誰だったのかしら?
しばらくベッドでゴロゴロしながら考えていたが、答えは出て来ず、明日の仕事に支障をきたすので、寝る事にしたのだった。




