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君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第七章 動き出す世界 小磯良
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身も蓋もない

「そうよ、私がお兄ちゃんを八つ裂きにするために準備したナイフよ」


 演劇用の小道具。人に刺してもすぐに引っ込むナイフだ。

 最初に転んで掴んだ時に、違和感を覚えたのだ。これは玩具のナイフだと。


「その玩具のナイフが人に刺さる状況なんてある物だろうか? どう思う、鬼野?」


「小磯、お前はこの恐い妹をなんとかしろ、俺の方を睨んでいるぞ」


 僕の恐い妹、参上アリスは叫んだ。


「美春は黙っていて! お兄ちゃんは私の物よ!」


「美春?」


 鬼野は俺の顔を盗み見る。


「美春って……?」


「違うの?」


 僕は鬼野に説明した。


「僕より前に参上の御屋敷に連れて来られた女の子だよ。美春は」


「そいつと俺がそっくりなのか? それは、それは。まあ、俺の方が百倍、可愛いけどな」


 嘘をつけ。


「鏡の光が目に入って悶え苦しめ~! 鬼野!」


「辛辣な男だな、お前は」


 鬼野は目を半眼にした。僕は溜息を吐く。


「君と美春を比べられないよ」


「どうして?」


「美春はいなくなったからだ。それ以上の詮索はお断りだ。僕はこの事件の捜査を続ける」


「その必要はないぜ」


 鬼野は勝ち誇っていた。


「なんでだ?」


 僕は訳が解らないので、間抜けな顔をしていたと思う。


「証拠がすべて出そろって犯人が解ったからだよ」


「解ったって、犯行時刻が九時で、ワインには毒が入れられていて……」


「ああ、そのワインだが、ダイニング車で記念にふるまわれる予定の物だったらしい。波旗に手伝ってもらって裏も取った。俺は優秀なんだぜ。ただお前を待たせていたわけじゃねえんだ。置時計は五反田の物。ナイフはお嬢ちゃんの物」


「そうよ、でも私は犯人じゃない。ナイフはこの部屋で落としたのよ」


 僕は頷いた。この子は嘘をつかないのだ。だからこそ辛辣なのだが。


「その言葉を僕は信じるよ。君にはそんな事は出来ない。いくら破天荒でも……アリスはそんなことをしない」


 鬼野はにやりと笑った。


「参上、ナイフを落としたのは犯行時刻の後にだろ?」


「見て来たように言うのね。そうよ。ウエイトレスが倒れていて、私は書類をあさったのは九時過ぎ。この人はまだ殴られてなかったし、刺されてもいなかった。血も吐いていなかった。寝ているのかと思った。きっとその時に演劇用のナイフを落としたんだわ!」


「さて本当かな」


 鬼野は意地悪く笑った。


「アリスの言う事は本当だと思う。僕が死体を発見した時は、このナイフに血がついていたけど、まだ濡れていた。だからアリスが来たその後に……誰かが」


 あれ? 計算が合わない?


「参上。ウエイトレスが倒れていた時刻は?」


「何度も言わせないで、九時過ぎよ」


 毒を飲んで死んだはずのウエイトレスは倒れていただけでまだ死んではいなかった?

 即効性の毒ではなかったということか?


「致死量に足りなかったからか?」


「おそらくワインには致死量が入っている。毒は致死量しか用意されていなかった。これを全部のみほした場合、致死量だ」


 全部飲み干すことのなかった毒。被害者は相当苦しんだ。


「鬼野。観察してそれがわかっていたから、さっき毒を舐めたのか?」


「その通りだ。当然だろう」


「だったらそう言ってくれれば」


「写真を見せて見ろ。書類に血の痕はないな」


 鬼野は笑って壮絶な顔をした。


「小磯、兄妹の再会をたっぷり楽しんでおけ。これからそれどころじゃなくなるぞ」


「それはどういう意味だ? 鬼野、まさか、犯人が分かったのか」


 頷く鬼野。


「そう言っているだろうが」


「五反田さんは時計を利用された。じゃあ司法さんが父親の犯罪を暴かれて」


「あれは嘘をついたり、自分をごまかせるほど器用な人材じゃないぜ」


「なら、波旗さんが……」


「毒姫はストリキニーネなんて有名な物は使わない。きっと、キノコの毒とか、そんな検出されてもいいわけのきく毒を持ってくるはずだ」


 僕は声を詰まらせた。


「なら、なら、アリスが……」


「それは一番ない。証拠を調べて、それで検証したところ、この子は白だった。言うことは間違ってねえよ。犯人は別にいる」


「なら、鬼野、君か?」


「ぷ。くくく。あははは」


 鬼野は大声で笑った。


「お前は短絡的だな。よく思い出してみろ」


「もう一人って、僕なのか? どうしたらいいんだ! 最悪の気分だよ!」


「お前じゃねえよ、バーカ!」


「確かに僕は主人公向きじゃないが、だとしたら、君が主人公だというのか?」


「探偵には馬鹿な助手が必要なんだよ。例えばお前のような、謎も解けないような腐れがな」


 鬼野は身も蓋もなかった。腐れって酷過ぎる。


「なら犯人は……誰だったって言うんだ」


「自殺だよ、自殺。この事件はこれで終わりだ。けっ、嫌な事件だぜ」


 僕は言葉を失った。


「自殺って、このウエイトレスが勝手に死んだっていうのか!? そんな馬鹿な」


「ああ、そうさ。こいつが自分で苦い薬を飲んだんだよ。で、自分で頭を殴った。そしてそれを最後に工作したのは別の人間だ」


「でも、どうしてそんな事を」


「殺しのエキスパートは自殺のエキスパートではなかった。そういうことだ。こんなことをしたのにはもちろん理由がある。謎を謎にしてお前に罪を着せるためさ、小磯。恐いんだろうな。お前の占いが。お前の人を救うう力が。全てはお前を食う、もしくは牢屋に閉じ込めるための策謀さ。あはは」


「だからって普通、自分を殺すか? 信じられないよ!」


「そうよ、お兄ちゃんの言う通りよ!」


 過激な妹は便乗した。


「だからこいつは普通じゃねえんだよ。こいつらは組織で動いている。出て来い、五反田」

次の瞬間、僕は硬直した。五反田さんが向こうから歩いてきていた。


「謎を解いたのか。お前たち。いや、お前。響鬼野来夢」


 その顔は凄惨だった。アリスが悲鳴を上げて僕の後ろに隠れた。鬼野は対照的に不敵な笑いを浮かべている。


「なにが難しかった? 五反田」


 緊張が高まる。


「何もかもよ。必死だった。おかげで、生活反応を出し損ねた。私は二三度、殴っただけよ。彼女が死に切れなかったから。そして細工したナイフを使った。もうその頃には死んでいたみたいだけどね」


 開いた口がふさがらない。鬼野はぶるぶる震えて笑った。


「あはは。殴ってもリドルはなかなか死なないよ。だって訓練しているんだからな。何百回も何千回も、実験のようにそれこそ体を鍛える訓練を欠かさない。教義の為に」

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