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神機巫女 -SHIKITSUNE-  作者: レイン
第三節 知ったうえで、まだ選べない

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第二十七話 届かない場所

第二十七話 届かない場所


 稽古を終えた藍子が薙刀を片づけていると、社務所から短い呼び出し音が鳴った。


 縁側にいた玄斎が顔を上げる。


 音は一度止まり、間を置かずにもう一度響いた。


「玄爺」


「分かっておる」


 玄斎は立ち上がり、足早に社務所へ入っていく。


 いつもの連絡なら、近くにいる奉術衆が応じる。

 玄斎本人を呼ぶ時だけ、同じ音が二度鳴ることになっていた。


 藍子は薙刀を置き、琥珀と顔を見合わせた。


「何かあったのかな」


「多分」


 ほどなく、境内にいた奉術衆も社務所へ呼ばれた。


 稽古に使った木偶や木杭は、その場に残されている。

 藍子たちは片づける手を止め、縁側の前で待った。


 社務所の中から、押し殺した声が聞こえてくる。


「……現地の小隊は?」


「すでに向かっています。警察を通じて、住民の避難誘導も始めています」


「妖殻化の兆候は」


「まだ確認されていません。ただ、妖気の上昇が止まりません」


 聞き取れたのは、それだけだった。


 琥珀が玄関へ近づく。


「入っていい?」


 中にいた奉術衆の一人が、玄斎へ目を向けた。


「構わん。二人にも関係のない話ではない」


 許可を得て、藍子たちは社務所へ入った。


 机の上には地図が広げられている。

 示されていたのは、この町から遠く離れた東北地方の山あいだった。


 地図の脇に置かれた通信具から、現地の声が途切れながら届いている。


『対象は……旧道付近を移動中。低位の魑魅魍魎が複数……』


 雑音が混じり、声が遠のく。


「聞こえますか。現地班、応答してください」


 奉術衆が呼びかけると、しばらくして通信が戻った。


『聞こえている。先行した陰陽連盟の小隊と合流した。住民の避難を優先する』


「怪異の数は?」


『確認できたのは七体。ただし、妖気が一か所へ集まり始めている。調整池で起きた融合と似た反応だ』


 藍子は地図へ目を落とした。


 調整池では、複数の魑魅魍魎が地下から妖気を与えられ、一つの巨体へ融合した。


 同じことが起きれば、現地の術者だけでは抑えられないかもしれない。


『これより旧道を封鎖する。次の連絡は十分後――』


 激しい雑音が走り、通信が切れた。


「現地班?」


 呼びかけても応答はない。


 奉術衆は別の通信経路を開き、陰陽連盟の管轄支部へ確認を始めた。


 藍子は通信具を見つめる。


「今の人たち、大丈夫なんですか?」


「分からん」


 玄斎は地図から目を離さなかった。


「山中では通信が途切れることもある。これだけで何か起きたとは決められぬ」


「でも、妖気が集まっているって……」


「近隣の支部からも、増援が向かっておる。まずは、そちらの連絡を確かめる」


 玄斎の声は落ち着いていた。


 だが、社務所の中で動く者たちの表情に余裕はない。

 管轄支部から届く情報をもとに、現地までの道や周辺の集落が確かめられていく。


 地図を確認していた奉術衆の一人が、玄斎へ声をかける。


「現地では《朧》の招来に備え、神機陣の構築が始まっています。

 完成後、現地指揮の許可が得られれば、四季狐大社の母陣との接続も可能です」


「陰陽連盟から、《徒桜》の出撃要請は?」


「まだありません」


 《徒桜》の名を聞き、藍子の胸が強張った。


 今すぐ乗れと言われたわけではない。それでも、現地の小隊で抑えられなければ、自分にも話が及ぶかもしれなかった。


「要請が来るまで、ここで待つんですか?」


「今はな」


「通信もつながらないのに?」


「何が起きておるかも分からぬまま送り込めば、現地の動きを乱すことにもなりかねん」


 再び通信具が鳴り、奉術衆が応答する。


 届いたのは現地からではなく、陰陽連盟の管轄支部からだった。


『四季狐大社へ。現在、現地部隊が状況を確認中です。

 神機の出撃については、必要と判断した時点で正式に要請します』


「承知しました。こちらも連絡を受けられるよう待機します」


 奉術衆が返答し、通信を終える。


 藍子は地図につけられた印を見つめた。


 ここから遠く離れた山の中で、誰かが怪異と向き合っている。

 最後に聞こえた声の主が、今どこにいるのかも分からなかった。


 現地との通信が途絶えてから、十分が過ぎた。


 次の連絡が来るはずだった時刻を迎えても、応答はなかった。


 藍子と琥珀は社務所の隅に座り、奉術衆が各所と連絡を取り合う様子を見守っている。


「管轄支部から連絡です。神機陣の完成まで、早くてもあと三十分ほど。

 積雪と地面の凍結で、構築が遅れています。《朧》一機が母陣で待機しているそうです」


 玄斎は地図へ視線を落とした。


 赤い印が怪異の確認地点、その周囲に置かれた白い駒が陰陽連盟と奉術衆の位置を示している。


 山あいの集落へ通じる道は一本しかない。最後の報告では、現地の小隊は住民を逃がすため、その道と怪異の間に残っていた。


「三十分……」


 藍子が呟く。


 ここで待っているだけでも長く感じる。

 怪異を前にした者たちにとって、その時間がどれほどのものなのかは想像できなかった。


 机の反対側では、奉術衆の一人が四季狐大社の母陣との接続手順を確認していた。


「こちらも、母陣を待機状態へ移しますか?」


「うむ。担当者を揃え、点検まで進めよ。接続は要請を受けてからじゃ」


「承知しました」


 一人が社務所を出ていく。


 隣に座っていた琥珀が、地図を指さした。


「この位置、もう古い」


「怪異の位置か?」


 玄斎の問いに、琥珀が頷いた。


「最後に分かったのは、通信が切れる前。今もここにいるとは限らない」


「うむ。小隊や住民の位置も変わっておるじゃろう」


「《徒桜》が着いても、どこへ行けばいいか分からない」


「そのとおりじゃ」


 玄斎は、赤い印の脇へ最後の報告時刻を書き添えた。


「どこへ招来し、怪異をどの方向へ抑えるか。現地で動く者たちと合わせねばならん。

 要請が来たとしても、役目と動く範囲を確かめてからじゃ」


 藍子は白い駒を見る。


 その一つの先へ《徒桜》が立てば、道を塞いでしまうかもしれない。

 自分には、その道を誰が使っているのかも分からなかった。


「今、ほかにできることは?」


「奉術衆が、現地周辺で採取された妖気の記録を取り寄せておる。

 調整池で回収したものと比べ、強化の仕組みに共通するところがないか調べるのじゃ」


 玄斎が、机の端に積まれた記録を示す。


「分かったことがあれば、連盟へ伝える。今すぐの救援とは別じゃが、調査も止めるわけにはいかん」


 奉術衆の一人が資料を開き、別の者が管轄支部へ採取地点を尋ねていた。


 藍子は、その手元から地図へ目を戻した。


 通信具に雑音が走ったのは、その時だった。


「現地班、聞こえますか」


 奉術衆が身を乗り出す。


 何かが砕ける音と、途切れた声が届いた。


『……旧道より後退……七体のうち、四体が……』


「もう一度お願いします。四体がどうしました?」


『妖気が……一つに集まっている。妖殻化が始まった』


 社務所の空気が張り詰めた。


『これより後退する。連絡は管轄支部へ――』


 声が雑音に埋もれる。


 玄斎は陰陽連盟へ回線をつなぐよう命じた。


 藍子は地図につけられた赤い印を見つめ、膝の上で両手を握った。


 妖殻化の報告から、さらに十五分ほどが過ぎた。


「管轄支部から、状況の更新です」


 奉術衆が通信具の音量を上げる。


『四体の融合を確認しました。妖気量から見て、魑魅魍魎級の妖殻化個体と推定されます。

 隣接支部から向かった増援小隊も、先ほど現地班と合流しました』


「神機陣の完成まで、あとどれほどじゃ」


『十五分ほどです。《朧》一機を母陣で待機させています』


「住民の避難は?」


『完了しています。ただ、最後まで避難誘導に当たっていた者たちが、まだ旧道から戻っていません』


 玄斎が位置を尋ねると、最後に確認された地点が告げられた。

 奉術衆が白い駒を動かし、脇へ時刻を書き込む。


「待機中の《朧》で、対処できる見込みか?」


『はい。確認された規模であれば、一機で対処可能と判断しています。

 《徒桜》への支援要請はありません』


「承知した。こちらも連絡を待つ」


 通信が終わる。


 藍子は、自分の肩からわずかに力が抜けたことに気づいた。


 現地へ《朧》が送られる。


 《徒桜》は必要ない。


 それを聞いて、安心していた。


「藍子」


 隣から呼ばれ、顔を上げる。


「なに?」


「少し、ほっとした?」


 琥珀には気づかれていた。


「……うん」


 藍子は地図へ目を戻した。


「《朧》で対処できるって分かったから。それに――」


 一度、言葉を止める。


「私が乗らなくていいって聞いて、安心したんだと思う」


「ん」


「現地では、まだ誰かが怪異を止めてるのにね」


「藍子は、乗るって決めてない」


「分かってる。でも、《徒桜》を送れるって聞くと、私も行かなきゃいけないのかなって……」


「送れることと、藍子が行くことは別」


 琥珀はそれ以上、何も言わなかった。


 やがて、奉術衆が管轄支部から届いた新しい回線を開いた。


「現地指揮の連絡です。こちらでも聞けます」


 通信具から、先ほどとは別の声が流れ始める。


『先行小隊の最後尾三名と合流した。負傷者一名、歩行が難しい。二人で支えている』


『搬送経路は確保できているか』


 管轄支部の問いに、現地から返答が届く。


『確保している。ただ、融合体が旧道を上がってきている。このままでは追いつかれる』


 別の声が割り込んだ。


『増援小隊が残って足止めする。先行小隊は負傷者を連れて後退を続けろ』


『しかし、そちらだけでは――』


『神機陣まで引きつけるわけにはいかない。急げ』


 通信の向こうで、誰かが術式を唱えた。


 乾いた破裂音が続く。


『増援小隊、結界を展開した。後退しながら距離を取る。神機陣はまだか』


『完成まであと十分ほど。神機陣から離れた旧道の広い場所へ、融合体を誘導してください』


『了解した』


 藍子は、旧道に置かれた三人分の駒を見る。


 負傷者を支えながら、どれほどの速さで進めるのだろう。

 近づく怪異から、そのまま逃げ切れるのだろうか。


「玄斎様」


「なんじゃ」


「私たちに、できることはないんですか?」


「今、お主らへ頼めることはない」


 玄斎は短く答えた。


「必要なことが生まれた時は、わしから伝える。今は現地の連絡を聞こう」


「……はい」


 誰かが怪異との距離を告げ、別の誰かが負傷者を励ましている。


 藍子は口を閉じた。


『融合体、結界まで五十メートル!』


 声が強まる。


『前列は下がれ! 二列目が術式を引き継ぐ!』


『負傷者を旧道の外へ搬出しました。付き添いの二名も無事です』


 その報告を聞き、藍子は詰めていた息を吐いた。


 玄斎が奉術衆へ目を向ける。


「融合に加わらなかった三体の対処状況も、確認してくれ」


 奉術衆が支部へ問い合わせると、ほどなく返答があった。


『三体は先行小隊が祓いました。残っているのは妖殻化個体だけです』


 七体のうち、まだ対処できていないのは、融合した四体だった。


『前方の結界、破損!』


『後退しながら次を張れ。東側へ抜くな!』


 通信の向こうで破裂音が響く。


 藍子は机の端へ手を置いた。


 先ほどから、報告される距離が短くなっている。

 術者たちがどこまで押されているのか、地図の線だけでは分からなかった。


「神機陣、構築完了!」


 現地とは別の回線から報告が入る。


『陰陽連盟の母陣との接続を開始します。招来まで十五分を見込んでください』


「母陣では、もう待っているんですよね?」


 藍子が尋ねる。


「機体と担当者の準備は済んでおる。

 じゃが、現地の陣が完成してから経路を結び、機体を送るまでにも時間が要る」


 玄斎が答える間に、管轄支部からも現地へ連絡が入った。


『現地指揮へ。招来まで十五分。防護線を維持できますか』


『一か所では持たない。旧道に沿って後退し、順に張り替える』


『了解。神機陣の防衛班と連携してください』


 地図上に、後退する方向を示す線が引かれた。


 現地指揮から各班へ、移動先と受け持つ場所が告げられていく。


『前方の札を回収するな。次の防護線まで下がれ』


『第二班、展開完了。こちらへ引き継げます』


 近づいた破裂音が、少し遠のいた。


 だが、数分もすると、再び短い警告が続いた。


『左側に亀裂!』


『そこは放棄する。全員、次の位置へ!』


 駆ける足音が重なり、術式を唱える声が止まった。


『最後尾も通過。全員、次の防護線へ入りました』


『確認した。前方を閉じる』


 再び術式の声が響く。


 藍子は時計へ目を向けた。


 まだ半分も過ぎていなかった。


 やがて、獣の唸り声に似た音が通信具から響いた。


 低く震える声だけで、身体が強張る。調整池で相対した融合体の姿が、脳裏によみがえった。


『融合体が東へ逸れる! 神機陣の方向だ!』


『右側から進路を塞げ。倒そうとするな、旧道へ戻せ!』


 術式の音が幾重にも重なる。


 奉術衆が、現地指揮から届いた位置を地図へ書き込んだ。

 融合体を示す印が、神機陣の方へ近づいていた。


『招来まで、あと三分!』


『次の結界を展開する。右側を補ってくれ!』


 返答とともに、何かが激しく砕ける音がした。


 藍子は通信具を見つめた。


『接続経路、形成完了まで六十秒!』


『結界の右半分が崩れた!』


『次を張る場所がない。後ろは神機陣です!』


『後衛は陣の防護へ合流。前衛は道の両側へ分かれ、進路を挟め!』


 途切れずに聞こえていた指示が、一瞬、雑音に埋もれた。


『三十秒!』


 短い返答が重なる。


『十秒前。招来地点を空けろ!』


 読み上げられる数が減っていく。


『三、二、一――接続完了!』


 通信具の向こうで、空気を打つような低い音が響いた。


『《朧》を招来します!』


 続いて聞こえたのは、重い機体が地面へ降り立つ轟音だった。


『陰陽連盟所属《朧》、現地へ到着。融合体の迎撃を開始します』


『地上班は戦闘区域から離脱! 負傷者の確認を優先しろ!』


 術者たちの返答が重なる。


 そこへ金属が激しくぶつかる音が割り込んだ。


『《朧》へ引き継ぎます。地上班、退避中。次の報告は退避後に――』


 通信が終わった。


「回線は?」


 玄斎が尋ねる。


「支部とはつながっています。現地班は退避を優先するとのことです」


「うむ。こちらからの呼びかけは控えよ」


 《朧》は間に合った。


 だが、術者たちが安全な場所まで離れられたかは、まだ分からなかった。


 通信具からは、もう戦闘の音も聞こえない。


 藍子は椅子に座り直し、次の報告を待った。


     ◇


 結果が届いたのは、それから二十分ほど後だった。


『融合体の妖殻破壊を確認。分離した四体も、地上班がすべて祓いました』


 誰かが長く息を吐き、張り詰めていた社務所の空気が緩んだ。


 管轄支部の担当者が、現地指揮へ確認を続ける。


『人員と機体の損害を報告してください』


『術者の負傷は、先に搬送した一名です。新たな負傷者はありません。

 《朧》は左腕部に軽度の損傷がありますが、自力での帰還が可能です。死者はありません』


『住民への被害は?』


『避難は完了しています。被害は確認されていません』


 玄斎が静かに頷いた。


 奉術衆は報告を記録し、支部との連絡を続けている。


「終わったんですね」


「うむ」


「みんな、戻れるんですよね?」


「負傷した者も含めてな」


 藍子は強く握っていた両手を開いた。


 掌には爪の跡が残っている。


 いつから、こんなに力を込めていたのだろう。


「よかった……」


 手を膝へ下ろした。


 現地からの報告が終わっても、奉術衆の動きは止まらなかった。


 負傷者の状態や《朧》の損傷、祓われた怪異の数が記録され、地図上の印も一つずつ改められていく。


 確認を終えた者が、管轄支部からの連絡を伝えた。


「旧道周辺に新たな怪異反応はありません。

 住民の帰宅については、明朝の再調査を待って判断するとのことです」


「現地の奉術衆は?」


「全員無事です。連盟の部隊とともに、周囲を確認しています」


「では、こちらの指示を伝えよ。採取は現地指揮と調整し、今夜は安全に確かめられる範囲に留める。

 負傷者の搬送を妨げぬようにな」


「承知しました」


 玄斎が地図を畳む。


 藍子は立ち上がろうとしたものの、聞いておきたいことがあり、その場に残った。


「玄斎様」


「なんじゃ」


「もし、《朧》だけでは抑えられなかったら……私に《徒桜》へ乗るか聞きましたか?」


「その可能性はあった」


 玄斎は否定しなかった。


「現地から支援を求められ、《徒桜》が必要だと判断すれば、お主へ状況を説明しておった。

 そのうえで、乗るかどうかを尋ねたじゃろう」


「私は、答えられなかったと思います」


「ならば出さん」


「でも、その間にも現地の人たちは――」


「答えを出せぬ者を急かして戦場へ送ったところで、状況がよくなるとは限らん」


 玄斎は畳んだ地図の上へ手を置いた。


「必要な戦力を揃え、間に合うよう備えることは、わしらが考える。

 お主一人の返事に、すべてを預けるつもりはない」


 藍子は、閉じられた地図を見た。


 待機していた《朧》。

 住民を逃がした小隊。

 負傷者を運ぶ者と、後ろへ残った者。


 自分が乗らなくても、その人たちは動いていた。


「……はい」


「今日はもう帰れ。お主の母には、遅くなると伝えてある」


「ありがとうございます」


 琥珀も立ち上がり、二人は社務所を出た。


     ◇


 境内を出るころには、辺りはすっかり暗くなっていた。


 積もった雪が参道の明かりを反射し、石段の端を白く浮かび上がらせている。


「藍子」


「なに?」


「まだ考えてる」


「顔に出てた?」


「ん」


 足元を確かめながら、石段を下りた。


「もし次に、本当に《徒桜》が必要だって言われたら、私はどうするのかな」


「分からない?」


「……分からない」


 琥珀は急かさず、その隣を歩き続けた。


「今日みたいに、考える時間があるとは限らないよね」


「ん」


「乗るかって聞かれたら、怖いかどうかばかり考えそう。でも、それだけじゃ決められないんだよね」


 社務所で見た地図を思い返す。


 怪異の印だけでは足りなかった。

 そこへ行き、何をするのか。誰と動き、どこまでを受け持つのか。


「何を確かめればいいのかも、覚えておきたい」


「玄爺に聞く?」


「うん。次の稽古で」


 それが分かれば、迷わず乗れるのだろうか。


 そこまでは、まだ答えられなかった。


 藍子は隣を歩く琥珀を見る。


「今日、乗らなくていいって聞いて安心したことは、忘れたくないんだ」


「ん」


「助かってほしいと思ってたのも、本当だから」


 琥珀が小さく頷いた。


 二人は並んだまま、雪の残る石段を下りていった。





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