やりすぎ
僕は深呼吸した。咄嗟にアドバイスなんて思い浮かばなかった。あんなにたくさんの人を見て来たのに、いざ直接こんな場所で打ちひしがれている人にアドバイスをするとなると……恐かった。
僕は言葉で美春を救えなかった。だから、言葉を放つのは心に槍を突きたてるような作業はとても恐くて……。僕はまだ恐いんだ……。助けてくれ!
鬼野は僕を押しどけた。
「いいか……人は清濁併せ持つ。どんなに気の良い人でも、怒りや悲しみを秘めているもんだ。つまりそれを見せているか見せていないかなんだよ。あんたの親父は、あんたに綺麗な所を見せていただけだ。その綺麗な所も、汚い所も、全部、あんたの親父なんだよ」
鬼野は叫んだ。
「お前はお前の知らない親父の別の顔を見てガッカリしているだけだ。しゃんとしろ。お前の親父はおまえにとってどうだったんだよ。どんな奴だったんだよ。お前の真実は何なんだよ。お前に見せた顔も、見せてない顔も本当なら、お前は何を信じたらいいんだよ。何を信じたいんだよ」
鬼野の言葉は乱暴だったけど、司法さんを落ち付かせるには十分だった。
「いい親父だった……俺には」
「お前にとっていい親父だったんなら、お前はどうすりゃあいいんだよ。解るだろ、それをどう使えばいいか」
司法さんはうなだれた。鬼野はまだ拳を振り上げる。
「てめえの価値基準で相手を見るしかねえんだ。お前は親父を信じてやれよ。その上で、その金をどうにかしろ。お前にしかできない事だ」
僕は沈黙した。鬼野の言葉は僕の胸も深く刺さった。
「俺たちは人の全体像を見ることはない。だからこそ、それを埋めるために努力することができるんだぜ?」
司法さんは息を飲んでうなだれた。
「考えてみる」
彼はふらふらと去っていく。僕は溜息を吐いた。
「……敵わないな」
完全に負けた。鬼野はにやりと笑った。
「いや、そうでもないぜ」
鬼野が含み笑いしたので、僕は溜息を吐いた。
「まあ、何にせよ、僕は鬼野を見直したよ……自分に自信も無くなったけどね」
「そりゃどうも」
鬼野はにやりと笑ったまま、僕の隣に立った。
「それじゃあ、推理を続けることにしよう。参上アリスをここへ」
参上アリスはなかなか現れなかったので鬼野は僕の隣で仮眠をとった。
僕は眠れなかった。鬼野はうなされて荊の絡まる夢を見ているようだった。
荊の夢を見るなんてまるで罪人だ。
僕は自称少女に毛布をかけて目を閉じた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
一時間後に現れた……寝起きでパジャマ姿の参上アリスは僕の事を睨んでいた。
恨めしそうに。
「裏切り者には死あるのみね! クタバレ! ええい!」
「誰が裏切り者だよ。僕は君なんて知らないぞ」
「だって裏切り者でしょう? この人殺し」
「してないって。君って奴は衝動的だな。もう少し落ち着けよ」
参上アリスは僕を押しどけて、鬼野を思い切り睨んでいた。
「響鬼野、小磯と私を二人きりにして欲しいわね!」
「そいつは無理な相談だ。だってこいつは……容疑者なんだからな。そして俺は探偵だぜ!」
「探偵? 探偵がいまさら何よ」
「こいつは鬼野。響鬼野じゃないんだよ。響鬼野はいい奴だがこいつは最悪だ!」
「ああ、デーモンが容疑者を捕えているわけね? さぞ監禁は楽しかったんでしょうね、お兄ちゃん」
「ああ、もう楽しくて、楽しくて、涙が……」
僕は硬直した。大変な失敗に気づいたからだ。
ああ……。言っちゃった。
「やっぱりお兄ちゃんだったのね! 私のお兄ちゃんセンサーが警報をリンゴーンと鳴らしていたのよ! お兄ちゃんを捕まえて監禁しろと!」
「嫌なセンサーだな!」
突っ込みを入れる鬼野の隣で僕は崩れ落ちた。ああ、殺される。
「いやあ、僕にも故郷に妹が居てね、ついつい返事をしてしまったよ……アリスなんて子は知らないよ」
誤魔化せ、僕!
「あなたの素性は調べさせてもらったのよ。小磯良。いいえ、参上良」
アリスの懐から携帯が落ちた。そこには写真が残されていた。
「波旗さんが僕を調べた資料を写真撮りしていたわけか、人の物をとるなんて悪い事だぞ。それにこんな物いつ撮ったんだ?」
アリスは顔を真っ赤にした。
「お兄ちゃんが勝手にアリスを置いて行ったのに、再会したらその態度はなによ~! 酷い、酷いわ。お兄ちゃん、うわ~ん」
鬼野が嫌な視線で俺を見ている。
「ほうほう、人助けが得意な小磯様は、たった一人の妹を見捨てたのか? 意外と嫌な奴だな、小磯。」
「僕に妹なんていないよ」
アリスは突然泣き出した。
「酷い、酷い、酷い! お兄ちゃんは病める時も健やかなる時も、アリスのお兄ちゃんだって誓ってくれたのに! 私は純白の服を着たのに! 忘れたの!?」
「押しピンで脅されてな」
「アリスを世界一可愛いって言ってくれた!」
「妻楊枝で脅されてな」
鬼野はよろめいた。
「てめえら、何やってんだ?」
僕はなんだか酷く疲れた気分で呟いた。
「君はやり過ぎなんだ、アリス」
「どこが? どの辺が~! アリスわかんないよ、お兄ちゃん。お兄ちゃ~ん」
僕は現場を指さした。
「このナイフ、君のだろう? アリス」
ああ、頭痛がする。




