第二十八話 琥珀の判断
第二十八話 琥珀の判断
東北での事件から、三日が過ぎた。
放課後、四季狐大社を訪れた藍子たちは、いつもの稽古場ではなく、境内の裏手へ案内された。
木立に囲まれた広い場所には、何本もの白い杭が立てられている。杭の間には細い縄が張られ、東西南北の四つに区切られていた。
それぞれの区画には木偶や藁人形が置かれているものの、木々や板壁に遮られ、中央から全体を見渡すことはできない。
「今日は、ここで稽古ですか?」
「うむ。この前、お主が尋ねたことも、ここで確かめてもらう」
事件の翌日、藍子は玄斎に聞いていた。
出撃するか問われた時、何を確かめてから答えればよいのか。
玄斎は、相手の強さだけでなく、任される役目や使える道、退く条件も必要だと答えた。自分に何ができるかを伝えることも、同じくらい大切だと言われた。
「今日は、行く前に聞くことも考えるんですね」
「そうじゃ。現地へ着いてから分かったことは、琥珀へ伝えよ」
玄斎は中央に置かれた机へ地図を広げた。
四つの区画と、それらを結ぶ道が描かれている。杭や石畳などの目印もあったが、木偶や藁人形の位置までは記されていなかった。
琥珀が地図の前へ座る。
「座学?」
「お主は、ここで報告を受けて判断する」
「走らない?」
「藍子は走る」
琥珀が椅子へ深く座り直した。
「私だけですか?」
「琥珀の代わりに走らせるわけにはいかんじゃろう」
「それはそうですけど……」
玄斎は小型の通信具を二つ取り出し、一つを藍子へ、もう一つを琥珀へ渡した。
「藍子は中央から出発し、琥珀と相談して各区画へ向かう。木偶を怪異、色のついた布を巻いた藁人形を住民に見立てよ」
「全部の区画を回ればいいんですね」
「回ること自体が目的ではない。救助する相手と、続けられる範囲を考えるのじゃ」
玄斎が木偶の背中を示す。
「停止札へ薙刀の先を触れさせれば、その木偶は止まる。人形を傷つけず、外へ運ぶまでの道を作ってもらう」
「琥珀が、どこへ行くか決めるんですね」
「うむ。ただし、目の前の相手へどう対処するかは藍子が決めよ。ここから足運びまで指示するわけにはいかん」
「分かりました」
地図の脇へ、伏せた紙が数枚置かれた。
「琥珀には、何が起きているのか順番に報告が届く」
「全部、最初に見たら駄目?」
「駄目じゃ。実際の事件でも、必要な情報が初めから揃っておるとは限らん」
「藍子から聞くのは?」
「構わん。報告に足りぬことは尋ねよ。藍子も、見えたことを自分から伝えるのじゃ」
琥珀は通信具を耳へ当て、地図上の道を目で追った。
「玄斎様。木偶を止めたら、藁人形を区画の外へ運べばいいんですか?」
「基本はそれでよい。木偶に触れられた藁人形は、助けられなかったものとして扱う。結界が消えた時に区画内へ残っていた藁人形も、救助失敗じゃ」
「私が残っていたら?」
「そこで試行を止める。実際なら、助ける者まで妖気に呑まれることになるからの」
玄斎が区画の外へ続く道を指した。
「指示を待つ間にも危険が迫っておれば、自分で退いてよい。その時は、どこへ退くかを知らせよ」
「はい」
藍子は少し離れた出発地点へ向かった。
木立の中へ入ると、机に座る琥珀の姿はすぐに見えなくなる。耳元の通信具から、衣擦れと紙を動かす音だけが聞こえていた。
『藍子、聞こえる?』
「聞こえてるよ」
『そこに何がある?』
周囲を見渡す。
「道が四つ。木偶や藁人形は、ここからだと見えない」
『ん。待って』
ほどなく、最初の指示が届いた。
『東の区画。藁人形が二つ、木偶が一体。結界は、あと五分で消える』
「東だね。分かった」
薙刀を構え、木立の中を走り出した。
東の区画へ入ると、報告どおり二体の藁人形が並び、その前を木偶が動いている。木偶は藍子に気づくと、藁人形から離れて進路を変えた。
「木偶を確認。藁人形はまだ無事だよ」
『先に木偶を止めて』
「うん」
正面から近づき、振り下ろされた木の腕を薙刀の柄で受け流す。
側面へ回り、背中の停止札へ薙刀の先を触れさせた。木偶はその場で動かなくなった。
「止めたよ。これから二体を運ぶ」
『一体ずつ?』
「二体は持てないから、一体ずつになると思う」
最初の藁人形を抱えようとしたところで、新しい呼び出し音が聞こえた。
◇
机の前では、玄斎が二枚目の報告を表へ返していた。
西の区画で、結界の一部が破損。
完全に消えるまでの時間は不明。
取り残された藁人形は三体。
木偶の数は確認できていない。
琥珀が西側へ印を置こうとすると、続けて三枚目の紙が示された。
南の区画を調査していた奉術衆との連絡が途絶。
最後の報告では、複数の木偶が確認されている。
『琥珀、どうしたの?』
藁人形を抱えた藍子の声が届く。
東では、木偶を止められた。
西は結界が壊れかけている。南は、取り残された者がいるかどうかも分からない。
琥珀は通信具へ手を添えたまま、すぐには答えられなかった。
『東は、このまま運んでいい?』
「ん。二体とも外へ出して」
『ほかの区画は?』
「西と南でも異変が起きてる。まず東を終える」
『分かった』
地図の東側へ、二つの白い駒を置く。
やがて、一体目を外へ下ろしたと報告が届いた。藍子の駒を境界へ動かし、白い駒を一つ、その外へ移す。
『残る一体を運びに戻るね』
「ん」
通信具から、走る足音が聞こえていた。
玄斎が西の新しい報告を表へ返す。
結界が完全に消えるまで、三分ほど。
木偶は二体。
住民役の藁人形三体に、まだ被害は出ていない。
琥珀は西側へ赤い駒を二つ置いた。
「藍子、東が終わったら西へ向かって」
『南は?』
「まだ詳しいことが分からない。先に西」
『分かった』
ほどなく、南からの報告も届く。
負傷した奉術衆を示す黒い布の藁人形が一体。
住民役は二体。
確認できた木偶も二体だが、ほかに動くものがある可能性は否定できない。
「南、危ない」
「そうじゃな」
「西より先に行かせる?」
「決めるのはお主じゃ。必要なことがあれば、藍子にも確かめよ」
玄斎は答えを示さなかった。
東の結界が消えるまで、残り一分を告げる音が鳴る。
琥珀が通信をつなぐと、息を弾ませた声が返ってきた。
『二体目も外へ出したよ』
「藍子は大丈夫?」
『まだ走れる。次は西だよね?』
「ん。西へ行って」
藍子の駒が東から中央へ戻り、そのまま西の道へ移される。
南には負傷者がいる。
それでも、見つかっていない木偶がいるかもしれない場所へ藍子を向かわせることを、琥珀は選べなかった。
『西に着いた。木偶は二体、藁人形も三体ある』
「結界は?」
『杭の光が消えかけてる。それと、藁人形は奥にいる。東より運ぶ道が長いよ』
玄斎が残り時間を告げる。
「あと一分二十秒じゃ」
「先に木偶を止めて」
『分かった』
藍子の駒へ指を添える。
通信具から、木と木がぶつかる音がした。
『一体は私を追ってる。もう一体が藁人形へ向かった』
「間に入れる?」
『やってみる』
足音が速くなる。
「右へ回って。二体を同じ方向へ集めて」
『私の右? そっちへ動いたら、一体が藁人形へ抜けるよ』
琥珀の指が止まった。
地図には赤い駒が二つある。
だが、藍子のどちら側にいるのかまでは分からなかった。
「……藁人形へ行く方を止めて。動き方は任せる」
『分かった』
玄斎が南の報告を表へ返す。
結界は、あと一分半で消失。
負傷した奉術衆役も、二体の住民役も区画内に残されている。
「西が終わったら、南へ行かせる」
「何秒ほど残せる?」
玄斎の問いに、琥珀は答えられなかった。
西では二体とも動いている。三体の藁人形を運ぶ時間も、まだ聞いていなかった。
通信具から、藍子の短い息が聞こえる。
琥珀は西の白い駒を見つめた。
ここを途中で切り上げれば、三体を残すことになる。
最後まで伏せられていた紙が表へ返された。
北の区画から、木偶一体が移動を開始。
住民役の藁人形はない。
木偶は中央を抜け、西へ向かっている。
琥珀は北から西へ赤い駒を動かした。
「藍子、西の外側へ出て」
『でも、まだ一体も助けてないよ』
「木偶がもう一体来る。今の二体も止まってない」
『西の三体と、南は?』
「今は戻って」
一瞬の間を置いて、返事が届く。
『分かった。入口から外へ出る』
藍子の駒を西の入口へ動かす。
玄斎が木偶の移動を知らせる札を置いた。北から来た一体は、西の区画へ入っていた。
ほどなく、退避したという声と、短い音が重なった。
西の結界が消えた合図だった。
わずかに遅れて、南の結界も消える。
玄斎が手元の札を掲げると、すべての木偶が動きを止めた。
「訓練は終わりじゃ。藍子を中央へ戻せ」
「藍子、終わり。中央に戻って」
『……分かった』
しばらくして木立の奥から戻ってきた藍子は、薙刀を杖代わりにして息を整えていた。
「間に合わなかったね」
「藍子は悪くない」
「でも、西では一体も運べなかったし、南には行けなかった」
玄斎が地図の駒を整理する。
「助けられたのは東の二体。西と南の三体ずつは、救助失敗じゃ」
区画の外へ出た二つの白い駒が残された。
「まず、東を続けた判断は悪くない。木偶は止まり、運ぶ道も使えておった。最後に西から退かせたのも正しい」
琥珀が顔を上げる。
「じゃあ、西を選んだのが駄目?」
「西を選んだだけで、誤りとは言えん。確かめてほしいのは、そこで何人まで助けるつもりだったかじゃ」
「三人」
「木偶を二体止め、三人を運び出す時間は聞いたか?」
「……聞いてない」
玄斎が記録を二人の前へ置く。
「東では、二体目を取りに戻ってから外へ出すまで、四十秒ほどかかっておる。西では道がさらに長いと、藍子から報告があったな」
「はい」
「同じ四十秒で一人ずつ運べたとしても、三人で二分じゃ。着いた時点の一分二十秒では、木偶が止まっていても足りん」
琥珀は西の白い駒を見た。
「一人だけなら?」
「その可能性を確かめるために、配置や距離を聞く。先に木偶をすべて止めるのか、手前の一人を運ぶのか。それも変わるじゃろう」
「西が終わってから南へ行くつもりだった」
「じゃが、西を終える時刻を見込めておらんかった。急がせれば両方へ行ける、と考えるだけでは足りぬ」
藍子が呼吸を整えながら地図へ目を向ける。
「私も、三人とも運ぶつもりでした。無理そうだって、着いた時に言えばよかったですね」
「うむ。現地で分かったことは、お主からも伝えるのじゃ」
玄斎が二つの赤い駒を指した。
「二体の位置を聞かずに、右へ回れと告げたことも覚えておけ。ここから分からぬ足運びまで決めれば、かえって邪魔になる」
「藍子に言われて、やめた」
「確かめ直せたのはよい。守ってほしい相手と、止めたい進路を伝え、その場の動きは任せることも必要じゃ」
琥珀が小さく頷く。
「でも、全部は助けられなかった」
「今回、全員を救える道があったとは限らん。結果だけで責めておるのではないぞ」
玄斎は、南へ移すことのできなかった駒を片づけた。
「何人を救うか見込み、どこまで続けるかを決める。その判断に必要なことを、次は確かめてもらう」
琥珀の視線が藍子へ向いた。
「藍子が危ない時は、退かせていい?」
「無論じゃ。助ける側が戻れなくなれば、その先の救助もできん。危険の有無だけでなく、どこまでなら引き受けられるかを調べるのじゃ」
藍子が隣へ座る。
「私に見えるものは、私も伝えるね」
「ん」
「琥珀が判断する訓練でも、一人で全部決めなくていいよ」
琥珀は地図から顔を上げた。
玄斎が新しい紙を広げる。
「まずは十分休め。呼吸が戻ってから、配置を変えてもう一度じゃ」
「もう一回?」
「うむ。今度は、藍子へ聞いてから決めるところを確かめよう」
◇
休憩のあと、藍子は中央の出発地点へ戻った。
琥珀が通信具を構えると、玄斎が最初の報告を表へ返す。
北の区画に取り残されている住民役は四体。
確認できた木偶は一体だが、奥にも何かが動いているらしい。
結界が消えるまで、二分半。
続いて示された東の区画には、藁人形が一体、木偶も一体。結界はあと二分しか保たない。
『琥珀、北の入口が見えるよ』
藍子の声が届く。
「木偶は?」
『一体は見える。奥は木が邪魔で分からない』
「ほかに動くものは?」
『今のところ見えない。入口から手前の藁人形までは、何もいないよ』
琥珀は北に置いた四つの白い駒を見る。
その奥には、まだ見つかっていない木偶がいるかもしれない。
「藍子、東へ行って」
『北じゃなくて?』
「北は、木偶の数が分からない。東なら一体」
わずかな間を置いて、返事が届く。
『分かった』
藍子の駒を東側へ動かす。
北の四つの駒は、そのまま残した。
『東に着いた。木偶を確認したよ』
「藁人形は?」
『木偶の後ろ。まだ無事』
「止められる?」
『一体なら大丈夫』
「なら、お願い」
通信具から、木の腕を受け流す音が聞こえた。
ほどなく、停止札へ触れたと報告が届く。
「結界は、あと一分」
『藁人形を運ぶね』
玄斎が新たな報告を表へ返した。
南の区画から木偶が一体、東へ向かって移動している。
琥珀は赤い駒を地図へ置く。
「藍子、南から木偶が来る」
『どのくらい?』
「そこまでは分からない」
『……見えた。南の道にいる』
「藁人形を置いて退いて」
『待って。まだ距離がある。このまま外まで運べると思う』
琥珀は通信具を握った。
さっきは、急げば間に合うと考えた。
藍子の「運べる」も、それだけでは分からない。
「木偶は、どこ?」
『赤い杭の手前。杭までは、あと五歩くらい』
「藍子が外へ出るまでは?」
『あと十歩くらい。木偶の方が遠いよ』
地図の赤い目印を探す。
南の道と、藍子が退く道は別だった。赤い杭を越えると、木偶は東の出口へ曲がれる。
「木偶が赤い杭を越えたら、藁人形を置いて、自分だけ外へ出て」
『越えなかったら?』
「そのまま運んで。木偶が速くなったら、その前でも退いて」
『分かった』
白い駒を境界へ近づける。
『木偶は、まだ杭の手前』
「外までは?」
『あと五歩』
琥珀は声を待った。
『出た。藁人形も一緒』
「そのまま離れて」
『うん。木偶は杭を越えた。まだ追ってくる』
「人形を下ろして、距離を取って」
『分かった』
藍子の駒を区画から離す。
ほどなく、甲高い音が境内へ響いた。
北の結界が消えた合図だった。
玄斎が札を掲げ、木偶を止める。
「そこまでじゃ」
東の白い駒は、区画の外にある。
北に並んだ四つの駒は、最初の場所から動いていなかった。
◇
戻ってきた藍子は、地図の北側を見た。
「東は助けられたけど、北は全員残っちゃったね」
「ん」
「琥珀。東を選んだ理由は?」
玄斎が尋ねる。
「木偶が一体と分かっていたから。北へ行ったら、藍子が囲まれるかもしれなかった」
「確実に一人を救うため、状況の分かっておる場所を選ぶ。それも一つの判断じゃ」
「なら、東でよかった?」
「東を選んだことは否定せん。じゃが、北を候補から外す前に、もう少し確かめられたことはないか?」
琥珀が北の入口へ指を置く。
「手前の藁人形までは、何もいなかった」
「うむ」
「そこまでの距離と、戻る道を聞けた」
「そうじゃ。四人全員を救う案と、一人だけ運ぶ案では、必要な時間も危険も違う。
比べたうえで東を選ぶなら、理由もはっきりする」
藍子が頷く。
「私も、何歩くらいで着けそうか伝えればよかったね」
「でも、奥の木偶が動いたら?」
「そこで退けるかを先に調べる。南から木偶が来た時、お主はそれを確かめたな」
「赤い杭と、藍子の位置を聞いた」
「その報告で、最初の撤退指示を変えられた。そこはよかったぞ」
琥珀は東の白い駒へ目を向けた。
「藍子が、あと少しって言ったから」
「歩数も聞いておったじゃろう」
「ん。でも、藍子は無理でも『あと少し』と言う」
「……それは否定しにくいけど」
「困る」
藍子が少し肩を落とす。
「じゃあ、これからは木偶の位置と、自分が残り何歩なのか言う。
それでも無理そうなら、無理って伝えるよ」
「それなら分かる」
玄斎が駒を箱へ戻した。
「少し休んだら、最後に短い試行をする。今度は、出発前に救助する範囲を決めてもらう」
「今度は、もう少し早く終わらせる」
「早く終えることが目標ではないぞ」
「でも、藍子が走らなくて済む」
「助けに行く分は走るよ」
琥珀は答えず、白い駒を一つ手に取った。
◇
呼吸と疲れの具合を確かめてから、藍子は再び中央へ戻った。
玄斎が示したのは、西の区画だった。
藁人形は三体。そのうち一体は入口の近くにあり、残る二体のそばには木偶が一体いる。
結界が消えるまで、二分。
琥珀は通信具を口元へ寄せた。
「藍子。手前の藁人形までは、何かいる?」
『いない。まっすぐ行ける』
「一体を外まで運ぶのに、どれくらい?」
『ここから行って戻るまで、四十秒くらいだと思う』
「同じ道を戻れる?」
『今なら。でも、奥の木偶が動いたら塞がれるかもしれない』
「ほかに抜けられる場所は?」
『北側に隙間がある。私だけなら通れそう』
琥珀は地図の細い道を確かめた。
「一番手前の一体をお願い。木偶が動いたら、すぐに教えて」
『分かった』
藍子の駒を西へ動かす。
ほどなく、人形を抱えて戻り始めたと報告が届いた。
『木偶が動いた。入口へ向かってる』
「道の途中の石畳までは?」
『あと四歩。私は入口まで、あと六歩』
石畳を越えれば、木偶は入口への道を塞げる。
「木偶が石畳を越えたら、人形を置いて北側へ。そこからは戻らないで」
『分かった』
足音が続く。
琥珀は白い駒へ指を添えたまま待った。
『外まで運んだ。木偶も石畳を越えたよ』
白い駒を区画の外へ移す。
「そのまま離れて」
『うん。でも、まだ少し時間がある。奥の二体は?』
赤い駒は、入口へ続く道にあった。
奥へ戻れば、まず木偶を止める必要がある。そのあとに二体を運ぶ時間は残っていなかった。
「戻らないで。道を塞がれた。二体を運ぶ時間もない」
短い沈黙のあと、返事が届く。
『分かった』
それから間もなく、結界の消失を知らせる音が鳴った。
玄斎が木偶を止め、試行の終了を告げる。
戻ってきた藍子が、地図の外へ移された白い駒を見た。
「今度は、どうでしたか?」
「悪くない」
玄斎は琥珀へ顔を向ける。
「残る二人を諦めた理由は?」
「木偶が道を塞いでいた。止めてから二人を運ぶには、時間が足りない」
「藍子が戻ろうとした時も、伝えられたな」
「ん。行かないでと言った」
玄斎が頷いた。
琥珀は救助した一つの駒と、西に残った二つを見比べる。
「次は、この二人も助けたい」
「うん。そのための道を一緒に探そう」
藍子が地図へ手を添えた。
琥珀も入口と北側の道を見直した。今度は、どちらを使えばよいか、すぐには決めなかった。




