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君という一握の光を見失って途方にくれる僕  作者: 新藤 愛巳
第七章 動き出す世界 小磯良
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爆発

 鬼野は当然のように僕らの前で雄叫びを上げた。なんだって、そんな馬鹿な……。


「つまり、波隠さんは僕を犯人に仕立て上げるために毒を飲んだ。しばらく仮死状態に陥り、死にきれなくって、暴れたところを五反田さんに殴られて。いいや、自分で殴ったのか。置時計で自分を、それで死んでしまった。後は五反田さんがナイフで工作を」


「言っただろ、小磯。俺は最初から犯人なんて捜しちゃいないんだよ。捜していたのは、リドルだぜ」


「リドル……」


 僕は静かにウエイトレスの探偵の死体を見つめた。


「あの時、あの名探偵殺人事件の夜に名のある探偵はみんな死んだんだ。生き残りは来夢ともう一人。だから、こんな探偵なんて俺は知らねえんだよ、三下が!」


 五反田は笑った。


「リドルが殴っただけで死ぬわけがない。毒でも飲まなきゃ死にはしない」


 鬼野、それが本当なら。


「こいつはリドルだ。しかし、リドルは毒に強くない。全てを飲み干せず、死亡推定時刻がずれた。死にきれず、ウエイトレスは壮絶に苦しんだ。五反田、お前は矢も楯もたまらす、証拠が残るにもかかわらず時計を持って行ってやった。苦しむ仲間のために。違うか?」


 鬼野名探偵は微笑む。


「どこで気づいたの? 響鬼野さん。私が怪しいと」


「全体的にだよ。波隠の死体は小磯を陥れようとしている感じが全面に出ていて面白かったぜ。ここじゃ警察は調べに来られねえ。だから、小磯を犯人に仕立て上げようとしたんだな。謎を作るために。ミスリードするために。捜査さえ間違えさせることが出来ればリドルは人殺しをしてもいい。そう言う教義だ。それから」


 鬼野はウエイトレス――この事件の首謀者を指さした。


「こいつが胸につけていた、猫のバッチ、その猫はエジプトの神なんかじゃない。リドルのシンボル、翼の生えた怪物猫だ」


 息を飲んだ。リドル。本当に居たんだ。五反田さんは目を皿のようにしてその様子を見ている。五反田さん。何で僕を嵌めようと、いや違う。彼女は自分が犯人のように自分の部屋の時計を置いたのだ。だけど、彼女はリドルだ。それもミスリードに過ぎない。答えを間違えさせるための。犯人を五反田さんだと僕らが認識すればそれでリドルはこの列車を食っていいことになる。

 僕は手近な物を掴み、脇目も振らず、駆けだした。


「はああああ」


 置時計を手に僕は五反田さんに殴りかかる。

 鬼野は血が上って何もわからなくなった僕に叫んだ。


「やめろ、リドルたちは……死を撒く人間だぞ!」


 僕の手にしていた置時計は粉々に吹き飛んだ。紙爆弾だ。五反田さんは三角に折った紙爆弾を両手に立っていた。

 僕の腕から黒い血が溢れた。鬼野は舌打ちした。


「クソ、一般人は巻き込まないって決めていたのにな。この俺の命懸けの戦いに。畜生!」


 鬼野は探偵服のスカートをめくった。太ももに隠していた警棒に手を伸ばす。


「列車が止まってから戦おうと思っていたが、どうやらそうもいかなくなったようだ。小磯、後で殴るから死ぬなよ!」


 僕は腕を押さえてしゃがみこむ。痛い。物凄く痛い。痛みでどうにかなりそうだ。


「鬼野、窓の外を見ろ!」


 殺伐とした風景が僕の絶望をかきたてる。深夜の特急は闇に呑みこまれようとしていた。

 トンネルだ。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。死なないで」


 アリスは半泣きで僕に寄りそう。彼女は気丈に振る舞っているが、もはや、自分でも何を言っているのかわかっていないだろう。

 僕は……脂汗を流した。このままでは……三人とも。紙爆弾で。


「鬼野……。どうするつもりだ……。ほかの乗客は……? みんなは!」


「お前、動くな。出血で死ぬぞ!」


 五反田さんは目を閉じている。


「小磯くんはもうお終いだな。冥土の土産に教えてやろう。美春さんは我々リドルが殺したんだ。彼女は私たちに近づきすぎた」


「……そうか……。やはり……あの男の……言う通りなのか?」


 盲目の王。ガルシア。謎解き機関の長。


「そして、リドルはここでも旅人を食らうだろう! 皆殺しだ」


 僕は怒りでどうにかなるかと思った。運命の旧敵がこんなに身近に存在しているなんて知らなかった。知り合いだったなんて知らなかった。

 五反田さんは鬼の形相で僕らを見た。


「旅人を食う……だから、この列車でなくてはならなかった。私たちの胃袋を満たすために。私たちリドルの空腹を満たすために」


「大仰な事だぜ。この列車に乗って正解だな」


 鬼野は僕を庇いながら下唇を舐めた。


「リドルの馬鹿者!」


 鬼野の突風のような蹴りを五反田さんはかわし、代わりに僕を突き飛ばした。

 よろけた鬼野は五反田さんを追いかけなかった。死にかけた僕の隣に立っていた。


「大丈夫か! 腐れ! 死相が出ていたのはてめえじゃねえか! 何やってんだ! 俺を置いて死ぬなよ! 小磯!」


 鬼野の両眼から涙が落ちる。僕は目を閉じた。


「そのセリフは……君と僕がもっと仲良くなってから言ってくれ……それより……アリスを頼む……」


「強がり言うなよ。来夢は! 俺たちは……人が死ぬのはもう嫌いなんだよ!」


 僕はふらふらしながら立ち上がった。それでも。手掛かりを得るために。僕は走った。美春を殺し、響鬼野さんを苦しめ……許せない。許すものか。


「リドルを……八つ裂きにしてやる」


 僕の過激さは、ちゃんと妹に受け継がれていた。僕は過激な人間なのだ。僕の生きた証はアリスの中に残っている。僕は身を捨てても、ここで事件を解決する。


「私はリドルの一人、五反田シオリ。小磯くん、そんなに動くと死ぬよ。私はリドルに入ってもう三年になる。この列車皆殺しというのは非常にスリリングだよ。愛されないと、人は暴力的になるんだよ。空疎になるんだ」


 僕は五反田シオリにアリスの持っていた演劇用のナイフを投げつけた。

 ナイフは粉々に砕け散る。五反田シオリの紙爆弾だ。

 僕は身体を前に突き出す。これが敵の攻撃。絶対防御と、絶対攻撃。


「私はな。生まれてきてよく意味が解らなかったんだよ。生きている意味とか人が死んでいく意味とか。どうせ死ぬなら、華々しい方がいいかと思ったんだよ、うまくいかないな。舞台の上で私は弾けられなかった。暗闇の中でこそ私は光る」


「それで爆弾かよ! 命はおもちゃじゃない!」


「よせ、小磯!」


 鬼野は僕の隣に追いついた。


「小磯、死ぬぞ!」


 鬼野は僕の右腕を握ってはっとした。

 そして腕を凝視した。気持ちの悪い物を見るような目で僕を見た。


「嘘だろ?」


 僕の腕はもう傷が治っていた。服だけが破れていた。

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