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神機巫女 -SHIKITSUNE-  作者: レイン
第二節 青龍の巫女候補

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第二十二話 二人で動く

第二十二話 二人で動く


 琥珀が護符を使うと決めてから、四日が過ぎた。


 放課後の境内には、墨の匂いが漂っている。


 敷物には、書き上げた札が何枚も並んでいた。

 線が途切れたもの。

 墨がにじみ、隣の線とつながったもの。

 霊力を通しても、途中までしか光らなかったもの。


 玄斎の確認を通ったのは、五枚だった。


「思っていたより難しいんだね」


 藍子が一枚をのぞき込む。


「藍子が話しかけたから失敗した」

「私のせいなの?」

「半分」

「残りの半分は?」


 琥珀が縁側を見る。


 玄斎は湯呑みを片手に、煎餅(せんべい)をかじっていた。


「玄爺の音」

「それで集中が切れたの?」

「気になった」

「わしのせいにするでない」


 残っていた煎餅が、口へ運ばれる。

 ぱり、と音がした。


 琥珀が無言で見つめる。


「……次からは離れて食べるとしよう」

「そうして」

「でも、少し音がしただけで失敗するなら、集中の稽古も必要なんじゃない?」

「藍子はどっちの味方?」

「どちらかといえば琥珀だけど、今のは玄斎様が正しいと思う」


 少し不満そうな顔が向けられた。

 反論はなかった。


 玄斎が湯呑みを置き、立ち上がる。


「今日は、この五枚を使ってもらう」

「もうですか?」

「訓練で使えるところまでは確かめておる。ただし、五枚とも同じ効き方をするとは限らんぞ」


 札の一枚を持ち上げる。


「今日書いたものは、霊力を蓄えてから使う。線が残っておれば、使ったあとにまた込め直せる。墨が崩れたものは、そのまま使うでない」

「途中で込め直す?」

「それはせん。使った札は一度手元から外し、試行を終えてから調べる」


 五枚を琥珀へ返した。


 境内の中央には、白い布を巻いた柱がある。

 その周囲の三方向に、小さな木偶が置かれていた。


 社殿側。

 石灯籠側。

 手水舎側。


 どれも人の腰ほどの高さで、台座に車輪がついている。


「柱を守ってもらう。木偶が白い布へ触れたら、そこで終わりじゃ」

「壊さず、向きを変えるんですね」

「うむ。一度そらしても、しばらくすれば柱へ戻る。相手をしたあとも、見失うでないぞ」


 玄斎が操作用の札を取る。


「琥珀は白線の外から見る。札を使う時も、その位置を守れ」

「私が藍子へ伝える」

「そうじゃ。じゃが、今日は見るだけではない。札を働かせながら、別の相手も追ってもらう」


 琥珀が五枚を持ち、白線の外へ移った。


 藍子は木製の薙刀を構える。

 三方向へ顔を向け、それぞれの距離を確かめた。


「琥珀、頼んだよ」

「ん」


 玄斎が二人を見比べる。


「準備はよいな。始め」


 三体が一斉に動いた。


「石灯籠側が速い」

「そっちへ行く!」


 柱の脇を抜け、木偶の側面へ回る。

 薙刀の柄を斜めに添え、進む力を外へ流した。


 木偶が柱から離れる。


「社殿側、柱まで七歩」

「分かった!」


 振り返り、次へ向かう。


 今度は正面へ柄を押し当てた。

 車輪が回り続け、腕が押される。


「重い……!」

「横へ」


 琥珀の声で、腰を落とす。

 柄を傾け、受けていた力を逃がした。


 社殿側の木偶も、柱の脇を通り過ぎる。


 その先を見届けている間に、石灯籠側が向きを変えた。


「藍子、後ろ」

「もう戻ってくるの?」

「手水舎側も近い」


 琥珀が一枚目を抜く。

 社殿側の木偶が戻る先へ投げた。


 札が光り、車輪の動きが鈍くなる。


「社殿側は遅らせた」


 光を保つために、指先へ意識を集める。

 その間、残る二体から視線が外れた。


「琥珀、どっちが先?」


 藍子が柱へ戻りながら尋ねる。


 顔を上げた琥珀は、二体を見比べた。


「手水舎側。……石灯籠側も戻ってる」

「そっちは私から近いけど」

「柱に近いのは手水舎側」


 藍子の足が止まる。


 今、石灯籠側へ向かえば間に合う。

 けれど、その間に柱へ届くのは、どちらなのか。


「手水舎側を先に――」


 琥珀は言いかけ、残る札を持ち替えた。

 二枚目を手水舎側へ放つ。


 地面へ落ちた札が光る。

 だが、木偶はわずかに速度を落としただけだった。


「効きが弱い」

「今行く!」


 藍子が手水舎側へ向かう。


 その後ろから、石灯籠側も柱へ近づいていた。


「石灯籠側も――」


 声に振り返った瞬間、手水舎側が白い布へ触れた。


 乾いた音が響く。


「そこまで」


 三体が止まった。

 続いて、札の光も消える。


 藍子は柱の前で息を吐いた。

 琥珀の手には、まだ三枚残っている。


「どちらも見えていたんだよね」

「ん」

「私も、近い方へ動けばよかったのかな」


 玄斎が二人のそばへ来た。


「今のどこで、判断が遅れた?」

「札を見てた」


 琥珀が社殿側へ目を向ける。


「遅くなったか、確かめた。その間に、ほかの二体が近づいた」

「札を使わぬ時とは違ったじゃろう」

「ん」


 藍子も三体を見る。


「私は、どちらへ行くか聞いてから、待ってしまいました」

「返事を待つ間にも、自分が止められる相手は見えておったな」

「はい」


 玄斎が柱の近くへ木偶を寄せた。


「二体が同時に迫れば、一人で両方へは行けぬ。どちらを藍子が受け持ち、どちらを琥珀が遅らせるか。それを決めて伝えるのじゃ」

「決めたあと、別の方が危なくなったら?」

「変わったことを伝えよ。藍子の行き先まで変える必要があるなら、それもはっきり言う。ただ迷って言い直すのとは違うぞ」


 琥珀が頷く。


「札が効かなかった時も、すぐ言う」

「うむ。止められぬと分かれば、藍子も別の動きを選べる」


 使った二枚を回収する。

 玄斎が線を調べ、印をつけて敷物へ置いた。


「この二枚は、今日はもう使わん。残る三枚で、次を試せるか?」

「できる」

「藍子は?」

「少し休んでから、お願いします」

「そうしよう」


 藍子が薙刀を下ろすと、琥珀も札を持つ手を緩めた。


     ◇


 休憩のあと、木偶が元の位置へ戻された。


「速度は、少し変えるぞ」

「はい」

「ん」


 合図とともに三体が動く。


 藍子はその場から見える二体を確かめた。

 社殿側が先に近づいている。


「社殿側へ行く!」

「ん。手水舎側は遅らせる」


 琥珀が一枚を放つ。

 手水舎側の進路で光が広がった。


「効いてる。まだ動いてる」


 短い報告を聞き、藍子は社殿側へ踏み込む。

 柄を斜めに添え、柱の横へ流した。


「石灯籠側、柱まで五歩」

「そっちへ!」


 柱の左を抜ける。

 木偶の側面へ回り、車輪の向きを外へ変えた。


 これで二体。


「手水舎側へ戻る」

「ん」


 走りながら、社殿側が向きを変えるのが見えた。


「琥珀、社殿側は?」

「見えてる。そっちは私が遅らせる」

「任せた!」


 振り返らず、手水舎側へ向かう。


 札で速度を落としていた木偶が、柱へ迫っていた。

 穂先を脇へ通し、柄をひねる。


 進む向きが変わった。

 白い布の直前を、横へ抜けていく。


 背後で、琥珀の二枚目が光った。


 社殿側の木偶は、ほとんど速度を落とさない。


「社殿側、効かなかった。柱まで三歩」


 藍子が振り向く。


 手水舎側は、もう柱から離れた。

 間に合う方へ、身体を向ける。


「私が行く!」


 柄の端を握り、踏み込んだ。

 横へ振った薙刀が、社殿側の木偶へ届く。


 乾いた音がした。

 向きがわずかに変わり、白い布のすぐ横を通り過ぎる。


 触れてはいない。


 藍子は勢いに引かれ、二歩よろめいた。


「わっ……!」


 踏みとどまり、柱へ目を戻す。


「石灯籠側、戻り始めた」

「見えた!」


 構え直そうとしたところで、玄斎が札を下ろした。


「そこまでじゃ」


 三体が止まる。


「今のは、守れましたよね?」

「この試行では、布に触れなかった。成功じゃ」


 藍子が大きく息を吐く。


「よかった……」


 薙刀を下ろし、その場へしゃがむ。

 琥珀も白線の内側へ来た。


「藍子」

「大丈夫。最後に少し振り回されただけだから」

「違う」


 目の前で立ち止まる。


「任せたって言った」

「うん?」

「初めて言われた」


 先ほどの声を思い返す。

 社殿側を琥珀へ任せ、自分は手水舎側へ向かった。


「そうだったかな」

「ん」

「でも、見ていてくれると思ったから」


 琥珀が、使った札を見る。


「止められなかった」

「効かなかったって、すぐ教えてくれたでしょう。だから、向き直れたよ」

「自分で止めたかった」

「それは、これからじゃない?」


 藍子が立ち上がる。


「最初の札で手水舎側を遅くしてくれなかったら、あっちにも間に合ってなかった。ちゃんと助けてもらったよ」


 琥珀は返事をしなかった。

 札を重ね、端を揃える。


 玄斎がそばへ来る。


「社殿側に使った札は、線のつながりが弱いな。蓄えた力が、術へ届く前に散っておる」

「次は直す」

「うむ。今日は、効かぬと分かったあとの報告も良かったぞ」

「藍子を動かした」

「言い方」


 藍子がすぐに口を挟む。


「藍子に動いてもらった」

「それならいいよ」

「細かい」

「大事なところだよ」


 玄斎が四枚の使用済み札を敷物へ並べる。

 使わずに残った一枚は、琥珀の手にあった。


「今日は二回で終わる。まずは、どの札がどう働いたか確かめよう」

「もう一回は?」

「最後の動きで、藍子の足がもつれておった。今は続けるより、崩れたところを覚えておく方がよい」


 藍子は足元へ目を落とした。


「次は、振り回されずに戻れるようにしたいです」

「うむ」


 琥珀がこちらを見る。


「次も任せて」

「うん。任せる。でも、効かなかった時は教えてね」

「すぐ言う」


 今度は札ではなく、藍子を見て答えた。


     ◇


 縁側へ座り、使った札を調べた。


 一枚は、線が途中でかすれていた。

 もう一枚は、墨が残っていても、霊力を通すと光が別の線へ逃げていく。


 玄斎に確認してもらいながら、琥珀が余白へ小さな印をつけた。


「止まらなかった札だけ、覚えてた」

「効いた方も見ておくんだね」

「ん。同じように書きたい」


 藍子は足を伸ばした。


「それと、さっきの『効かなかった』は助かったよ」

「次は名前だけ言う?」

「何が起きたかも教えて」

「社殿側、なんとかして」

「それは頼んでるだけでしょう」

「藍子なら、なんとかする」

「もう少し情報を増やして」

「社殿側、札が効かない」

「うん。それなら分かる」


 琥珀が記録へ書き足す。


「短くするのも難しいね」

「短くするために、必要な分まで消すでないぞ」


 玄斎が言ったところで、境内の奥から鈴が鳴った。


 短い音が二度。

 少し間を置き、もう一度。


 玄斎が社殿へ顔を向ける。


「今のは?」

「外周の結界じゃ」


 奉術衆の一人が、裏手から近づいてきた。


「北側で接触を確認しました。反応は一つ。境内へは入っていません」

「強さは?」

「低位の魑魅魍魎と思われます。周囲にほかの反応はありません」

「二人で位置を確かめ、境内へ近づく道を押さえよ。わしも行く」

「承知しました」


 男が戻っていく。


 藍子は立ち上がりかけた。

 玄斎の手が、その動きを制する。


「まだ待て。先に、見る場所を確かめてもらう」

「私たちも行けるんですか?」

「戦うためではない。安全な位置から、対処を見たいかという話じゃ」


 琥珀も顔を上げた。


 藍子は社殿の裏へ目を向ける。


「訓練とは違う動きを、見ておきたいです」

「私も」

「では、足のふらつきはないか?」

「はい。もう落ち着いています」


 立ち、数歩歩いて確かめた。


 玄斎は二人の様子を見てから、通信具へ目を落とす。


 ほどなくして返事が来た。


『怪異の位置を確認しました。結界内の観測場所から見えます。周囲の反応も変わりません』


「分かった。今から向かう」


 玄斎が二人を見る。


「結界の内側から見る。わしより前へ出るでないぞ。反応が変われば、その場で見学は終わりじゃ」

「はい」

「ん」


 琥珀が残った一枚を懐へ入れた。


「使うつもりか?」

「念のため」

「使わずに済む位置を離れるな。それが条件じゃ」

「分かった」


 藍子は置いた薙刀へ目を向けた。

 手には取らず、琥珀と並んで玄斎のあとを追った。


     ◇


 社殿の裏を抜けると、北側の林が見えた。


 道の脇には、結界の境を示す杭がある。

 玄斎はその手前で止まった。


「ここから見る」


 木々の間に、奉術衆の二人がいた。

 一人が幹へ札を貼り、もう一人が落ち葉の動きを見ている。


「どこにいるんですか?」

「あの木の向こうじゃ」


 目を凝らす。


 落ち葉が持ち上がった。

 その下を這うように、細長い黒いものが動いていた。


 泥と枯れ枝を寄せ集めた身体。

 頭らしき部分に、目も口も見えない。


 けれど、木へ貼られた札の手前で、向きを変えた。


「避けてる」

「札に込めた霊力を嫌っておる」


 奉術衆の一人が右手を上げる。


「西へ動く」

「先を塞ぐ」


 二人が別々に動いた。


 一人は距離を保って追う。

 もう一人が先回りし、木々の間へ札を放つ。


 地面に光が走った。

 怪異がその手前で曲がる。


「南へ」

「こちらで寄せる」


 追っていた男が、怪異の横へ札を投げた。

 逃げ道が狭まり、先回りした者の方へ向かう。


「さっきの訓練と似てる」

「ん」


 琥珀は二人から目を離さない。


「片方が札を使ってる間も、もう片方が見てる」


 藍子も頷いた。


 怪異が急に向きを変える。

 追っていた男の足元へ、黒い身体が伸びた。


「来るぞ」

「見えている」


 正面へ札が落とされた。

 光が立ち上がり、怪異が横へそれる。


 その先で、もう一人が手を突き出した。


「そこだ」


 数枚の護符が広がる。

 怪異の周囲へ落ち、光が身体を縫い留めた。


 最初の男が印を結ぶ。

 短い祝詞とともに、光が強まった。


 黒い身体が崩れる。


 泥が乾いた土へ変わり、枯れ枝が落ちた。

 最後に残った小さな霊核にもひびが入り、光の中で散っていく。


「反応、消失」

「周囲を確認する」


 二人はすぐには戻らなかった。

 一人が怪異のいた場所を調べ、もう一人が林の奥へ探索符を向ける。


 玄斎へ報告が届いた。


「ほかの反応はありません。残った土と枝は、採取します」

「うむ。結界も点検して戻れ」


 玄斎が二人を振り返る。


「どうじゃった?」

「思っていたより、静かでした」


 藍子が答えた。


「急に向きを変えた時も、長く説明していなかったから」

「互いが何を見ておるか、分かっておるからな」


 琥珀が札の貼られた木を見る。


「先に塞ぐ人がいた。追う人は、自分の方へ来ても止められた」

「うむ。相手に任せたところ以外は、自分で対応しておる」


 藍子は、最初の訓練を思い出した。

 どちらへ向かうか聞いたあと、柱の近くで待ってしまった。


「次は、私が動く方をもっと早く伝えます」

「私は、札を見る時も、藍子が相手にしてない方を見る」

「一度に無理なら、その時点で知らせればよい。できる範囲を互いに知ることも、連携のうちじゃ」


 琥珀が奉術衆へ目を戻す。


「あの二人みたいになるには、どれくらい?」

「少なくとも、四日では無理じゃろう」

「遅い」

「普通は年単位で学ぶ」

「なら、毎日やる」

「毎日、何をするつもりじゃ?」

「連携」

「私の休みも入れてね」

「少しなら」

「その少しが短そうで不安だよ」


 玄斎が二人を見る。


「稽古をせぬ日も入れる。そこは昨日までに教えたはずじゃぞ」

「……ん」

「私まで見ないでください」


 林の中で、奉術衆が札を回収し始めた。

 互いの位置を確かめながら、木の幹へ目を向けている。


 怪異を祓ったあとにも、仕事は続いていた。


     ◇


 翌日の放課後。


 白い布を巻いた柱と、三体の木偶が用意されていた。


 琥珀の手元には七枚の札がある。

 玄斎の確認を終え、霊力を込めたものだった。


 二枚だけ、端に丸がついている。


「その印は?」

「ほかより多く蓄えられる札」

「全部、それにしなかったの?」

「九枚書いて、使えるのが二枚だけ」

「なるほど……」


 玄斎が丸印を指す。


「この二枚は、強く働かせる分、保ちが悪い。一度使えば、今日はもう使えぬと思え」

「取っておく」

「うむ。効いたかどうかは、印だけで決めるでないぞ」


 琥珀が七枚を並べ替えた。


 藍子は柱の前から三方向を見る。


「私が行く方は、自分から言うね」

「ん。離れてる方は私が見る」

「札へ集中する時も教えて」

「分かった」


 玄斎が操作札を掲げる。


「今日は、働いている札を避けて曲がる動きも加える。近づかぬようにするだけでも、進路は変えられるぞ」

「止める以外にも使える」

「そうじゃ。では、始め」


 三体が動く。


 石灯籠側が先に近づいた。


「石灯籠側へ行く!」

「社殿側は遅らせる」


 一枚目が社殿側へ落ちる。


「効いてる。手水舎側は、そのまま来る」


 藍子は石灯籠側へ回り込んだ。

 柄を斜めに添え、進む力を外へ流す。


 柱から離れ始めたところで、手水舎側を見る。


「次、手水舎側へ!」

「ん。社殿側の札を見てる」


 光が細くなっていた。


「もう切れる。社殿側、速さが戻る」

「手水舎側をそらしてから戻る!」


 木偶の脇へ薙刀を差し入れる。

 柄を押し出し、白い布の横へ流した。


 顔を上げる。


 社殿側が近い。

 同時に、石灯籠側も向きを変えていた。


「社殿側へ行く。石灯籠側、お願い!」

「任せて」


 二枚目が石灯籠側の進路へ落ちた。

 光が伸びるが、木偶は速度を落としただけだった。


「止まらない。もう一枚使う」

「私は社殿側!」


 藍子は行き先を変えなかった。


 三枚目が、石灯籠側と柱の間へ落ちる。

 木偶が光を避け、外へ曲がった。


「石灯籠側、柱から離れた」


 その声を聞きながら、社殿側へ柄を添える。

 正面から押し返さず、進む力を横へ逃がした。


 木偶が大きく弧を描く。


「こっちも離れた」

「手水舎側、戻ってる」


 藍子も気づいた。

 今いる場所からでは、柱へ届く方が早い。


「間に合わない。琥珀、お願い!」

「使う」


 丸印の札が抜かれた。


 木偶の前へ落ちた瞬間、強い光が地面を走る。

 車輪と台座へ絡み、白い布の一歩手前で止めた。


「手水舎側、止まった」


 藍子は残る二体へ目を向けた。


 社殿側は離れている。

 石灯籠側も、外を回っていた。


「社殿側を見てる」

「私は石灯籠側」


 玄斎が札を下ろす。


「そこまで」


 三体が静かになった。


 藍子は薙刀を下ろす。


「守れましたよね?」

「うむ。今回は、どちらへ動くか迷う時間が減ったな」

「途中で札も見られた」

「見ておらぬ間は、藍子へ知らせていた。それも良かった」


 琥珀が手水舎側の札を拾う。

 術式の一部が焼け、紙の端が黒くなっていた。


「一回で駄目になった」

「力を使い切ったうえ、線にも負担がかかったようじゃ。これは書き直す」

「でも、止められた」

「うむ。必要な時に働いたな」

「偉い?」

「そこは褒めてやろう」


 狐耳が、小さく動いた。


「強い札、残しておいたんだね」


 藍子が尋ねる。


 琥珀の手には三枚あった。

 丸印は、そのうち一枚だけ。


「必要になると思った」

「私が間に合わないって言った時、すぐ使ってくれた」

「藍子がもっと速ければ残せた」

「私のせいになるの?」

「半分」

「また半分なんだ……」


 玄斎が使用済みの四枚を受け取った。


「使わずに済めばよいが、必要な場面で残しておっても役には立たん。今の札は、使うところで使えた」

「次は残す」

「残すことだけを目標にするでないぞ」


 琥珀が一度、丸印を見る。


「必要なら使う」

「うむ」


 藍子も頷いた。


「私も、無理そうなら早く言う」

「見てる」

「でも、見てくれてるからって、言わずに頑張りすぎないようにするよ」

「それがよい」


 玄斎が札を調べ始める。


 藍子は薙刀を片づけ、琥珀も残った三枚を木箱へ戻した。


「昨日より、動きやすかった」

「藍子が先に言った」

「琥珀も、できなかった時に教えてくれたでしょう」

「ん」


 柱の白い布には、跡がついていなかった。


 それを見てから、琥珀が箱の蓋を閉じる。


「次も任せて」

「うん。私の方も、任せて」

「分かった」


 二人で、使った札の記録を取りに縁側へ向かった。







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