第二十一話 琥珀に合うもの
第二十一話 琥珀に合うもの
翌日の放課後。
四季狐大社の稽古場には、普段より多くの道具が並んでいた。
木刀。
短い杖。
訓練用の弓。
刃を潰した小さな投擲具。
護符や細い縄まで、敷物の上へまとめて置かれている。
「多いですね……」
藍子は道具を見渡した。
「今日は何の稽古ですか?」
「琥珀に合う道具を探す」
琥珀が敷物の前へ座る。
「全部使う?」
「一つずつ試す。全部を持てという話ではないぞ」
「持たないのは?」
「まだ何も試しておらんじゃろう」
「持たないほうが、両手が空く」
「まず話を聞け」
玄斎は木刀を取り、差し出した。
「霊術だけで戦う者もおる。じゃが、今のお主は扱い方を学び始めたばかりじゃ。身を守るためにも、使える道具を見つけておいたほうがよい」
「近づかれなければいい」
「近づかれた時の話じゃ」
「逃げる」
「逃げ切れぬ時は?」
「藍子を呼ぶ」
「私を最後の手段みたいに使わないで」
思わず口を挟むと、琥珀はこちらを見た。
「呼んだら来る」
「それとこれとは別でしょう」
しばらく木刀を見つめ、ようやく受け取る。
藍子は玄斎に促され、稽古場の端へ下がった。
「まずは構え、ゆっくり振ってみよ」
琥珀が木刀を両手で持つ。
正面の木製人形へ一歩近づき、振り下ろした。
先が人形の肩へ軽く当たる。
「どうじゃ?」
「近い」
「感想が距離だけになっておるぞ」
「近づかないと当たらない」
「木刀じゃからな」
二度目を振る前に、木刀が返された。
「次」
「見切りが早くない?」
「合わない」
短い杖を受け取る。
木刀より軽く、片手でも扱える長さだった。
数回振り、人形へ先端を向ける。
「こちらは?」
「軽い」
「使いやすいか?」
「近い」
「結局そこなんだ……」
杖も敷物へ戻った。
玄斎が眉間へ指を当て、訓練用の弓を持ち上げる。
「ならば、これはどうじゃ」
今度は、琥珀が少し長く道具を見た。
「遠くから届く?」
「届く。狙って放つには慣れが要るがな」
人のいない射線の先に、大きな丸い的が置かれている。
持ち方を教わり、先端を柔らかく覆った訓練矢をつがえた。
「無理に引くな。まずは届かせるだけでよい」
「ん」
弦から手を離す。
矢は的の端へ当たり、地面へ落ちた。
「初めてなら、悪くないよ」
「外れた」
「的には当たったでしょう」
「真ん中じゃない」
「最初から厳しいね……」
二本目は、先ほどより長く狙ってから放った。
少し内側へ当たる。
「どうじゃ?」
「動いてる相手にも当たる?」
「練習次第じゃ」
「外したら?」
「次を放つ」
「その間に来る」
「ゆえに、前で止める者や結界と組み合わせる」
琥珀は弓を見つめた。
「駄目じゃない」
「じゃあ、続けてみる?」
「先に止めたい」
「止めてから当てるってこと?」
「ん」
視線が、敷物の端へ移った。
武器の隣に置かれた護符を見ている。
「玄爺。これは?」
「結界と拘束の基礎に使うものじゃ」
「先にこっち」
「投擲具も残っておるぞ」
「逃げないようにしてから、投げる」
一枚を取り、表と裏を確かめる。
玄斎は止めずに見ていた。
「お主は、倒すより動きを止めたいのか?」
「動かなければ、藍子が困らない」
藍子は返事をしかけて、止まった。
琥珀は護符の線を指でなぞっている。
こちらを見て言ったわけでもなかった。
「ならば、順番を変えるか」
玄斎が弓を戻す。
「まずは進路を制限する方法を試そう。遠くから使える武器は、そのあとでも確かめられる」
「ん」
「ただし、勝手に仕掛けるでないぞ。味方が通る場所も見ねばならん」
「分かった」
琥珀が稽古場を見渡す。
人形。
柱の間隔。
藍子と玄斎の位置。
「今、どこに置くか考えてる?」
「ん」
「勝手に置かないでって、言われたばかりだよ」
「まだ置いてない」
「置くつもりではあるんだね……」
否定は返ってこなかった。
◇
「まずは、札の働きを見せよう」
玄斎が数枚を取り上げた。
観測用の札とは違う術式が描かれている。
「今日は、わしが作ったものを使う。お主は霊力を通し、働かせる加減を覚えるのじゃ」
一枚を地面へ置き、指で触れる。
淡い光が線を走り、消えた。
「何も起きない」
「まだな」
別の札を掲げると、人形が動き始めた。
台座の下についた車輪が回り、二本の柱の間を進んでいく。
地面の札を踏んだ瞬間、光の筋が脚と台座へ絡みついた。
車輪が止まる。
「捕まえた」
「通る場所へ仕掛ける使い方じゃ。じゃが、相手が都合よく踏むとは限らん」
拘束を解き、人形を戻す。
「投げて使うこともできる。直接当てるほか、足元や進路へ落として発動させるのじゃ」
渡された札は、普通の紙より厚かった。
内側に薄い芯があり、霊力を通すと張りが生まれる。
「まずは、この札を敷物まで飛ばせ。向きが崩れぬよう保つのじゃ」
琥珀が指先で挟む。
白い光をまとわせて放ると、途中で傾き、地面へ落ちた。
「落ちた」
「投げる時に、流れが途切れておる」
二度目は遠くまで届いた。
けれど、狙った敷物の横へ滑っていく。
「難しい」
「ゆえに、ここで確かめる」
数回繰り返してから、人形へ向き直った。
最初の一枚は、動く人形の手前へ落ちた。
次は肩へ当たったものの、跳ね返って光が消える。
「当たったのに」
「触れただけじゃ。術が働くまで保てておらん」
「当てなくてもいい?」
「うむ」
「確認」
「今度は、どう使う?」
琥珀が人形を目で追う。
同じ二本の柱の間を往復していた。
「通る場所へ置く」
進路の先へ札を投げる。
地面へ落ちた札が、薄い光を保った。
人形がそばを通る。
「外れた?」
藍子の声に答えず、琥珀は指先へ力を込めた。
札から光が伸び、片脚へ巻きつく。
車輪は回り続けたが、進む速さが落ちた。
やがて光が細くなり、ほどける。
「止まらなかった」
「じゃが、動きは鈍った」
玄斎が人形を止めた。
「相手へ当てるより、今の使い方を試したいか?」
「ん。一枚じゃ足りない」
「ならば、二枚をつなぐ使い方も見せよう」
二枚の札にある同じ印を指す。
「この札には、互いの術式を結ぶための線がある。勝手に別の札とつながるわけではないぞ」
玄斎が進路の両側へ置き、霊力を通した。
伸びた光が途中で結ばれる。
「お主もやってみよ。まずは人形を動かさずに確かめる」
一枚目は狙った場所へ落ちた。
二枚目は遠くへ逸れ、投げ直すことになった。
ようやく位置が揃っても、光はすぐに結ばれなかった。
片方へ力を流すたび、もう片方が薄れる。
「右が強すぎる」
「分かってる」
「左を強めるだけではない。右から余計な分を引くのじゃ」
何度か調整した。
白い筋がつながり、同じ明るさへ落ち着く。
「できた」
「では、動かすぞ」
人形が二枚の間へ入る。
琥珀が発動させると、光が両脚と台座へ絡んだ。
車輪が軋み、その場で止まる。
「二枚をつないだ方が、保てるんだ」
「ん」
藍子が近づこうとすると、玄斎が片手を上げた。
「解いてからじゃ」
光が消えるのを待ち、札のそばへしゃがむ。
「これなら、私が動いている時にも使える?」
「味方の進路まで塞がぬようにできればな」
「避けてもらう」
「急に無茶を言わないで」
琥珀を見る。
「私がどこへ動くかも、見てね」
「ん」
「分からない時は聞くこと」
「藍子も」
「私も聞くよ」
玄斎が札を回収した。
「飛ばす技術も、流れを保つ技術も、まだ稽古が要る。今日は使い方を選ぶ日じゃ。今の成功だけで、実戦に出せると思うでないぞ」
「分かった」
「続けたいか?」
「これなら、試したい」
琥珀の返事は早かった。
◇
短い休憩のあと、境内の一角に細長い区画が作られた。
十歩ほど離して白線が引かれ、四隅に木杭が立つ。
「次は、動く相手の進路を読む」
玄斎が琥珀へ小さな札を三枚渡した。
「人に使う訓練用じゃ。引き倒さず、踏み出す力を短く弱める。すぐに解けるが、わしも解除できるよう見ておる」
藍子が白線の前へ立った。
「私が通るんですね」
「うむ。走らず、歩いて向こうの線を越えよ。避けてよいが、札を警戒して立ち止まるのは禁止じゃ」
「止められた時は?」
「無理に抜けようとせず、そのまま待て」
「はい」
琥珀は区画の外から札を使う。
一枚だけ、始める前に置いてよかった。
中央へ置かれた札は、藍子からもよく見えた。
「準備はよいな。始め」
歩き出し、少し右へ寄る。
琥珀が進む先へ札を放った。
けれど、狙いより浮き、目の前を横切る。
「わっ」
「止め」
玄斎の声で、二人とも動きを止めた。
「顔の高さへ逸れておる。今の投げ方は使わん」
「外れた」
「外れ方を直すのじゃ」
藍子から離れた場所で、投げる角度を確かめ直した。
低い敷物へ向け、札が浮かなくなってから再開する。
今度は進路へ落ちた。
だが、光が伸びる前に、藍子が横を抜けて白線を越えた。
「間に合わなかった」
「札が落ちたあと、まだ発動してなかったよ」
琥珀が札を拾う。
二度目は、右側へ一枚を置いた。
藍子は最初から左へ進む。
投げた札は後ろへ落ち、最後の一枚も間に合わなかった。
「また藍子の勝ちじゃ」
「ん……」
琥珀が地面へ目を落とす。
「札を隠したら駄目ですか?」
藍子が尋ねた。
「実戦なら隠すこともある。じゃが今日は、置いたことに気づかれた時の使い方を考える」
「知らなかったら、私は踏みそうですけど」
「藍子」
「なに?」
「次は、札があっても近い方を通って」
「先に言われたら、罠だって分かるよ」
「……そうだった」
次の一枚は、左寄りに置かれた。
中央へ少し近く、避けるなら右が通りやすい。
「始め」
藍子は右へ進む。
琥珀はすぐに投げなかった。
視線がこちらと、手元の札を行き来する。
白い光が灯る。
札が飛んでくると思い、藍子はわずかに左へ寄った。
「そこ」
地面の札から光が広がる。
踏み出そうとした足が重くなり、一歩が止まった。
「あっ」
無理に動かさず、その場で待つ。
光はすぐにほどけた。
「琥珀の勝ちじゃな」
藍子は手元の札を見た。
「投げてないよね?」
「ん」
「投げるふり?」
「光らせただけ」
「私が勝手に避けたってこと?」
「ん」
置かれた札を見る。
避けたつもりで、自分から近づいていた。
「藍子が分かりやすくて助かった」
「褒めてないよね?」
「褒めてる」
「どの辺りを?」
「予想どおり」
「それは褒め言葉じゃないと思う」
玄斎が地面の札を拾った。
「道を狭め、別の方を警戒させたか。投げる技術が足りぬ分を、置き方で補ったな」
「これなら、藍子の邪魔をしない?」
「今は藍子だけを見ておればよかった。味方と敵が同時に動く時は、それぞれの位置を見ねばならん」
琥珀が人形へ目を向ける。
「一緒に止める」
「その使い方も試すか」
玄斎が薙刀を示した。
「今度は藍子が進路を制限し、琥珀が捕らえる」
「ようやく、捕まる側じゃなくなるんですね」
「残念」
「残念なの?」
琥珀は答えず、新しい札を見ていた。
◇
四本の杭へ、一枚ずつ札が取りつけられた。
「これも、連結する術式を用意してある。まずは薄く通せ。今の二枚より、保つ場所が増えるぞ」
最後の札へ光が届く頃には、最初の光が薄れかけていた。
琥珀が順に確かめる。
一方を補うと、別の場所へ流しすぎる。
「左奥が弱い」
藍子が告げた。
「ん」
「手前を少し減らしてみる?」
「やってる」
しばらく調整して、ようやく四枚の光が揃った。
杭の間を細い筋が結び、四角い範囲が浮かぶ。
琥珀が息を吐いた。
「できた」
「まだ薄く保つだけでよい。捕らえる時に、必要な分を加える」
玄斎が一枚ずつ確かめる。
「訓練用の人形に合わせた拘束陣じゃ。人を相手にした札より強い。発動する前に、藍子は必ず外へ出ること」
「はい」
「琥珀は、藍子が残っておれば発動するな。人形を逃がしてもよい」
「ん」
藍子は陣を見渡した。
「大きくすれば、妖殻化した怪異にも使えるんですか?」
「規模に見合う札と術者を揃えればな。じゃが、今のお主たちが戦いながら作れるものではない」
「先に用意するんですね」
「うむ。そのうえで、相手を入れる必要がある」
玄斎が地面を指す。
「琥珀の立つ方を手前とする。人形は向こう側から入れる。藍子は両側へ抜けられるよう、退く場所を確かめておけ」
左右には、道具も人も置かれていなかった。
「私は、こっちへ抜けます」
藍子が右側を示す。
「見てる」
「離れて、って言われたら退く。分からなかったら聞くね」
「ん。藍子が出てから閉じる」
琥珀は手前の白線より後ろへ下がった。
玄斎が人形の操作札を取る。
「わしは、人形の前を塞がれれば、空いている方へ逃がす。陣が進路に見えれば避ける。じゃが、お主たちの相談を聞いたからといって、先回りはせん」
「木偶から見える動きだけで、動かすんですね」
「そうじゃ。二人は必要なことを伝え合え」
人形が陣の奥側へ置かれる。
「始め」
藍子が薙刀を構えた。
正面を塞ぐと、人形は横へ動く。
柄で追い、陣へ向けようとした。
けれど、光る杭の手前で向きを変え、すり抜けていく。
「あっ」
「そこまで」
玄斎が止めた。
「正面から押されれば、逃げる方向が陣しかなくても警戒する。力で押し切れる相手ならともかく、今はそうではない」
藍子は人形と杭を見比べた。
「琥珀、どうしよう?」
「最初は、陣と反対へ」
「遠ざけるの?」
「ん。端まで追ってから、横の道を塞ぐ」
もう一度始めた。
石灯籠側へ人形を追う。
端へ近づいたところで、琥珀の声が来た。
「社殿側を塞いで」
穂先を向ける。
人形が反対へ曲がり、陣の奥側へ近づいた。
「そのまま。戻る方を塞いで」
「うん」
藍子が斜め後ろへ回る。
人形は薙刀から離れようと進み、台座全体が杭の間へ入った。
「藍子、離れて」
右へ抜けた。
琥珀が位置を確かめ、四枚の札へ霊力を加える。
光が立ち上がり、胴と台座へ絡んだ。
人形が止まる。
「できた……」
藍子は近づかず、外から見た。
「私が戻る道を塞いだから、こっちへ進んだんだね」
「ん」
「今の誘導は分かりやすかった」
琥珀が頷いた。
だが、札の光は揺れていた。
「右手前が強いぞ」
玄斎に言われ、量を減らす。
同時に、左奥が薄くなる。
「今度は左が……」
「解いてよい。長く保つ稽古は別に行う」
光が消えた。
琥珀は両手を下ろし、杭のそばへ座る。
「四枚、忙しい」
「人形も藍子も見ていたもんね」
「ん」
玄斎が札を確かめ、次に二人の顔を見た。
「少し休もう。次を行うかは、そのあとで決める」
◇
休憩を挟み、もう一度だけ試すことになった。
札を替え、陣を同じ場所へ作り直す。
琥珀は薄い光を保ち、藍子は退く場所を確認した。
「次も、押して入れるんですか?」
「条件を変える。人形は少し速く動かすぞ」
玄斎が二人を見比べる。
「準備はよいか?」
「はい」
「ん」
「では、始め」
人形が境内の奥へ進む。
藍子が追いつこうとすると、触れる前に横へ逃げた。
陣から遠ざかっていく。
「深追いしないで」
「このままだと離れるよ」
「端で曲がる」
先には石垣と木立があった。
真っすぐには進めない。
藍子が速度を緩める。
人形が向きを変え、横を抜けようとした。
「社殿側を塞いで」
「うん」
薙刀を向けると、石灯籠側へ曲がった。
その先も狭い。
藍子が背後から迫ると、人形は手水舎の手前で旋回した。
陣の奥側へ近づく。
けれど、光る杭を見て止まった。
藍子も足を止める。
人形と向き合ったまま、琥珀の声を待った。
「少し下がって」
「追わないの?」
「ん。今度は、追わせたい」
「私が逃げる方になるんだね」
「私のところへ戻って。陣を通り抜けて」
藍子は背後を確かめた。
四本の杭の向こうに、琥珀がいる。
「中を通る間は、閉じないでね」
「藍子が出るまで、閉じない」
薙刀を構え、ゆっくり後退する。
玄斎が操作札を動かした。
正面を塞いでいた相手が離れ、人形が前へ進む。
藍子との距離を詰めようと、陣へ近づいてきた。
一歩。
さらに一歩。
藍子は足元を確かめながら、杭の間を通る。
人形も奥側の線を越えた。
「琥珀、入った?」
「前だけ。まだ閉じない」
藍子が後退を続ける。
手前側の白線を越え、陣の外へ出た。
人形は、まだ台座の後ろを外へ残している。
「私は出たよ」
「見えた。そのまま引いて」
琥珀の声に従い、もう一歩下がる。
人形が追ってくる。
台座全体が、奥側の線を越えた。
「藍子、右へ離れて」
横へ退いた。
四枚の札が白く輝く。
人形が藍子を追って向きを変える前に、光が胴へ絡んだ。
続いて脚と台座が縛られる。
車輪が空転し、乾いた音を立てた。
光が一度揺れたが、ほどけなかった。
人形は、入ってきた側に近い場所で止まった。
藍子が息を吐く。
「今度は、押さなくても入ったね」
「ん」
「私が戻る道を、追ってきたんだ」
杭の内側へ目を向ける。
近づきかけて、止まった。
「もう大丈夫?」
「まだ。今、解く」
光が消えるまで待つ。
玄斎が人形の胸元から操作札を外した。
「二度目は、逃げる相手を押すのではなく、追う方向を作ったか」
「藍子を追ってくれた」
「相手の狙いが違えば、同じようには進まぬぞ」
「ん」
琥珀が札を確かめる。
左右の明るさには、まだ差があった。
「実戦では、陣を避けて別の者へ向かうこともある。入らぬ相手を無理に追い、味方を危険へ出してはならん」
「使えなかったら、別の止め方にする」
「そうじゃ。今日は、この条件で捕らえられた。それを覚えておけ」
藍子は薙刀を下ろした。
「どうしたいのか、先に聞けてよかったよ」
「途中は短くする」
「うん。分からなくなったら、私も聞く」
琥珀が最後の流れを収める。
手を下ろしてから、長く息を吐いた。
玄斎が敷物を示す。
「今日はここまでじゃ。まだ続けられるか、とは聞かんぞ」
「……ん」
二人で座る。
琥珀は、並んだ道具をもう一度見た。
木刀。
短い杖。
弓。
投擲具。
「決まったか?」
玄斎に尋ねられ、札の入った木箱を指した。
「これにする」
「護符を、先に学びたいのじゃな」
「ん」
「近づかれた時の身の守り方も、別に覚えてもらう。札を置く暇があるとは限らんからの」
「逃げ方?」
「逃げるまでの間を作る方法じゃ」
「分かった」
琥珀が一枚を手に取る。
「今日の札は、全部玄爺が作ったもの」
「そうじゃ」
「私も作る?」
「無論じゃ。使う術式の意味と、霊力を留める箇所から覚える」
「座学?」
「座学じゃ」
狐耳がわずかに伏せられた。
「別の武器にする?」
藍子が尋ねる。
琥珀は木刀を見てから、札へ目を戻した。
「札でいい」
「そこは迷わないんだ」
「藍子が前で戦うなら、後ろからできることを増やしたい」
すぐには返事ができなかった。
「私が前で戦うって、まだ決めたわけじゃないよ」
「ん。知ってる」
「じゃあ――」
「乗らなくても使える」
琥珀が術式の線を見つめる。
「藍子が《徒桜》に乗らなくても、守れるものはある」
藍子は札へ目を落とした。
怪異を止める。
誰かが逃げる間を作る。
今日、琥珀が選んだのは、そのために使いたい道具だった。
「そっか」
小さく頷く。
「じゃあ、私も付き合うよ。札の勉強」
「藍子も?」
「一緒に動くなら、どんな札なのか知っておいたほうがいいでしょう」
「なら、任せる」
「琥珀も勉強するんだよ?」
「……ん」
返事が少し遅い。
玄斎が木箱の蓋を開けた。
「まずは今日使った札の線を写すところからじゃ。次の稽古で、何を保ち、どこから力を出しておったか確かめる」
「はい」
「ん」
藍子は薙刀を戻す。
琥珀も札を木箱へ収めた。
片づける途中で、弓へ目を向ける。
一度だけ見てから、札の箱を玄斎へ渡した。
「次も、これ」
「うむ。用意しておこう」
藍子が敷物の端を持つと、琥珀も反対側を持った。
「座学から逃げないでね」
「逃げない」
「本当に?」
「藍子がいる」
「私が代わりに覚えるんじゃないからね」
敷物を畳む手は止まらなかった。




