↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神機巫女 -SHIKITSUNE-  作者: レイン
第二節 青龍の巫女候補

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/44

第二十三話 途切れた間隔

第二十三話 途切れた間隔


 翌日の放課後。


 三体の木偶が動き始めると、藍子は社殿側へ向かった。


「社殿側を止める。琥珀、手水舎側をお願い!」

「ん。石灯籠側も見てる」


 一体目へ薙刀の柄を添え、進む力を横へ流す。

 その間に、琥珀の札が手水舎側の木偶を遅らせた。


「手水舎側、効いてる。石灯籠側が近い」

「そっちへ行く!」


 柱の前へ戻り、木偶の側面へ回る。

 白い布へ触れる前に向きを変え、外側へそらした。


「そこまでじゃ」


 玄斎が操作札を下ろす。

 三体が止まった。


 琥珀の手には、丸印のある札が残っている。


「使わずに済んだね」

「ん。残せた」

「必要になれば使う、ということも忘れるでないぞ」


 二人が頷くと、玄斎は奉術衆へ道具の片づけを頼んだ。


「今日は終わりですか?」

「動く稽古はな。このあと、観測の様子を見てもらう」


 懐中時計を確かめる。


「次の波が来る見込みの時間帯まで、あと十分ほどじゃ。片づけたら社務所へ来い」


     ◇


 社務所の机には、観測記録と時計が置かれていた。


 壁の札は、地下水路に設置した観測札とつながっている。

 現地で妖気を捉えると、こちらにも反応が現れる仕組みだった。


 藍子と琥珀は並んで座る。

 玄斎と二人の奉術衆も、記録を確かめていた。


「平均なら、あと一分」


 琥珀が時計を見る。


「一分後に来るんだね」

「その前も、あとも見る」


 机の紙を指した。

 次の反応が見込まれる時間帯に、幅を持たせた印がある。


「間隔は毎回同じではない。時刻を決め打ちしておれば、早い波も遅い波も見落とすからの」


 玄斎が言った。


 琥珀が時刻を比べ、約二十四分の間隔に気づいてから、各地点の観測が続けられている。

 その後も多少のばらつきはあったが、対応する反応は繰り返し記録されていた。


 藍子は壁の札を見る。

 白いままだった。


「何秒たった?」

「十八秒」

「まだ、それだけ?」

「ん」


 琥珀は時計へ目を戻す。


 平均から見込んだ時刻を過ぎた。

 札は変わらない。


 藍子が口を開きかけると、玄斎が先に言った。


「まだ、これまでの幅の中じゃ」


 座り直す。


 秒針が進む。

 奉術衆の一人が、現地へ連絡を取った。


「地下の札にも反応はありません。破損や術式の乱れはないとのことです」

「東側は?」

「そちらも反応なしです」


 やがて、これまで最も間隔が長かった記録を越えた。


 琥珀が紙へ線を引く。


「今までより遅い」

「うむ。ほかの地点も確かめよう」


 奉術衆が順に連絡する。

 どの地点にも、予測していた波は来ていなかった。


「止まったのかな」


 藍子がつぶやく。


「ここで反応しておらぬことまでは分かる。じゃが、それだけで流れ全体が止まったとは言えん」


 玄斎は記録を机へ置いた。


「次に来る見込みの時間帯も調べる。遅れて来たなら、その時刻から比べ直すのじゃ」

「ずっと見てる?」

「うむ。予測した時だけではないぞ」


 琥珀が頷き、予定と実際の反応を別の欄へ書き込む。


 次の波が来るはずだった時間帯も過ぎた。


 札は、一度も変色しなかった。

 現地の観測も同じだった。


「二回分の反応を確認できません。ほかの観測点にも、対応する波はありません」


 玄斎が過去の記録を広げる。

 途切れず並んでいた印の先に、空白ができていた。


「異変が収まったんでしょうか」

「そうであればよいが、今はまだ分からん」


 琥珀は壁の札を見ていた。


「通る場所が変わったら?」

「別の場所へ流れているってこと?」

「ん。ここの札には触れない」


 藍子も白い札へ目を向ける。


 妖気が流れなくなった。

 それとも、測っている場所を通らなくなった。


 同じ白からは、どちらとも分からなかった。


 玄斎が奉術衆へ向き直る。


「観測は続ける。同時に、最後の波が通った場所と、その周囲を調べ直すのじゃ」


     ◇


 それから三日たっても、対応する波は戻らなかった。


 観測していた水路や大社周辺に、新しい反応はない。

 近隣の怪異の出現報告も減っていた。


 朝のテレビでは、年末の催しが紹介されている。


 藍子が居間へ入ると、琥珀はこたつに入っていた。


「おはよう」

「ん」

「今日はちゃんと起きてるね」

「起きてた」

「布団は畳んだ?」

「まだ」

「起きてから、何してたの?」

「こたつに移動した」

「場所が変わっただけだよね?」


 琥珀は否定せず、こたつへ顎を乗せた。


 母が朝食を運んでくる。

 焼き魚と卵焼き、湯気の立つ味噌汁が並ぶと、ようやく身体を起こした。


「大社から連絡は来てない?」


 藍子が尋ねる。


「今朝も、新しい反応はなかったそうよ」

「この辺りの怪異も?」

「確認されていないわ。ただ、調査は続いているから、学校の帰りに知らない場所へ寄ったり、山道へ入ったりしないでね」

「分かってます」

「藍子は行かない」


 琥珀が味噌汁を飲みながら言う。


「琥珀もだよ」

「私は藍子と一緒」

「私が行かなければ大丈夫、って意味じゃないからね?」

「ん」


 テレビの話題が、週末の寒波へ変わった。


「雪、降るかな」

「積もる?」

「この辺りは、まだ分からないんじゃない?」

「積もったら、学校が休みになる」

「期待するのは早いよ」

「休みになったら、雪でプリンを冷やす」

「冷蔵庫を使って」

「外の方が冷たい」

「誰かに持っていかれるよ」

「玄爺?」

「玄斎様を何だと思ってるの……」


 母が小さく笑う。

 琥珀は魚へ箸を伸ばした。


     ◇


 学校では、冬休みの課題が配られ始めていた。


 琥珀の机の端へ、紙が積み重なる。


「これ、休み中に全部やるんだよ」

「多い」

「まだ増えると思う」

「藍子が二人分やる?」

「やらないよ」

「半分」

「自分の分は自分でやろうね」


 課題の束が鞄へ入る。

 納得した顔ではなかった。


 放課後、いつもどおり大社へ向かう。


 河川敷へ通じる道の一つは、まだ工事中だった。

 けれど、新しく張られた規制線や、慌ただしく走る車は見かけない。


 石段を上ると、縁側には木箱が積まれていた。

 注連縄と白い紙垂が、まとめて置かれている。


「今日は、お正月の準備ですか?」

「うむ。先に済ませられるところを進めておきたいのでな」


 玄斎は脚立へ上り、社務所の入口に注連縄を掛けようとしていた。

 今は幼い少女の姿で、伸ばした手が留め具まで届いていない。


「代わりましょうか?」

「届いておる」

「縄が留め具の下にありますよ」

「今から持ち上げるところじゃ」


 背伸びをした足元で、脚立が揺れる。


 藍子は慌てて支えた。


「やっぱり私がやります」

「わし一人でもできる」

「落ちたら危ないですから」

「子供扱いするでない」

「今の姿では、無理に伸ばす方が危ないです」


 不満そうな顔が向いた。

 それでも、玄斎は降りてくれた。


 代わって上り、縄を受け取る。


「琥珀、その箱は社務所の中へ運んで」

「重い」

「持ち上げる前から言わないで」

「藍子が持った方が早い」

「私は脚立の上だよ」

「玄爺」

「わしに渡すでない」


 琥珀は箱と玄斎を見比べた。

 諦めたように、両手で抱える。


 幅のある箱で、前が見えなくなった。


「右に柱があるよ。少し左」

「こっち?」

「それは右」

「見えない」

「一度下ろそう。持ち方を変えた方がいいね」


 箱が縁側へ戻された。

 玄斎が片方の端を持つ。


「二人で運ぶぞ」

「玄爺が持つ方が早い」

「その理屈は使わん」


 二人が社務所へ入っていく。

 藍子は縄を留め、脚立から降りた。


 境内へ車が入ってきたのは、その時だった。


 降りた奉術衆の三人は、長靴と袴(はかま)の裾を泥で汚している。

 土と水の入った容器を抱えていた。


「戻ったか」


 玄斎が入口へ出る。


「結果は?」

「最後に妖気を確認した区間と、流れてきた側へ続く分岐を調べました。今回採取した水と土には、残留妖気の反応がありません」

「どの区間にもか?」

「はい。前の調査で反応が残っていた場所も、今回は確認できませんでした」


 容器が縁側へ並べられる。


「水量は?」

「大きな変化はありません。まとまった雨もなく、流されて薄くなったのかは判断できませんでした」


 玄斎が記録板を受け取る。


「いつ消えたかは?」

「そこまでは分かりません。波が途切れる前の採取では残っていたものが、三日後の今回の採取では見つからなかった、という結果です」


 藍子は水の容器を見る。

 澄んでいた。


「波が来なくなっただけじゃなくて、前に残っていたものも見つからないんですね」

「うむ。じゃが、同じ時に消えたとまでは言えん」


 琥珀が隣へ来た。


「通る場所を変えて、残ったものも消した?」

「それも考えられる」


 玄斎は記録を閉じなかった。


「自然に薄れたのか、別の力に取り込まれたのか。ほかの可能性も調べる。まずは、採取したものに何か残っておらぬか確かめよう」


 奉術衆が容器を運び始める。

 琥珀も、置いたままだった木箱へ戻った。


 藍子は脚立を畳む。

 縄を掛け終えた入口の向こうで、玄斎は過去の採取記録を開いていた。


     ◇


 夕方になっても、採取した水と土から、妖気を消した術の痕跡は見つからなかった。


 玄斎は観測記録を社務所の机へ並べた。

 藍子は紙垂を折りながら、その横を見ている。


「術の跡がないなら、自然に消えたんでしょうか」

「その可能性は残る。痕跡を見つけられなかったことと、何も行われなかったことは同じではないからの」


 記録が古い順に揃えられる。


 観測地点。

 反応した時刻。

 妖気の強さ。

 採取したものの状態。


 琥珀が横からのぞき込んだ。


「これ、最後?」

「この地点で、最後に波を確認した記録じゃ」

「こっちは?」

「新しく置いた観測札の分じゃな。妖気が流れてきた側を、もう少し先まで測ろうとした」


 琥珀が二枚を見比べる。


「新しい札を置いてから、一回来た」

「うむ。その札にも弱い反応があった」

「その次は?」

「ほかの札も含め、対応する反応はない」


 琥珀が紙を並べた。


「札に触れたあと、来なくなった」


 藍子が折る手を止める。


「観測されているって、気づいたのかもしれない?」

「ん。もし、流すものがいるなら」


 玄斎が設置時刻を確かめた。


 新設した札が、一度だけ反応した。

 そのあと、観測していた経路へ波が来なくなった。


「時期は近いな。確認する価値はある」

「見つかったから、変えた?」

「まだ、その順に起きたことまでじゃ。新しい札が原因とは決まっておらん」


 玄斎が別の記録も寄せる。


「発生源が動いたのかもしれん。力を放出し終えた時期と重なった可能性もある」

「どう比べるんですか?」


 藍子が尋ねた。


「まず、ほかの場所へ札を増やした時の記録も見る。設置のたびに流れが変わっておれば、今回だけの偶然よりは考えやすくなる」

「前の分も?」


 琥珀が顔を上げる。


「うむ。今ある記録で確かめられるところからじゃ」


 玄斎は新設札の記録へ印をつけ、地図を広げた。


「それと、観測の範囲を変える。同じ水路だけを見ていては、別の場所へ移った流れを拾えぬ」

「札を増やすんですか?」

「それだけではない。土地の霊気の変化、怪異の出現場所、動物の異常な動きも合わせて調べる」

「妖気の札に映らなくても、ほかに変化が出るかもしれない」

「そうじゃ」


 琥珀が地図を見る。


「気づかれにくい置き方もする?」

「観測を察知する相手がおる可能性も考えて、配置と術式は検討する。じゃが、見つからぬようにするだけでは、測れなくなってしまうからの」


 玄斎が奉術衆へ渡す記録を分けた。


「私たちは?」


 藍子が尋ねる。


「稽古を続ける。探すために町を歩き回る必要はないぞ」

「気づいたら、報告する」

「うむ。それでよい」


 琥珀は最後の反応が書かれた紙を見ていた。

 やがて、玄斎へ返す。


「前の設置時刻も、比べたい」

「写しを用意しておこう。読む時は、何を比べるか一緒に確かめる」

「ん」

「学校の課題を終えてからじゃぞ」


 返事が止まった。


 藍子が笑うと、琥珀はこちらを見る。


「藍子も」

「私は自分の分をやるよ」

「半分」

「琥珀の分は減らないからね」


 折りかけの紙垂へ手を戻した。

 玄斎は通信具を取り、新しい観測の配置を相談し始めた。


     ◇


 次の日曜日、二人は稽古を休んだ。


 昼前、母に頼まれた買い物へ出かける。


 商店街には年末の飾りが並び、正月用品を勧める声が聞こえていた。


「人、多いね」

「ん」

「はぐれないでよ」

「藍子が?」

「琥珀がだよ」

「私は迷わない」

「気になるものを見つけると、急にいなくなるでしょう」

「移動してるだけ」

「行き先を言わないから、いなくなったように見えるの」


 琥珀は答えず、隣を歩いた。


 メモには野菜と調味料、それに正月飾りの材料が書かれている。

 店を回り、籠(かご)へ入れていった。


 最後の食品売り場で、藍子が長ねぎを選ぶ。


 顔を上げると、隣にいたはずの琥珀がいなかった。


「琥珀?」


 少し離れた冷蔵棚に、白い狐耳が見える。


「やっぱり移動してる……」


 近づくと、琥珀は二種類のプリンを持っていた。


「どっち」

「何が?」

「こっちと、こっち」

「今日はプリンを買いに来たんじゃないよ」

「休みの日」

「休みの日なら買っていい決まりはないからね」


 二つの容器が見比べられる。


「一つなら?」

「自分のお小遣いで買うなら」

「藍子は?」

「私はいいかな」

「なら、二つ買う」

「どうして増えたの?」

「藍子が食べたくなった時の分」

「琥珀が二つ食べるつもりでしょう」

「藍子が食べなかったら」

「一つ戻してきなさい」


 少し迷ってから、片方が棚へ戻された。


 店を出ると、冬の風が通りを抜けた。

 藍子は買い物袋を持ち直す。


 琥珀はプリンの入った小さな袋を、もう一度確かめていた。


「帰ったら、冷蔵庫へ入れてね」

「雪は?」

「まだ降ってないでしょう」

「待つ」

「プリンを外へ置いて待たないでよ」


 携帯電話が鳴った。


 玄斎の名前が表示されている。


「はい、九條です」

『わしじゃ。今日も、観測地点に新しい反応はない。明日の稽古は予定どおり行う』

「分かりました」

『今日は休みじゃからの。もう家へ戻るところか?』

「はい。買い物は終わりました」

『ならばよい。琥珀にも、札の記録を見る前に課題を済ませよと伝えておけ』

「聞こえた」


 琥珀が電話へ顔を近づけた。


『聞こえておるなら、返事をせぬか』

「あとでやる」

『いつじゃ』

「帰ったら」

『うむ』


 藍子が隣を見る。

 琥珀はプリンの袋を持ち替えた。


「先に冷蔵庫」

「それは入れてからでいいよ」


 通話を終え、家へ向かう。


 店先の声と、買い物をする人たちの足音が続いていた。

 大社では今も、別の場所に置いた札が調べられている。


 消えた波の先を探す仕事は、終わっていなかった。


「藍子」

「なに?」

「課題、隣でやる」

「うん。それなら付き合うよ」


 二人は並んで、いつもの角を曲がった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。